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2020年07月01日

仕事は計画通りに進まない でも計画することは重要

仕事をしている中で「計画を立てても、その通りにいかない」「計画を立てても役に立たない」ということはありませんか? 振り返ると私なんかは、ほとんどそうです。
しかしだからといって「計画しても変わるから意味がない」「計画することは無駄である」とは思いません。

仕事には必ず不確実性が存在します。例えば、パソコンに不具合が発生し修復に時間がかかってしまった、スタッフが急病で休み人手が足りなくなった、クライアントの与件が急に変更になった、別件のトラブル対応に追われて手が回らなくなったなど。マニュアル通りに作業をすればよい仕事は別として、人と一緒に仕事をする場合には予期せぬ事態が発生することは日常茶飯事です。それでもやはり計画を立てることは重要です。

写真はコチラからお借りいしました

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まず仕事をする上で「計画すること」が必要なのはなぜか?

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2020年06月25日

家庭に仕事を持ち込む

「もっと早く帰ってきてよ」。私の知人が家で毎日のように言われる言葉。
「家で仕事の話しないで」。これも、また別の知人が家で言われる言葉。
「お父さんて何の仕事してるの?」。大きくなった子どもが親に言う言葉。

コロナ禍でテレワークが常態化し家での居心地が悪くなった人は、日常的に上述したような言葉が飛び交っていることが多い。
必ずしも全ての場合ではないが、親が子へ勉強の強制圧力をかけているような(結果子ども活力が低下している)家庭も、当てはまる。

なぜか?
構造化するとこうなるのだと思う。

恋愛→核家族→母親の不安増大→安心材料としての子の学歴→勉強の強制圧力→子供の活力▼
=独占欲
  ↓                                    ↓
自分たちだけ →職場で(家庭で)、家庭の(職場の)話はタブー→閉塞空間→大人の活力▼
(全てが個人課題)

ではどうするか?

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2020年06月18日

仕事は質かスピードか

「巧遅は拙速に如かず」  (文章軌範)

これは、物事は素早く終わらせるべきだ、時間をかけて完璧を目指すより、不完全ながらもさっさと仕事をやり遂げた方がいい、という意味です。「文章軌範」は宗の時代に、南宋の政治家・学者であった謝枋得(しゃぼうとく)が編集した書。宋時代の名文を選び、高級官吏の登用試験・科挙の作文の模範として編まれました。日本には室町時代末期に紹介され、特に江戸時代後期以降に多くの人に愛読されたといいます。

一方、現代の意識はどうなっているでしょうか?ちょっと古いですが、社会人男女275人を対象に、仕事は「速いけど雑」or「遅いけど丁寧」のどちらを目指すべきか? をアンケート調査(2017年4月マイナビ学生の窓口調べ)したところ

・「速いけど雑」     59人(21.5%)
・「遅いけど丁寧」  216人(78.5%)

という圧倒的な差のある結果でした。

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2020年06月11日

答えが出せないあなたへ

「これからの社会がどうなるか不安」
最近オンラインで学生と面談していると、多くの学生から出てくる言葉です。

しかし次に出てくる言葉にいつも少し落胆してしまいます。
「これからの社会がどうなるか、教えて欲しい」と。

こんな質問が出てくるようでは、不安になって当たり前。
「答えを教えてほしい」=「自分の頭では考えられない」だから、
先が見えず・答えが出せず不安になる。

しかしそもそも、答えなんてないのです。
ましてや社会そのものがどうなるかは、誰も答えを持っていない。
「こうなる」と発信して・動いている人は、「自ら追求し、仮説を出している」のです。

不安になるのは、自ら追求する力をつけさせない旧い学校教育の弊害。
突破口は、子どものように「何?なんで?」そして「どうなる?どうする?」
と自ら追求する思考のクセをつけること。
追求の対象とする世界を、自分の身の回りから地域へ、そして社会へと少しづつ広げていくこと。

このブログのタイトルを読んで、「答えを出すための答えが知りたい」と思って読み始めた方、
ごめんなさい。答えはありません。
だけど、ヒントはあります。少しでも多くの人が、学校教育の弊害を脱し、追求に向かえますように。

