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2020年02月27日

気づく力を高めるにはどうする?

通学・通勤の道端にある自然、町の様子、普段一緒に過ごす仲間の変化(元気そうか?元気がなさそうか?)、
そして社会の変化(ニュースで流れる事象への違和感、教科書に書かれているものと違う現象)等
・・・あなたは気づけていますか?

学校教育や、ネット依存が象徴するように、対人・対自然の関係・追求が希薄になり、
現代人は『気づく力』が失われています。

「仕事ができる人」「優秀な人」「信頼されている人」そう聞くと、どんなイメージを持ちますか?
いずれも、もくもくと一人で作業をこなしているようなイメージではないでしょう。
必ずそのイメージには、『たくさんの相手・人』がセットになっているはずです。

気づく力が失われているというのは、「人と一緒に仕事をする=人ととも生きる」力が失われていると
いっても過言ではないでしょう。
その際たる原因が、対象不在の踏め込み型学校教育であることは言うまでもありませんが、
どうすれば『気づく力』を取り戻すことができるのか。
※子どもたちは一刻も早く社会へ出て行くことが突破口だとして、大人はどうすれば良いか。。。

○脱「与えられる側」思考
気づけない=思考停止しているということです。
では、なぜ思考停止してしまうのか?
それは、常に「与えられる側」に立っているから(立ってきたから)。
教育が際たる例で、ほとんどの場合が知識を与えられるだけの場になっている。
それでもテストで点を取れば評価される異質な空間。

そのまま大人になると、社会に出ても仕事(課題)は上(上司)から与えられて、
それをこなすだけで良いという意識になる。
だから、自分の仕事以外は「関係ない」。つまり自分のこと以外は考えない。
これでは思考が働きようがありません。

★突破口は、役職を超えて課題をつくり出す側に立つこと、組織をつくる側に立つこと、
 社会をつくる側に立つこと。

○ひたすら「なんで?」を追求
「自分には関係ない」ことなんてない!と腹を固め、とにかく対象世界を広げることが重要。
「なんで新型ウイルスのニュースばかりで、アメリカで大流行しているインフルエンザはニュースにならない?」
「なんでサラリーマンは活力が低い?」
という社会課題や、
「なんで人間には毛がない?」「なんで生物は雄・雌に分かれた?なんでこんなに性質が違うの?」
という生物史的な課題や、
「なんでこの人はこういう表情をしている?」「なんでこの人はこういう言葉を発している?=期待は何?欠乏は何?」
という日常課題まで、

★とにかく『なんで?』を追求すること。そうして、狭かった対象世界を広げることが、
『気付きのレンジ』を広げていきます。
※就職活動中の学生は、自己分析なんてしてないで、とにかく対象世界を広げてほしい!

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2020年02月13日

中堅社会人へ〜アンテナ力を高める〜

年度末が近づき、学生であれば就職活動など社会に出る準備を、
社会人であれば、新年度に向けた・近い将来に向けたビジョンを固めている頃ではないでしょか?

様々な業界に勤める友人達(特に中堅層)から聞こえてくるのは、
『アンテナ力を高めたい』という言葉。
あなたもそんな風に思ったことはありませんか?

入社以来ガムシャラに進んできた世代が、役割も増え・相手先との関係も広くなり、
更に後輩の指導も任され、能力欠乏が生じているようです。

では、アンテナはどうすれば高められるのでしょう。

アンテナと一言に言っても、色々あります。
・社会の潮流に対するアンテナ
・業界の最先端技術に対するアンテナ
・社内の関係(チームワーク)に関するアンテナ 等々

恐らく最も重要なのは、『集団にかかる外圧に対するアンテナ』

“アンテナの感度が高まる”というのは、自ら掴みにいく領域が広くなること。
経験上、”自ら掴みにく“という欠乏が最も高まるのはどんな時かというと、
チームや会社にかかる外圧や期待が大きくなり、
それに応えようという思いが高まった時ではないでしょか。

