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2019年10月16日

選択と集中 ~千葉県流山市が徹底した戦略

少子高齢化から本格的な人口減少時代に入りながら、人口を増やし続けているまちがあります。2018年市区町村人口増減ランキングによれば、1位は神奈川県川崎市、2位に大阪市、次が福岡市、さいたま市、と軒並み大都市が続きますが、その中で13位で健闘しているのが、千葉県流山市です。流山市は2003年に15万人程だった人口が、2019年には19万人を超えるまでになった。その要因は「お役所」らしからぬ戦略の実践とそれを支える体制にあります。
一体、流山市はどう取り組んでいいたのでしょうか?

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2019年10月09日

福祉は かわいそうから 面白そうへ

介護福祉業界に新風を巻き起こす革新者がいる。NPO法人Ubdobe(ウブドベ)岡勇樹代表だ。岡さんは1981年東京生まれ。3歳から8年間アメリカ合衆国で生活し、帰国後DJ・ドラム・ディジュリドゥなどの音楽活動を始める。21歳で母を癌で亡くし、後に祖父が認知症を患ったことをきっかけに音楽療法を学びながら高齢者介護や障がい児支援の仕事に従事。29歳でNPO法人Ubdobeを設立し代表理事に就任。現在は医療福祉系クラブイベントの企画、デジタルアート型リハビリテーションの開発、各種行政からのイベント制作やコンテンツデザインなどの受託事業を展開している。

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岡さんのイベントでは、渋谷のクラブでDJやライブの合間に、いきなり高齢者介護や障がい者福祉の講演を挟み込む。常識的にはミスマッチ。だが、若者を福祉の世界に巻き込みたいという想いから。福祉は何も真面目な顔をして世のため人のために苦しい作業をしなければならない仕事ではない。笑いあり、感動あり、驚きがある、もっと楽しい世界だよ、というメッセ―ジだ。

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2019年09月26日

現代人に必要なのは仁義信の心

地位や名誉・お金といった私権の圧力が衰弱し、時代は今大きく変ろうとしている。
そんな時代の中で多くの経営者たちが着目しているが、儒教。

人が本来当たり前に持っていなければいけない意識が言葉にされている。
私権時代、特に学校教育によって『人間性』が失われてきた
暗記だけ得意で、自分で物事を考えることのできない人間が量産されているのだ。
それでは、現実の仕事世界で役に立たないことは歴然。

そしてそれは、この大転換の時代で(答えのない課題に対して答えを出す必要のある時代)、
企業にとっての人材育成課題という大きな課題になっている。

儒教の多々ある言葉の中でも、最も重要とされるのは『仁・義・信』
リンク より
まず、「仁」とは何でしょうか。
「夫仁者、蓋推己以及人也,故己所不欲,無施于人」(『群書治要・巻49・傳子』夫(そ)れ仁者(じんしゃ)は、己(おのれ)を推(お)して以(もっ)て人(ひと)に及(およ)ぼすなり。故に己(おのれ)の欲(ほっ)せざる所(ところ)、人(ひと)に施(ほどこ)すこと勿(なか)れ)と言われるように、
「仁」は「推己及人(すいこきゅうじん)」(己を推して人に及ぼす)です。
つまり、己の心をもって人に及ぼすことです。他人の身になって考え、相手の立場になって思いやることです。「自分が他人にしたこと・言った言葉・取った態度を、同じように他人からされたら、自分はいったいどういう気持ちであろうか」と自分自身に置き換えて考えることです。自分が嫌ならば、人にもしてはなりません。自分のことを考えると同時に相手のことも考えなければなりません。自分がしたくないことを、決して他人にもさせてはなりません。
このような心が「仁」といい、「仁者愛人(仁者は人を愛し)
」です。