リンク より引用
>しかし、現代人は、そもそもその大前提が成立しない空間に監禁されている。その最大の原因は、成長期の7才から22才まで16年間もの間、外圧から遮断された学校という特殊空間で過ごし、本当の外圧を知らないまま大人になってしまうこと。しかも、その間に、成績の強制圧力によって潜在思念が封鎖されてしまい、脳が与えられた答のある問題を覚えたり、理解するだけの暗記脳・文字脳・公式脳に固められて終うこと。

・更に、(これも成績圧力の結果だが)、己の成績が第一となり、点数に直結しないことは「何?何で?」の追求であれ、社会や自然界の出来事であれ、何であれ「自分には関係ない」と捨象してしまうこと。「関係ない」と外識を捨象してしまえば脳は全く作動せず、思考停止状態に陥る。作動しているのは、点を取るための暗記脳だけ。それも、学校を出ると必要なくなるので、完全な思考停止状態となる。それが、現代の大人たちである。

>要は、成績第一→暗記脳によって封鎖された潜在思念を解放すること。赤ん坊の好奇心を取り戻すこと。そして、社会や自然界の出来事から目を外らさないで、「何?何で?どうする?」を追求すること。

・いくつかの課題を追求していく間に、自分の成すべきこと(=使命)が見えてくる。そして、使命と追求心が生まれると、自ずと成績第一=自分第一という価値観や「関係ない」という独断から脱脚してゆく。

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2020年06月11日

外圧適応⇒本能開放。人類の本能とは何か?本能の構造化

コロナ禍は続いていますが、人々の意識が刻一刻と変わっているのを肌で感じます。今後、生き残りを掛けた企業間闘争は、業界闘争は激化するはずです。

コロナ禍→経済難
1.設備投資が少なくなる
2.在宅、テレワーク→オフィス縮小
3.要不要の判断が鮮明→本物志向、もったいない意識の醸成
上記、1~3で、自主管理していく集団が増えてくる。事業拡大や発注件数は激減する→企業同士の仕事の奪い合い。
※本物志向の価値は高まる。

今までの常識や考え方では通用しないことを意味します。極論ではなく、生きていくことができなくなります。

どうする?
頭の先っぽで物事を捉えても、上記のように通用しません。潜在意識のレベル、本能の次元から物事を考える。本能の開放が求められます。

しかし、本能という言葉は知っていても、本能って何?という疑問も浮かびます。

一言で本能といっても、様々な本能があり、それらは深い次元から新しい次元まで、縦横、立体構造化しています。
一体化本能、整合本能、秩序化本能、適応本能などは深い次元にいそうです。さらには、生存本能、庇護本能から、性闘争本能、縄張り本能・・・。また、いわゆる3大欲と言われる、食、寝、性なども本能に属している感じです。他にも遊び本能、追求本能などあります。

ゆくゆくは、これら本能郡を構造化していきたいと考えます。

そもそも、人類の本能は、他の動物の本能とも違う気もします。動物行動学でノーベル賞を受賞したK.Z ローレンツは「本能」を「種の保存の為の、種共通の固定的動作」と定義しました。今回は、ヒトという種の「本能」は何か。参考に見ていきましょう。

以下引用。
note https://note.com/yukigunidamashii/n/nbb4d03b2b1c7より引用。
—————————————————————————————————-
僕は2011年の3月、文明の一切を奪われた場所で、「ヒトの本能」を垣間見た。東日本大震災発生から3日後の2011年3月14日、車で東北道を北上し、仙台市多賀城市に入った。

空は良く晴れて日差しが強く、車の中は暖房がいらないほどであったが、外に出ると空気はとても冷たく、ひんやりとしていた。 暖かい日差しと冷たい空気。この季節になると今でも、亀裂だらけの高速道路で繰り返し流れていた、雑音混じりのアンパンマンのマーチを思い出す。

街はアクション映画のように瓦礫だらけで、水道も、電気も、ガスも繋がらなかった。 何もない暗い廊下で、寝袋と毛布だけ並べて寝て、明るくなると働いた。 一応、医師としてスタッフに入ったが、意外にも医療の需要はそこまで高くなかった。

医療というものは、意外と高い次元の欲求だと初めて知ったのもその時だった。 ただただ混沌の中で、人手が必要であった。 山積みになっている救援物資や食料を運んだり。瓦礫を見回ったり。2日ほどして気づいたことがある。