つい先日も、社会人1年目の後輩が、“仲間の期待に応えたい”という思い発で自ら調査・発信してくれた内容が、
チームを前進させました。

一方で、自分の興味発でしかないと、感取できる領域は限られます。
所詮、自分に興味があるものだけは自分毎、それ以外は他人事にしかならないのです。
だから、期待に応えられる領域は狭く、色々な人との関係領域も狭くなります。

この世代に求められるのは、仲間の課題も、客先の課題も、大きくは社会の課題も、
自分毎として捉えること。
それだけ、対象世界を広げていくこと。
「関係ないことなんてない」。そんな気持ちで探究を重ねること。
そうやって、視点が自分発からみんな発へと転換していくことで、自然とアンテナが張られていきます。

「そんな時間なんてない」。そう思う人もいるでしょう。
だけど、アンテナ力を高めることが結果として照準力の上昇に繋がり、仕事の効率化にも繋がります。
そして何よりも、対象世界が広ければ広いだけ、活力もって生きていける。
周りのアンテナ力が高い人を見てもそうでしょう?

世の中の中堅社会人のみなさん、アンテナ力を高めるのは今がチャンスです!

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2020年02月12日

熟れ鮓は微生物との共同作業

魚介類を細菌や酵母で発酵させた発酵食品は多種に亘るが、その代表は何といっても「熟れ鮓(なれずし)」でしょう。といってもピンとこない方が多いかもしれません。
熟れ鮓の代表的なものは近江(滋賀県)の鮒鮓(ふなずし)や紀州(和歌山県)のさんまの熟れ鮓、石川・富山の蕪寿司など。皆さんがご存じの寿司は酢飯を使いますが、熟れ鮓は魚介を飯と共に重石で圧し、長い日数をかけ乳酸発酵による酸味を生じさせるもので、言わば魚の漬物のようなもの。その原型は中国や東南アジアに古くから伝承されたと言われています。
紀元前4~3世紀の成立とされる中国最古の辞書『爾雅』には既に「すし」についての記述があるが、それによると「鮓」というのが魚の貯蔵品、「鮨」というのが魚の塩辛で、その素材には鯉や草魚、ナマズなどの川魚などが使われていました。

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2020年01月29日

世界遺産になった「和食」の基盤を作っているのはカビ

大昔、ヒトは食べ物の保存に様々な工夫を凝らした。自然現象を観察して、例えばカエルやトカゲ、ヤモリの干乾びたのを見つけて口にしたのだろう。それが食べられると分かると、今度は干乾びたものを集めてきて貯えただろう。即ち「乾燥」である。その乾燥による保存食品の代表が『鰹節』です。 ではまず鰹節の作り方から見てみましょう。

<鰹節の作り方>
最初に原料の鰹を三枚におろし、そのおろした身を煮籠に入れて一時間半ほど煮た後冷やす。これを骨抜きしてから底をスノコ張りにした木箱に四、五枚重ねて入れ、焙乾室で堅い薪材を燃やして燻し、じっくりと数日間かけて乾燥させる。これを舟形に整形削りすると「裸節」です。

これを四、五日間日光で乾かしてから、カビ付け用の樽や桶、箱、室などに入れる。ここに裸節を二週間もそこに入れておくと、中に生息している鰹節菌と呼ばれる麹カビの一種が表面に密生します(一番カビ)。
これを取り出して胞子を刷毛で払い落として日干しし、再びカビ付けの容器や室に入れる。二週間でカビは再度密生する(二番カビ)。
こうして三番カビ四番カビ付けを繰り返し、最後に十分に乾燥させてようやく『鰹節』が出来上がります。

単に乾燥させるだけでなくカビの密生を繰り返すのは、カビに鰹節の内部に残っていた水分を完全に吸い取らせてしまうためです。

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2020年01月23日

大人こそ遊べ!2〜「必死」ではなく「夢中」になるために〜

以前、大人こそ遊べ!という記事を発信しましたが、今回は第二段。
最近は、多くの大人が「必死に」働いている。多くの学生が「必死に」勉強している。
あなたも、日々「必死」になっていませんか??
大切なのは、『夢中』になること。