次は「義」です。義者循理(義者は理に循(したが)う)です。
つまり、道理・倫理をわきまえ、心の考え・口から発する言葉・身が取る行動、この三つがすべて義理人情、道理・倫理、法律にかなっていることです。
「子曰、君子喩於義、小人喩於利」(子曰わく、君子は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩(さと)る)〈孔子がおっしゃいました。徳のある立派な人は常に正しい道義に通じており、徳のないつまらぬ人は私利私欲ばかり通じているのです〉のように、君子は、たとえお金や利益を得ることにしても、まず自分のその欲望が道義にかなっているかどうかを考えます。
道義・恩義・情義にかなわなければ、お金や利益を得るチャンスであっても、いりません。やりません。しかし、小人の場合は、そのような顧慮はまったくなく、道義などをなりふりかまわず、自分に利益があるかないかだけですべての取捨を判断していて、私利私欲しか考えられません。

五つ目は「信」です。
信用をしっかり守ることです。

「仁、義、礼、智、信」の中、「信」は最後の一つの道徳です。信がなければ、前面の「仁、義、礼、智」の四つも全部崩れてしまい、有名無実になります。「信」は一階であって、理智は二階、礼は三階、義は四階、仁は五階の建物のようで、一階が倒れたら、上の階も全部倒れこんでしまうようなことです。
=引用終わり=

つまり、徹底的に人々に同化し、人々の期待に真っ直ぐに応えていくこと。
(期待に応えることの中に、信用を守ること、相手を喜ばせることが含まれる)

仕事の源泉とも言えることではないだろうか。
★仕事とは本来、あまねく人々の期待に応えていくこと。仁・義・信なくして成し得ない。

私権時代を生きてきた人で、この根本規範が崩れている人も多い。
(ここが崩れていたら、現代では仕事できるとはいえない。)
もしこのブログを読んでいて心当たりがる人は、即刻の転換が求められる。でないとすぐに淘汰されるだろう。

これから社会に出ていく子供にとっては、学校教育で人間性が失われる前に、
やはり早いうちに社会に出て、仕事の源泉・みんなの期待に応えることの根本規範である、
『仁・義・信』の意識を培っていくことがベスト!

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2019年09月25日

天才のヒラメキを理論化 ~クラウゼヴィッツ「戦争論」~

以前、フランスの皇帝ナポレオン・ボナパルトを取り上げました。
移民の子から皇帝までのし上がり、一時はイギリスを除くヨーロッパ全土を支配したナポレオンですが、スペインの反乱やロシア大遠征の失敗で衰退。そしてイギリス・プロセイン軍の侵攻により完全に失墜します。このときプロセイン王国(現ドイツ北部)の軍人の一人が、のちに「戦争論」を書いたカール・フォン・クラウゼヴィッツです。今回は、このクラウゼヴィッツを「戦略の教室」(鈴木博毅著:ダイヤモンド社)を参考に取り上げます。

プロセイン王国は1701年~1918年に存在した国家ですが、1806年にナポレオン軍により国土の半分を失います。しかしクラウヴィッツ含め4人の軍人たちが祖国復活を目指し、フランス軍とナポレオンの強さの秘密(→前回の記事ではその内容を紹介)を解明します。

写真はコチラからお借りしました

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ナポレオン前は、傭兵で行う戦争が主流。傭兵とは言わばアルバイト兵士。軍の大半であるアルバイト兵は、敵対しながらもお互いに戦争を長引かせ、給料をたくさんもらおうとダラダラと続けたり、あるいは給料の高い方にナビく裏切りもあったのです。そんな状況におけるナポレオンの登場を、クラウゼヴィッツは憎き敵でありながら

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2019年09月19日

今はパラダイム・シフトを仕掛ける時代~若者、よそ者、変わり者を活かせ~

今回も「戦略の教室」(鈴木博毅著:ダイヤモンド社)を参考にして展開します。

表題のパラダイム・シフトとは、ある時代のある集団・社会での支配的な考え(規範や常識、価値観)が非連続的に変わること。
例えば、世界の時計市場を支配してきたスイスの職人は、1979年からの2年間で、6万2千人のうち5万人が失業しました。スイスの手作りで精密な機械式時計に取って代わったのは、水晶の振動を利用するクォーツ時計。1967年にスイス企業とセイコーが開発したクォーツ時計を発表→1969年に市販化→1970年に特許を公開→世界中のメーカーがクォーツ時計に参入→スイス時計が衰退。時計業界におけるパラダイム・シフトが起きたのです。