誰一人として、人の悪口を言う人も、物を奪い合う人もいなかった。 食料も、物資も、誰も一人占めしたりせず、皆が皆の分を気にしていた。混沌の中で、誰もが皆を思いやっていた。 何しろ、トイレも食事場も皆共用なのだ。当然と言えば当然かもしれない。お金だって、そもそも店が写真の通りである。盗んでも仕方なかった、それだけだったかもしれない。

それでも、皆疲弊し、パニックになりながらも、全員が大切な誰かを想いながら、初めて会ったであろう隣の人を助け合った。ヒトが法律に規定されない状態では、「万人の、万人に対する闘争」が自然状態であると説いた人がいた。それは文明の発達後の話だと思う。

15万年前、取るに足らない一つの種であったヒトは、この「助け合う力」がどの種族より強かったからこそ、今日こうして生き残っている。

買い占めたり、誰かを批判したり攻撃したり。きっとそれは、文明と法律に守られた状態だから起こる。足の引っ張りあいは、高度な文明の産物だ。個体の行動が、種の保存のためか個体の利益のためか。

この議論は長く続いていて、ローレンツの種の保存説は劣勢になったが、ドーキンスの「利己的な遺伝子」で、種の保存説が再度見直されている。

先のことはまだ誰にもわからないが、脅威が文明を停止させていくことがあれば、抑えられていた「ヒトの本能」がきっとこれに立ち向かう。「種の脅威」に立ち向かう武器は、政策や医療など高度な文明の産物ではない。「隣の人を助ける」という「ヒトの本能」だ。

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2020年06月11日

追求心を生み出すには

 「之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず」

これ「論語」で紹介されている孔子の言葉。単に知っているだけでは、それを好きなものにはかなわない。しかしただ好きというだけでは、楽しんでいるものにはかなわない、ということ。 この言葉は、「好きこそ物の上手なれ」からさらに一歩踏み込み、何事もマスターするためには楽しむことが大切だと説いています。

例えばある経営者は、将来伸びる若者とそうでない若者について、こう話していました。 「新入社員のことは、まずまともな仕事はやらせてもらえない。大抵は雑用からだが、それをこなす姿勢で、伸びるかどうかどうかがすぐ分かる。」 アカラサマに嫌そうな表情を浮かべている人間は、まず見込みがない。それまでの小さなプライドを捨てて、素直になれるかが大切だと、その方は続けます。

「特に高学歴でエリート意識の高い人に、その傾向は表れやすい。社会に出れば、時には高卒の先輩に、時には年下に仕事のやり方を教わらなければならないこともある。そのとき謙虚な姿勢がなく、素直に先輩の話を聞き入れない新人は、いずれ落ちていく」

素直で謙虚な姿勢の人間は仕事を吸収するのも早いし、職場にもすぐに溶け込める。一方で、「これは自分の望んでいる仕事ではない」と決めつけてしまえば、どんな仕事も単なる時間つぶしにしかならず、いつまで経って成長が見込めない。 もう一つ事例を。

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2020年05月28日

ランチェスター戦略 ~充足関係が市場原理を駆逐する~

緊急事態宣言は5月25日に全面解除されましたが、コロナショックは激しく、当面は引き続きマスク着用や手洗い、3密回避は続くでしょう。

以前の記事「ランチェスター戦略~弱者は人間関係に分け入っていく戦略~」で弱者の戦略として「4.接近戦:弱者はエンドユーザーに直接営業する」を紹介しました。withコロナの状況下で「直接営業」は今後衰退するのでしょうか?

大企業が最大公約数的に万人に受ける商品を提供するのに対して、中小企業は一部の顧客のニーズにとことん応える商品を提供するのが勝ち筋になります。そのために直接顧客に対応することが不可欠なのです。

市場原理の中では商品の売れ行きを左右する要素は品質と価格ですが、買い手は品質を判断することが困難な場合が多く、そのため価格が最も大きな要素になります。しかし「売り手の信頼感」が「品質」の代わりになれば形勢が逆転することがあります。つまり直接営業とは、客との間に、市場の取引関係以前のもっと根っこの部分で人と人とのつながりで、充足関係を作ること。そこから、同じものなら「あの人から買いたい」「むしろ少々高くてもあの人のところで買いたい」につなぎ、市場原理を引っくり返すのです。