必死になっている状態は、「やらなきゃ」と何かに強制される圧力下で動いている場合が多いです。
だから、脳内環境的にもドーパミンやノルアドレナリン等の追求に向かう物質が出ず、活力もでないので、
続かない。

一方で「夢中」になっている時は、自らの内発から行動していることがほとんどでしょう?
だから、脳内ではドーパミンやノルアドレナリン等の追求系物質が出て、集中力も高まっていきます。
夢中になっていると、あっという間に時間過ぎてしまいませんか?
その状態を、「フロー状態」といいます。
以下、リンクより引用
>フローによって得られる効果は…

1.充実感が得られる。

「日本人のフローを調査したところ、フローを経験することで得られる大きな要素として、“充実感”というキーワードが浮かび上がってきました。充実感とは、何かに夢中になったあとに“楽しかったな”“もう一度やりたいな”と思う気持ちのこと。それは目の前の対象にだけではなく日常的な充実感や、人生の生きがいにも実はつながるもの。つまりフローという経験は、精神的な健康を保つうえでも効果的といえます」

2.“レジリエンス”が高まる。

「レジリエンスとは、“精神的回復力”を指す言葉。人はネガティブな状況に追い込まれた時、ポジティブな経験を持つことで、回復に向かうことがありますが、このような“ポジティブな経験”として、フローが注目されています。実際、日本の中学生を対象に調査をしたところ、フローを経験している生徒のほうが、そうでない生徒よりもレジリエンスが高いことがわかりました。何かに夢中になることは、逆境に打ち勝つ心も育てます。

3.クリエイティブになる。

「フローとクリエイティビティもまた、密接に関わっています。例えば怒りや妬みなど、ネガティブな感情に心が支配されている時、人の視野はとても狭くなりますが、うれしさや楽しさなど、ポジティブな感情を持っている場合は、“あれもできる”“これもできる”と行動や発想のレパートリーは広がっていきます。したがって、日常的にフローが経験できるような状況を作れば、クリエイティブになることが可能なのです」

4.他者に対する受容力がアップ。

「行動のレパートリーが広がってクリエイティブになるということは、感情面でも想像力が豊かになること。フローというポジティブな経験をすることで、人生に余裕が生まれ、他人も含めた世界がよく見えるようになるのです。結果的に、他者に対する思いやりが強まり、社会性も高まっていきます。また、同じ目標や志向を共にする仲間たちと一緒にフローを経験することも人間関係を深め、社会的スキルを向上させるには効果的です」
=引用終わり=

『夢中』になることが、激動の時代を生き抜く力(追求力・関係力)を養います。

では、夢中になるにはどうすればいいのでしょか。
過去夢中になったのはどんな時ですか?多くの人が子ども時代の遊びを想像するでしょう。
以前も紹介しましたが、そもそも人類は「遊ぶ動物」と言われています。
人間は遊ぶから脳が発達するのです。それは大人も例外ではないでしょう。
「人は老いたから遊びをやめるではない。遊びをやめるから老いるのだ」とは、ある文学者の言葉。
まずは『夢中になる』という感覚を取り戻すところから始める必要があるのだと思います。

以下、リンク2より引用
>大人も同じように、子どものような遊びの感覚を養っていれば、働き方を変えることができる。

わたしたちはどんな内容であれ、とかく仕事を深刻で難しいものとみなしがちだ。もちろん仕事で成功している人は、真剣に考え、仕事に多くの時間と努力を注ぎ込んでいる。

しかし傑出した結果を出す人たちは、仕事における「真剣さ」と「遊び」のバランスをうまくとっている。仕事で遊ぶことができれば、柔軟な心で新しいアイデアを練ることができ、また、長時間働いても強いストレスを感じたり、消耗したりせず働き続けることができる。