改めてパラダイムとは何なのか?
米学者のジョエル・バーカー氏の著作「パラダイムの魔法」から、ビジネスにおけるパラダイムを私なりに解釈すると

「パラダイムには、①そこに戦うための土俵があり、②そこで勝つための方法を教えてくれるもの。」

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2019年09月05日

イケア ~顧客を育てることがマーケティング・マネジメント

今回は「IKEA」です。今回も「戦略の教室」(鈴木博毅著:ダイヤモンド社)を参考にして展開します。

この写真はコチラからお借りしました

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「IKEA」は、おしゃれな北欧デザインの家具を低価格で提供する、スウェーデン発祥の世界最大の家具販売店。売上高4兆円、純利益4000憶円、従業員15万人以上に及ぶ巨大企業は、1943年に17歳のイングヴァル・カンプラッドが創業した安売り雑貨店から始まりました。
1947年に地元家具店と契約して格安の家具販売に乗り出すとこれがヒットし、順調に売上を伸ばしていきます。しかし次第に競合との価格競争に巻き込まれ、さらに仕入先である家具メーカーとの取引停止を食らい、窮地に追い込まれます。

そこでカンプラッドは、業界が見向きもしなかった若い家族をターゲットにします。

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2019年09月05日

働くのは何故こんなにも面白いのか?

数年前と比べて、ほとんどの大学生がインターシップに参加している時代。
その割合は実に8割にも上るという。

私の会社でも「短期入社」という形で学生を受け入れているが、
短い期間でも、日に日に参加学生の活力が上がっていくのが見て取れる。

なぜ彼らは、『働く』ことで活力が上がっているのかm052.gif
また、何故学校の課題では活力が上がらないのかm052.gif
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<なぜ学校の課題では活力が上がらない?>
もはや学校は終わっている(その4つの理由) より引用
>学校の強制圧力と子供の拒絶反応の悪循環で、もはや監獄に近い
もはや役に立たなくなった勉強に対して、子供たちの肉体的な拒絶反応が急激に上昇してきたのは当然です。
しかし、もともと学校は徴兵制の一環として作られ、軍隊をモデルにしています。
つまり、学校は「校則は絶対」「教師の命令は絶対」という強制圧力によって成り立っています。
従って、子供たちの拒絶反応に対しても、教師たちは専ら強権を行使して宿題やテストをやらせるしかありません。
こうして、学校の強制圧力と子供の拒絶反応の悪循環で、もはや学校はどうにもならなくなっています。
しかも、この悪循環の中では、志のある教師から辞めてゆくので、教師の質も年々劣化しています。

>学校は現実から隔離された閉鎖空間

赤ん坊は好奇心と追求心の塊で、みんな天才です。例えば言葉も、周りと一体化したい一心でひたすら周りの真似をして吸収していきます。

次の10才までの子供の仕事は遊びです。実は、一昔前まで、子供の遊びは、ほとんどが大人の仕事の真似ごとでした。
それは哺乳類の本能だからで、例えば子犬のじゃれ合いも、狩りの予行演習になっています。
つまり、遊びは仕事に直結しており、遊びを通じて仕事に必要なすべての能力が形成されてゆきます。

それに対して学校は、仕事をはじめとする現実の圧力から隔離された(生物にとって)極めて異常な空間です。
これでは、仕事能力をはじめ、現実世界を生き抜いてゆくのに必要な能力が、ほとんど形成されません。
=引用終わり=

<なぜ仕事で活力があがっている?>
大きな要素は2つあるのではないか。
一つ目は、現実を対象にした課題に取り組んでいるということ。
二つ目は、徹底した仲間との追求が成果に繋がっているということ。

現実に対象(相手)がいる課題に取り組むことで学生は、
『対象(相手)の期待に応えたい』⇒『応えるためにどうする』
という現実の相手発で、思考をするようになる。
もちろん、期待に応えらえたら嬉しい。=活力になる。

しかも、実際に相手がいるので、応えようとした成果に対する『評価』が帰ってくる。
この評価が、『もっと期待に応えよう』という更なる欠乏に繋がり、
期待に応えたい⇒応えるためにどうする?⇒評価を受ける⇒もっと期待に応えよう!⇒どうする?
という、期待応合の螺旋上昇に繋がっている。
※評価を活力に繋げるのは、社内でも同じ。みなさんは、社内の仲間に対する評価(と期待)をしっかりと言葉にしていますか?