例えば、東京都中央区のベルテンポ・トラベル・アンドコンサルタンツ
この会社は1999年に日本初の障害者専門の旅行代理店としてスタートしました。
高萩徳宗社長は大手旅行会社に勤務していた頃、大量販売で画一的なツアーに疑問を抱き、さらに効率重視のため障害者や車椅子のお客さんを断る現実に心を痛めていました。
そんなとき、ボランティアで障害者との旅行に同行中の出来事。

夜中の2時にある障害者に「ビールが飲みたい」と叩き起こされた。高萩氏はキレて「ふざけるな。障害者だからといって甘えるな!」と怒鳴った。すると「俺たちだってボランティアにはいつも気を遣っているんだよ。本当は堂々とお金を払い、客として正当なサービスを受けたい」と返されたそう。

これでボランティアという名の善意が逆に障害者のプレッシャーになっていたことに気付き、有料のバリアフリー旅行会社を創業したのです。客は障害者、高齢者なので、事前に観光地を調査して、車椅子の利用状況を調べたり、もしもの場合に備えて医師や看護師、理学療法士なども同行させます。当然、ツアー料金は通常の旅行の倍以上になります。(当初は「障害者を食い物にしている」とバッシングを受け、創業から4年目までは赤字だったそう。)それでも構わないという人が会員になります。旅を共にするのは、趣旨に賛同するその会員のみ。旅行は、観光も楽しみですが、誰と行くかも大事な要素。気が利かない添乗員やわがままな客がいると旅は台無しになっていますので、会員制は客層戦略の一つとして欠かせない要素です。

この事例で気付くのは、相手との絆を作るには「相手を知る」だけでは足りないこと。相手にこちらのこと、つまり人となりや想いも知ってもらうことがないと、本当の意味での関係深化にはならないのです。そしてそれは1対1の一本線では継続しづらい。網目状の関係性の中(この事例の場合は会員制で会社と会員、会員同士の関係)で相互に補完し合うことで継続した信任関係になっていくことが推察できます。

こうして改めて直接営業の核心部分を見ると、不安発のソーシャル・ディスタンスで避けられる関係ではないことが分かります。まさに家族のように良いこともダメなことも互いに受け入れる存在になるということなのです。
人間関係も「必要か、否か」の判断で振り分けられ、ウィルスに負けない信任関係作りが市場も制していくのです。

※参考資料「小さな会社の稼ぐ技術」(栢野克己著 竹田陽一監修/豊倉善晴取材・執筆協力:日経BP)

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2020年05月21日

今こそ本質追求への転換の時

地方から徐々に緊急事態宣言も解除され、経済活動も再開してきた。
一方で、人の意思は大きく変わり、簡単には戻らないだろう。
相変わらずマスコミに従順に従う人がいる一方で、(真っ当な感性の人は)マスコミへの不信感を抱く人も増えてきた。
整合本能が刺激されている状態。
中でもとりわけ意識が高まるのは、「西洋科学への不整合感」だろう。
これだけ西洋科学を軸に発展(見かけ上の。決して進化ではない。)してきたのにも関わらず、
自然災害・新型ウイルスには手が出ない。
それには無理もない。西洋科学は元々、権威・権利のための表面的な理論だけで作られた、非現実・非追求のものだから。

見直されてるのは、「東洋科学」・「ロシア科学」。
本源的な追求の上に成り立つ技術・理論と、徹底的な現実直視のもとに構築された新技術
これから先更に社会は変わっていく。必要なのは、
★現実直視→歴史構造の追求(本源に立ち帰り、問い直す)→物事の本質の解明・構造化→“真”技術・“真”科学・“真観念”の創出。
★この追求の流れに向かうのに必要なのが、余計な観念を取り払った『本能発の追求』。
→人間に本来必要な食とは?西洋医療に変わる本当の医とは?これからの生産の在り方は?これからの集団の在り方は?教育は? 追求課題は無限にある。

今変わらないと、すぐに淘汰される。これからの社会、その淘汰のスピードが早まる。どうする??