クリエイティブな仕事には、真剣な時間と遊びの時間がある。往々にして最善の結果が出るのは、両者をうまく組み合わせたときなのだ。一方、遊びと仕事をきっちり分けるのは、現実的でないばかりか、害さえ及ぼす。研究により、子どもでも大人でも、仕事と遊びを混ぜ合わせると、学習にも創造性にとっても、望ましい結果につながることがわかっている。

テレビゲームデザイナーのジェイン・マクゴニガルもまた、わたしたちがしていることの多くはゲームと同じく「ただ楽しむため」のものであり、それは人生を幸せかつ柔軟に生き、仕事で結果を出すために欠かせない、と語っている。

誰もが思い当たるように、わたしたちは大人になるにつれて遊び心と好奇心を忘れ、生活は仕事とまじめな事柄に支配されがちになる。かつてジョージ・バーナード・ショウはこう言った。「人は老いたから遊びをやめるのではない。遊びをやめるから老いるのだ」。

>もちろん、大人が「子どもの心」を取り戻す方法もある。ある実験で、大学生を2つのグループに分け、1つのグループには、「その日の授業が休講になった」と想像してもらい、もう1つのグループには、「自分が7歳の子ども>で、学校が休みになった」と想像してもらった。

すると、「自分は7歳で今日は学校が休みになって喜んでいる」と想像した学生の方が、その後で受けた拡散的思考テストでクリエイティブな答えを出したのだ。つまり、遊び心は常識的な考え方からの脱却を促すのだ。

現在、誰も彼も遊び不足で、遊びが許容され歓迎される空間が渇望されている。最近の調査では、遊ぶことの多い大人はストレスを感じにくく、ストレスをうまく扱い、人生により満足し、より多方面で成功を手にしていることが示唆された。遊び心を持ち続ければ、年をとった後もクリエイティブ思考とバイタリティを維持できるのだ。
=引用終わり=

今できる大人の遊びは何か?
“大人だから”、外遊びではなく、「買い物」とか「映画」とか「お酒」とか考えがちですよね?
ですが、大切なのは『身体を動かすこと。五感を働かせること。仲間と取り組むこと。』
身体を動かすことで、脳内の血流量が増え、脳機能が活性化するとも言われています。

だからまずは、みなさん『外遊び』から始めてみませんか?
仲間と自然の中で散歩をするもよし、思い切って泥んこ遊びをするもよし。
「夢中になる」という感覚を思い出し、夢中になって働いて・学んでいきましょう!

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2020年01月15日

ヒトが獲得した発酵技術

飽食の時代と言われますが、日本が豊かになって、たかだか半世紀ほど。圧倒的な歴史の中で、食料の生産と保存が人類にとって最重要課題でした。特に、食料の保存については、日本では電気冷蔵庫普及率がほぼ100%になったのが昭和50年代と言われており、長い間、その有効な方法として発酵食品がありました。今回は人類が生き残るために現実の中で生み出した発酵技術について取り上げます。

●発酵はどうやって生まれたのか?
発酵食品の代名詞とも言えるヨーグルトを例にとってみてみましょう。
多くの哺乳類の中で他の哺乳類の乳を利用するのはヒトだけですが、最初に乳を利用したのは今から約6千年前頃、中央アジアの草原の遊牧民だったと考証されています。彼らはまず偶蹄類反芻獣であるヤギや羊(→続いて馬や牛)を家畜化。それらの動物の乳房は巨大で、その乳糟には大量の乳が溜まっています。ヒトはその乳首を絞って乳を容器に採り、飲んだようです。ところがこの時からそう月日の経たないうちに発酵を体験します。なぜそんなに早いかと言えば、実は偶蹄類反芻動物の乳房や乳首の周りにはそもそも乳を発酵させる乳酸菌が多数生息していて、絞った乳の中にもかなりの数の乳酸菌が侵入していたからです。これは今でも同じで、そこにいる乳酸菌の数はあまりに多く、確実に発酵が起こるのです。