期待に応えようとしていくと、一人では限界がくる。
その突破口となるのが、『仲間との追求』。
短期入社生の学生がランチをしているときに言ってくれた言葉(仕事を通しての気づき)が印象的。

「仲の良い会社はいくつもあるけど、ただ友達のように仲が良いだけではダメ。
一緒に課題を進める“仲間”として、お互いに高め合えるか。踏み込み合えるか。そういう仲間関係が成果に繋がる。
今は、そんな仲間との追求がたまらなく楽しい。」

仲間との追求。それが、未知の課題に対して答えを出す唯一の方法。
こどもの遊びのように、仲間との追求を楽しむこと。それが現代の社会人に必要な力なのだと思う。

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2019年08月22日

肩書きを超えた『役割』を共認した集団は強い!

先日は、下の役割というテーマで記事にしましたが、今回は『上の役割』について。

様々な企業に行った学生時代の友人に聞いてみると、上司=指示を出す人間=偉い人
と捉えている人が今だに多いことに驚いた。

私の会社にも、スタッフ・キャップ・ディレクター等の役割はあるが、
あくまでも役割であって、キャップがスタッフよりも偉いわけではない。
スタッフであろうと、キャップであろうと、共に追求する『仲間』なのだ。
一人一人に対して集団の中での役割がある。

肩書きを超えた『役割』を明確にすることが、集団を統合していく上で重要。
リンク

>今の企業と江戸時代を比べてみるとどうか?
◯江戸時代は村落共同体が母体となる集団。
生産・生殖(子育て)・集団全体の統合=組織課題全てが、村全体・集団全員の役割
=村全員がみんなの課題を知っている=非常に豊かな課題共認・役割共認の世界が広がっている。
役割課題が全て内発的な欠乏としてある。

◯現代の企業はもっぱら役割課題も強制圧力として与えられる。
強制なのか内発なのかで大きな違いがある。
部や課のような肩書は役割のように感じられるが、上から細分化した与えられる強制圧力。→全体が見えなくなる。
昔は田植え歌に象徴されるように、おしゃべりしながら働いていたが、今は労働時間の短縮⇒おしゃべり禁止という狂った事になっている。
●強制圧力の本質は「嫌なものを無理矢理やらされる」のではなく、【本来いろいろやりたいものを禁止・制約していくこと】

>●「役に立ちたい」を充足させるには、課題共認→役割共認→追求】の構造を持ってる集団が一番強い。
そしてそれは、大企業ではなく、町工場・農業・漁業・調理師etc…中小企業

大企業もなんの充足もないんじゃ持たない⇒ミーティングと称してグループ追求をしている。
それぞれ部門ごとに小会議を通して会議の範疇での課題共認、ある程度の追求充足で最低限の活力を維持しているのが実態。

中小企業、職人・手に職の世界は小規模集団ということもあって、その企業全体にかかってる外圧⇒課題をほぼ全員が共認できてる→役割共認もできてる。
「少しでも良いものを作りたい」という気持ちで仕事をしてる→追求心もある

江戸時代に比べたら劣るかもしれないが、【課題共認→役割共認→追求】の構造が一通り揃っている。
=引用終わり=

仲間からの信認を集める上司は、この『共認』を徹底し、自らが共認形成の核になっている。それが上の役割でもある。
そこに繋がる特徴として、下が『真似対象』としている上の人はみな、ただ指示を出したり、
答えを提示するのではなく、しっかりと相手と課題・役割を共認し『一緒に追求をしている』。
そしてさらに評価を共認している。(共有ではなく、『共認』すること。)

一緒に追求をする中で、構造化能力であったり、照準力であったりといった追求姿勢を下に直接示していく。
下はそれを素直に真似すればよい。それも下の役割。
※教えない教育と、ほったらかしは違うのだ。