以下、るいネットより 東洋科学と西洋「科学」
万物は、無数の要素が互いに影響を及ぼし合って成り立っており、それは人類の限られた知能(観念機能)で掴めるようなものではない。そこで原始人たちは、数千年に及ぶ経験知(云わば、無数の人体実験)をもって、事実とした。それを『原始科学』と呼ぶことにする。
この原始科学を受け継いだのが、東洋科学(例えば、東洋医療や日本料理)である。

・ところが、西洋「科学」だけは、原始科学と全く異なっている。西洋「科学」では、要素を一つか二つに限定した上で実験し、実験室で同じ結果が再現されることをもって「事実」としている。つまり、要素限定の実験主義である。
・しかし、現実には、そのように要素を数個に限定した空間など、どこにも存在しない。従って、それは非現実な「事実」であり、どう贔屓目に見ても、人工空間における特殊限定事実でしかない。ましてや、普遍的真理などでは決してない。
・非現実な「事実」とは、平たく言えば嘘・ハッタリということである。にも拘らず、学者たちは「それ」が絶対的事実であるかのように語り、教科書には「それ」が普遍的真理であるかのように記載されている。これは壮大な騙しであり、ペテンである。
・とりわけ、実験主義に至っては、実験する設備も時間もない素人たちを尻目に、学者(=ペテン師)という職業を正当化・絶対化するためのお手盛りの屁理屈にすぎず、そのような(要素を限定した)実験行為が正しいという科学的根拠などどこにも存在しない。

この現実から乖離したお手盛りの西洋「科学」は、その当然の帰結として、至る所で環境を破壊し続けてきた。とりわけ、深刻なのは肉体破壊で、人々が摂取する医薬品や食品添加物は、せいぜいこの100年ほどの間に登場したものばかりであり、それらが本当に安全なものなのかどうかは、少なくとも1000年以上経たないと分からない。
車(→廃棄ガス)や電化製品(→電磁波)やプラスチック(→人工ホルモン)にしても、同様である。
・現在、これら全ての害悪の原因がタバコになすりつけられているが、たばこは数千年の歴史を経ている。「害悪」のレッテルを貼るのなら、むしろ全ての医薬品や食品添加物や車や電化製品に対してこそ、ラベルを貼るべきだろう。

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2020年05月14日

コロナ後は追求力の時代→学校脳では適応できない⇒自ら課題を見つけて解決する力がより不可欠になる。

5月も半ばを過ぎ、コロナ禍の第一波も落ち着きつつありますicon_biggrin.gif
現在も緊急事態宣言渦中ではありますが、人々の意識も一時の自粛ムードから開放されつつあります。
そのような社会潮流を踏まえ、各自治体では、これまで閉鎖してきた学校の再開が徐々に進んでいきそうです。

親からすれば、学校閉鎖期間の子どもたちの学力低下や勉強の遅れを不安視する人も多いと思いますが、コロナ禍による学校封鎖は、逆に冷静に物事を追求できる絶好機だと考えます。

学校に行かないということは、学校脳(試験脳や暗記脳)に染まる恐れがないからです。コロナ騒動後は、間違いなく学ぶことの意味、価値が劇的に変わります。

というのも、今までの教育は、与えられた課題を解決する力が重要視されてきました。学校生活や授業に適合して良い成績をおさめる、いわゆる優等生がよしとされてきました。しかし、仕事において、与えられる課題や答えがあるものはほとんどありません。解決方法も一つでなければ、答えは用意されていることはありません。仕事は試験問題を解くことと違うのです。
学校の勉強はできたのに、仕事ができるとは限らないのは、頭の使い方が全然異なるからです。社会人の方は身にしみて感じていると思います。

●これから求められる力は何か?
それは自ら課題を見つけて解決する力です。〝一つの正しい答えを出す〟だけではなく〝新しいものを生み出す〟という学校教育とは真逆の力が必要になります。これは今に始まったことではありませんが、コロナ禍で本物だけが生き残る時代に突入すると、仕事を与えられるものと思って要領よくやってきた人と、自ら主体的に掴みに行く人との差は顕著になります。

それでは、〝自ら課題を見つけて解決する力〟はどうやって養っていけばいいのでしょうか。
それは、赤ん坊の頃の知的好奇心を呼び覚ますことと廻りが鍵と考えます。

現代の学校では、算数や国語を代表するような〝知識〟と〝思考力〟ばかりが評価されています。しかし、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション力の高さ、周囲に惑わされることなく行動できる気持ちの強さ、音楽や美術を好きな心など、これらも〝知識〟や〝思考力〟と同じ立派な能力なのです。廻りの大人は、子どもたちのあらゆる能力に目を向け、興味を示すものを伸ばしてあげる環境づくりが重要になります。