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2020年01月06日

プラス視が仲間づくり・組織づくりの原点

昨今、働き方改革だと言ってただ単純に残業を減らしたり、上司は必死になってコミュニケーションを取るための飲み会を開催したり。

だけど、社員の活力は下がるばかりで、退職者も止まらない。
藁にもすがる思いで人材評価システムを導入したりするも、改善しない。
そんな悩みを抱えている経営者が実は多いのではないでしょうかm052.gif

ほとんどの場合、会社の仲間関係が表層的で、本当の意味で“仲間”になれていないのだと思います。
では仲間とは何なのかm052.gif

仲間関係の構築には、実はステップがあるのです。

『親和共認→課題共認→役割共認→評価共認』

その最基底部にある、親和共認の原点が『プラス視』m033.gif

相手発でプラス視していくこと。プラス視は、ただ仲良くするというのとは違う。
徹底的に相手に同化・相手を肯定視していく。そして時には徹底的に踏み込んでいく。

今世の中で行われている飲み会の様な場は、親和にはなっていません。
居酒屋で聞こえてくるのは、愚痴を零すだけ=否定視・あきらめ視。
一次的に気は紛れても何も変わらない。それは親和ではなく、“解脱”・“逃避”。

どうすれば、そこから脱却できるのでしょうかm052.gif
現代では本当の親和関係→仲間関係の構築には、『課題』が必要。
会社の仲間関係で言えば、やはり『自分たちで会社をつくっていく』という課題でしょう
ところがこれを、「それは経営者の課題。俺たちには関係ない」と思っているサラリーマンがいかに多いことか。
それでは親和に向かえるはずもありません。

m117.gif突破口になるのは、社員一人一人が会社をつくる側になっていくこと。
つまり、経営者になっていくこと。
UNIQLOを経営する柳井氏が、社員に対して「全員が経営者たれ」というのも有名な話。
類グループでは、実際に全社員が経営者として組織をつくっている。

そういう組織運営のカタチが今後当たり前となっていくだろう。。。

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2020年01月04日

小学校は「刑務所に通わされてるようなもん」なのかどうか?

あけましておめでとうございます。とうとう新年が始まりましたicon_biggrin.gif

本ブログでも度々扱っていますが、昨年は脱学校、学校に行く必要はもはやないという意識潮流が顕在化してきました。
メディアでも、もはや学校は終わっているという類の事例やコメントが取り扱われるほど。
学校は刑務所と変わらないという発言も普通にメディアで流れています。数年前では考えられない。
昨年芽生えた潮流は、今年はさらに加速化しそうです。

メディアで様々な事案に本質を突いた発言を繰り返しているホリエモンの記事を紹介します。
以下、眼鏡文化史研究室より引用。
—————————————————————————————————————————–
日刊スポーツが「堀江氏、小学校は「刑務所通わされてるようなもん」」という記事をネット配信した(2019年5/10)。彼の価値観云々に対してではなく、このような言説を含めた状況全体について、思ったことがあるので、備忘録がてらコメントを残しておく。

まず「学校が刑務所のようなもの」という見解には、学問的なモトネタが存在する。ホリエモンのオリジナルではない。フーコー『監獄の誕生』(1975年)やイリッチ『脱学校の社会』(1971年)等で、40年以上前から学問的に示されてきた見解だ。それらの著書では、学校と刑務所(さらには病院)を、単に比喩的な意味ではなく、人間性を強制的に作り替えるものとして、本質的に同じ作用を持つ権力装置として議論している。そこには「近代」という時代の本質に対する透徹した洞察が示されている。

そもそも昔は、人々の大半は学校に行っていなかった。平安時代や鎌倉時代には、99.99%の人間は学校に行かなくても、生活上なんの問題もなかった。ヨーロッパでも事情は同じだ。大半の人間は学校なんかに行かなくても、普通に暮らすことができた。
しかし現在は逆に99.99%の人間が学校に行く。学校に行かなくては普通の生活ができないと、多くの人が思っている。どうして昔は学校に行かなくても平気だったのに、現在は行く必要があるのか? 本当に学校に行かなくてはいけないのか? この疑問を突き詰めていくと、学校や教育のみならず、「近代」に対する洞察へと至ることとなる。