要は、一人一人が『行動できるかどうか』。それは、一人一人の役割が、そして集団としての役割が明確になっているかに規定される。
上昇しかねている企業(なかなか仲間の活力が上がらない)は、多くが肩書きに頼った制度を保持していないか?
役に立たない肩書きよりも、集団形成の根本に立ち返って『役割』を明確にしてみてはどうだろう。

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2019年08月18日

下の役割は徹底的に真似すること

8月となり、今年入社した新社会人は働きだして多くの壁にぶつかっているだろう。
同じように、その先輩や上司も『人材育成』という壁にぶつかっているだろう。

それぞれの突破口となるように、いくつかポイントを紹介したい。
新人でも中堅でもベテランでも、一人一人が集団を形成している。
集団であれば、一人一人に役割がある。

●新人の役割って何?
最近、新人から出る声として多いのは「こんなことで質問していいのか?」「こうなりたい!という姿はあるが、どう動けばいいかわからない」
といった声。
新人の中には、「答えが出せる自分」という高い自分像があって、できない自分を否定している人も多い。
⇒ まずは『無能の自覚』が重要。
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リンク より引用
「無能の自覚」とは、「一人では決して実現できないんだ」ということの自覚。

>無能と言われると、「自分はそんなはずはない」と、意味を捉え違える人がいるが、それは違う。
社会は閉塞し、新しい可能性を紡ぎだしていく時代、どんなことであろうと、何かを実現しようとおもったら、決して一人ではできません。

だから、共認時代においての「無能の自覚」とは、
「一人では、決して実現できないんだ。」
ということを自覚し、みんなに委ね発信できることです。
だから、成果を出せる人は、本気で実現しようと思っている人は・・・

【周りに発信する。】
「ここ、どうなった?」
「この部分、心配なんだけど・・・」
「これ、どうおもう?」
「今、なにしているの?」
いつも周りに目を配る。いつも周りを感じている。
そして、周りを巻き込み、実現していく。
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学生時代に染みついた旧い観念・プライドを捨て、無能の自覚ができるか。
これが社会人としての一つ目のステップアップになる。
そして、『周りに発信』をして、みんなで追求するクセをつけること。
そうすると、「こんなことで質問していいの?」などという、ぐるぐる思考から脱却できるはず!

新人にとってもう一つ重要なのが、『真似をする』ということ。
『真似』と聞くと、これまた学校制度の弊害で、『真似=悪いこと』と捉えがち。
でも本当は、『真似』こそが、人類が本来もっている『学び』の根源。
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リンク より引用
追求力を磨くためには?追求力のある人の真似をしよう!
>壁になっていそうなのは、特に学生は、いつの間にか真似は「真似してる(=真似してはだめ)」「恥ずかしい」と言われるという意識になってしまいがちなところ(これも歪んだ同学年教育の中で生まれた気がする)。でもこれは「そんなことにこだわらなくてもいいし、真似した方がやる気になる、うまくいく」と思う真似仲間がいれば乗り越えられそう。

リンク より引用
職人の世界に学ぶ~見習い=見て習うこと~
>よく職人の世界では『見習い』という言葉を使います。
『見習い』というと、「半人前」といったイメージを思い浮かべるかと思います。
ですが、そもそもの『見習い』の意味は、文字通り「見て、習うこと」なのです。
何を当たり前のことを。と思うかも知れませんが、実はこれがすごく重要。
職人の世界では新人は、徹底的に先輩社員を注視し、その働く姿を見て、真似をし、技術を肉体化していきます。

『見習う』=『注視→→真似→→肉体化』
これが成長への一番の近道なのです。===================================================================================================

そして、この注視→真似はサルの時代から『本能に刻印された機能』であると言われている。
真似するというのは、本能。それが素直にできないとしたら、旧観念が邪魔をしているから。

本能に・潜在思念に素直に、できる人の真似をしていく。(真似をされる側にも良い圧力になるし、活力も上がる!)
無能の自覚→周りに発信→追求の機運を会社・部署につくる。

それが、新人の役割の一つ。新人のみなさんの活躍を期待しています!