●子どもと一緒になって追求を楽しむことが成功の入り口
例えば、子どもが興味を示したものを、一緒の目線から追求して楽しんであげることです。なぜなら、子どもだけだとせっかく芽生えた好奇心は、すぐにしぼんだり、忘れてしまうけれど、親がその好奇心の芽を見逃さずに次々と新しいネタを提供できると、子どもは知る楽しみ、学ぶことの面白さ、追求充足に目覚めていきます。こうなればしめたもの。親が何もしなくても、自ら興味があることを見つけ出し、追求し始めます。

相手と一緒に追求を楽しむことは、人材育成にも適応できます。

アフターコロナの時代は、現代人の誰もが経験したことのない時代だからこそ、より好奇心発の自ら課題を捉えて解決していく力が必要になります。まさに、追求力の時代と言われる所以。

自ら課題を捉えて解決していく力は、子供だけでなく、大人にも課せられた課題です。むしろ、仕事を主要に担っている大人にこそ必要な力です。

その原動力となる好奇心は、いくつになっても芽生えさせることができます。 個人的には、あらゆる対象に好奇の目を向けられないのは、これまで身に付けた経験や知識が邪魔してるからという感覚があります。過去は変えられないので、それを言っても始まりません。

だからこそ、気付いた人から、意識しないで子供の時の好奇心を取り戻せる(癖付ける)まで、たとえ知っていることでも、あえて何?、なんで?を問い直し、ゼロから追求することを意識していく必要があると考えます。

そして、こんな時代の大きな転換期だからこそ、なんで?どうする?をみんなで追求していきたいと思います。

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2020年04月30日

新型コロナは思考に感染する⇒突破口は何か?

緊急事態宣言の延長も決まり、より一層「自粛」「経済活動縮小」のムードが強まる中、
多くの人が「不安」に駆られている。
最近はWEBで大学生と面談をする機会がよくあるが、彼らからも出るのは「不安」の声。
一方で、「では今どうしてる?」と聞くと、「ゲーム」と答えが返ってくる。

彼らが不安なのも当然。この状況に対して「なぜ?」「どうする?」の追求をせずに、先は見えないから
追求をしていない人ほど、不明確な不安を感じている
他方、一部の追求をしている人は不安に駆られていない。
(例えば、マスコミの出す数字の根拠は?と追求を始めた学生はWHOの報告原文にもさかのぼり、不整合に気づいた)
そこからは、「どうする?」の追求に向かうので、思考が自然と「可能性発」になる。
前へ前へと、先を見ようとしているのだ。
仮の答えだとしても「先が見える」というのは、大きな安心に繋がる。

このブログを見てくれている人で、否応ない不安に駆られている人は、ぜひ追求に向かってほしい
「そもそもコロナって何?」「欧州と日本でこんなに被害に差があるのは何故?」「裏で誰かが糸を引いている?引いていない?引いてるとしたら誰が?」
・・・(すっきり答えられますか?)

コロナは思考に感染するとも言われている。突破口は、上述したように一人一人が追求に向かうこと。
Too many thoughts

以下、リンク より引用
>端的に言えば今回の新型コロナウイルスは、この「人間を人間たらしめた特性」そのものを直接的に攻撃してきた、人類史上初のタイプかもしれません。

つまり、身体的なダメージは必要最低限に抑えることで、思考の撹乱を最大限に引き出すという画期的な「新戦略」で”効果的”に人類にダメージを与えているからです。これは決して物理的に脳に感染するという意味ではありません。結果として人間の思考を惑わすのに一番効果的なタイプになってしまったのではという意味です。もしこれがもっと高い致死率であれば、人類は過去の経験を生かしてもっとうまく対処し、これほどまでの深いダメージを受けていなかったはずです。

このウイルス側の「新戦略」は、今の所かなり”成功”してしまっています。なんとなく「不安」という緩やかな恐怖が、一瞬にして全人類の思考に「感染」しました。それによって人々が病院に殺到し、そのことが二次感染と医療崩壊を招いて人災的に死者・重傷者を増やすという、人類の「誤作動」を誘引しています。変な話ですが、Covid-19は「コンピュータ・ウイルス」に非常に近いかもしれません。しかもインターネットが普及し、誰もがスマホを持ち、SNSも広まって、且つまだ人類がそれを十分コントロールできていない不安定なこの時代は、ある意味この戦略をしかける”絶好のタイミング”でもあったのです。ここまで”恣意的”だと、(自分はあまりそういうことを信じるタイプではないのですが)神なのか地球なのか、何か大いなるものの意思があるかのようにさえ感じてきます。

残念ながら、今後も身体的なもの以上に、”思考の誤作動”によるダメージの方が遥かに膨れ上がっていくでしょう。すでにそれが要因で株価が乱高下し、様々な経済活動が混乱しています。それらは過去の感染症の流行時にも起こったのですが、当時は明らかな生死に関わる高いリスクを伴ってのことでした。ところが今回は、我々のほとんどが「元気」なのです。しかも仮に罹患しても多くの場合が重症化しない可能性が高いらしい。もちろんだからといって感染対策が全く不要だというつもりはありません。しかし身体的リスク以上に、思考や意識が侵されているのは間違いありません。そして侵された思考が起こす行動自体が、私達を物理的に傷つけるというのが、今回の最大の特徴ではないでしょうか。

>この観点に立って考えると、それに感染しているかどうかはPCR検査でなくても可能です。例えば以下のような項目が思い当たるかどうか確認してみてください。

☑Q1: 特に症状も無いのに、自分が感染しているかもしれないと不安になったことがある。
☑Q2: つい外国人がウイルスを持ち込んでいるという偏見を持ってしまう。
☑Q3: ネットで知ったデマの対処法をつい信じてしまったことがある。
☑Q4: 感染拡大のニュースが気になって、仕事や勉強に身が入らない。
☑Q5: 計画していたことや少し先のための行動を躊躇してしまったことがある。

こんなことがいくつか当てはまると、軽度であれ「思考への感染」は始まっている可能性はあります。私自身も決してゼロとは言えません。冷静に現状に鑑みると、これらは非論理的な思考によるものがほとんどです。私達の思考が、平常時ではありえない影響を受けていることを自覚しなければと思います。

では、果たしてこれに対抗しうる「ワクチン」を、私達はどう作って行けばいいのでしょうか?

>即ち、まずは私達が「自らの思考や行動」がどのように影響を受けているのかを自己診断すべきです。

平たく言えば「必要以上の不安にかられ、衝動的な行動を起こしたり、逆に自らの行動にブレーキをかけすぎていないか」ということを意識することです。また同時に、そうした思考を知らず知らずのうちに拡散していないかも重要なチェックポイントになります。思考に入り込んだウイルスの影響を、客観視することで「隔離」し、自ら拡散しないようにできるかどうか。これが非常に重要な対策ではないかと考えます。

また、その前提としての正しい情報や、最新の世の中の動きを正確にアップデートしておくのも大切です。ただ、ネットやTVなど様々な情報源が溢れ、その中にデマや不安を煽る情報も混在する現代で、これは決して簡単ではありません。広く情報を集めたらより正しい情報に行き着くかというと、そうでもないはずです。そのためには、コンピュータでいうところのOS(基本ソフト)、即ち行動を司る姿勢や思想のようなものを、日頃からアップデートしておく必要もあります。この点では、私達日本人は、比較的いいものを持ち合わせているかもと、少しは自信をもってもいいかもしれません。あの大震災の中でも、一定の秩序を保ったことを世界から称賛されたこともありました。現時点で医療崩壊に繋がっていないのも、もしかしたらそれと同じ要因からきていることかもしれません。もちろん過信は禁物ですし、全てがうまくいっているわけでもありません。安易な自国礼賛的な議論に持ち込むのももってのほかです。それでも私達は、その点では満更でもないような気もします。いずれにせよ、心理的な影響をうまく客観視して”隔離”できれば、対策の第一歩になるはずです。

 「やめること」をやめられるか?

更に重要なのは、仮にそれができたとしても、それを行動に反映しないと意味がありません。前述の通り、今回の事態が引き起こす悪影響のほとんどが、私達自身の行動によって引き起こされる可能性が高いからです。その最たる例が、過度な自粛です。今、世界で起こっている政府による行動制限の成否は、現時点では評価しようがありません。しかしそれ以上に過度に萎縮し、やってもいいこと、むしろやるべき行動まで制限してしまうことは、想像以上大きな悪影響をもたらすはずです。もちろん、それができなくて苦しむ立場に追い込まれる人たちも大勢いるでしょう。であるがゆえに、できる人はできることをやるべきですし、やるのが難しくなった場合には、なんとかそれをやる方法がないかをとことん考えるべきではないかと思うのです。
=引用終わり=

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