次回は、上の世代の役割について。。。

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2019年08月16日

今やどの企業・集団にとっても人材育成は最優先課題。人材育成における照準は何か?

今や、どの企業・組織・集団にとっても、人材育成は最重要かつ最優先課題となっています。組織の存続(守る)、反映(つくる)のためには、未来を考える必要があるから、当然といえば当然ですが、この当たり前がなかなか困難になっているのが現状ではないでしょうか。

一昔前は、各人の意識は、私権の獲得で統合されていました。そのため、育成される側も目標が明確で、組織側が面倒をそこまで見なくても、人材は勝手に育っていきました。
しかし、豊かさが実現して私権が衰弱して以降、人々の意識の向かう先が見えづらくなっていきました。それが、何のために働くのかわからない、活力がわかないという現象として表出します。

指導側も指導される側も、「何のために働くのか」が見えづらくなったことこそが、人材育成の困難さを高めている主要因となっています。

⇒どうする?

人間含めて、生きとし生けるものは、すべて「外圧適応態」であることは生物史を貫く普遍構造です。この構造に照らし合わせると、内圧=活力の源をいくら自らの内面を探ってもわからないということです。すべては外側にあるのです。外圧=圧力源が何かを考えれば、どうする?の答えも見えてきます。豊かさが実現以前の外圧は、「生存圧力」です。豊かさ実現以降の外圧は、人類本来の「みんなの期待圧力」になります。

平たくいえば、今や食べるために働くというのではピンとこず、誰かの役に立ちたい、喜んでもらいたいという思いが仕事の活力に繋がっているのです。
誰かの役に立ちたいという真っ当な内圧が顕在化しているのは、時代潮流として大きな可能性となります。この大きな可能性を花開かせることが、人材育成上の大きなポイントになります。
先日、私が所属する部署でも、人材育成について話しをする機会がありました。若手からは素直に「誰かの役に立ちたい」という思い、欠乏が出てきて、大きな可能性を感じました。

一方で、未知の課題、はじめての課題を前にして、ワクワク感を持てないという声も多くありました。驚くことに、これは若手に限らず、ベテラン層も同じような状況にあったのです。期待に応えたいという欠乏が強いから故なのかもしれません。

話しをよくよく聞いてみると、課題に手をつける前に失敗する不安が先行して、手が止まってしまうとか、何から手を付けていいかわからなくなり、夜眠れなくなるなどなど、ちょっと心配してしまうレベルです。その要因は、仲間の安心基盤の喪失、志発の課題共認が不十分な側面も多々あります。それは一定の事実です。しかし、よくよく考えると、それだけではない根底に眠っている共通構造があるはずです。

それは学校にあると考えます。学校脳(暗記脳、試験脳)に侵された観念や思考が、潜在思念や充足可能性に蓋している→ワクワク感、活力を阻害する要因にあるのではないでしょうか?

本来、思考とは、柔軟で自在に展開できるものです。その思考を停止させる学校脳は、明治時代の学校制度設立以降、洗脳を強める方向で塗り重ねられてきました。したがって、学校脳に侵されているのは若手だけではなく、私達ベテランも同様に学校脳に知らずしらず、侵されているのです。恐るべし!!誰にでも、すぐに答えを求める意識、マニュアルにすがろうとするぶらさがり、答えは一つだという思い込みはあります。しかし、重要なのは、答えに至る過程。答えの出し方。そのための思考。頂きは一つでもその登り方はいくらでもあるのに。学校脳の犯罪性→活力低下→人類滅亡の危機に繋がることに気付けているかどうかは人材育成において重要な認識になります。これは、構造認識で社会の成立構造や人々の意識潮流を捉えていかないと見えてきません。これを可能性に転換していきたいです。

どんな課題を前にしても、ワクワクして追求を楽しみ成果を出し続けていく。そんな人材を育成していくことが、人材育成の目標でありド幹。そのための脱学校脳⇒どうする?自らも含め、若手、ベテラン問わず、人材育成における照準はその一点と考えます。

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