結論だけ言えば、「資本主義で歯車となる人間」を供給するためには、人々を学校にむりやり収容し、生活習慣を強制的に組み替え、工場労働に適合する習慣形成を行う必要があるのだ。たとえば工場が期待する優秀な労働者とは、無断欠勤しない、遅刻しない、上司の命令はどんなに理不尽でも聞く、密告するなどの習慣を身につけた人間だ。
そして人間は、学校に通わなかったら、こういう習慣を身につけない。家庭学習で頭が良くなるだけでは、ダメなのだ。あらゆる人間をむりやり学校に収容し、長年にわたって工場労働に適合するためのトレーニングを積ませる必要があるわけだ。

資本主義を発展させるためには、こういった「歯車」が大量に必要であった。そしてその期待に、学校はしっかり応えた。日本が資本主義国へと成長できたのは、学校教育制度が機能したおかげと言える。これが「近代」という時代の特徴だ。

しかし、いったん資本主義が成長しきって成熟段階に入ると、実はこういった「歯車」が必要なくなってくる。単純作業は機械やAIがやってくれるし、会社が必要とするのはイノベーションを起こせるような創造的な人間だ。どちらにしろ「歯車」の需要はなくなる。このあたりの事情は、宮台真司が90年代から「成熟した近代」という言葉で主張している。たしか上野千鶴子も同じような主張をしていた。というか、80年代後半から、だいたいみんなが「近代は終わった」という議論をしていた。

こうして「近代」が終わると、「歯車」を世の中に大量供給していた学校の必要度も下がってくる。人々から学校へ通うモチベーションが失われていく。学校に行く必要を感じなくなる人々が増えてくる。不登校が増える。佐藤学が「学びからの逃走」と呼んだ事態が広がっていく。
ホリエモンが記事内で主張していることは、90年代から既に議論し尽くされた話を、「分かりやすい極論」として示したもののように読める。

さて、議論として必要なのは、「学校は必要だ」とか「必要ない」という主観的な意見ではない。「近代という時代がどういう特徴を持った時代で、どうして学校は近代では有効に機能して、そして21世紀ではそのままで機能するのかしないのか?」という問いの立て方が重要なのだ。
私個人としては「学校は機能しなくなる」とまでは言いたくないが、「このままの学校では、遅かれ早かれ機能しなくなる」という危機感は共有すべきだと思っている。ホリエモンの発言は教育界に1ミリたりとも影響を与えないわけだが、しかしそのイロニーに込められているものから学校の危機を感じておくのは、無駄ではないと思う。

個人的には、ホリエモンとは誕生日が20日ほどしか違わない同年代で、同じ時期に駒場や本郷にいたことから、動向が気になる人物の一人ではあるのだった。

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2020年01月01日

ようこそ激動の時代の始まりに

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 謹 賀 新 年 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

写真はコチラからお借りしました

昨年は元号が令和に代わり、日本が高度成長を遂げた昭和の時代がさらに遠い昔になった感じです。かつては「10年ひと昔」と言われていましたが、そのサイクルはどんどん短くなっています。グローバル化は、世界のどこかの変化が、まるで隣町で起きたかのような速さで私たちに影響を与えています。

ロンドンビジネススクールの客員教授で国際コンサルティング会社代表のゲイリー・ハメル氏は、著作「経営の未来」の中で今の企業が直面する問題を次のように整理します。

変化のペースの速さ / 束の間で消える優位性 / 既存の技術を駆逐する画期的技術
従来の秩序を破壊する競合 / 細分化された市場

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2019年12月26日

大人こそ遊べ!~創造は遊びの本能から生まれる~

子どもにとっての外遊びが、探求力・関係力の育成上非常に重要なことが明らかになってきています。
社会に出ても、勉強ばっかりしてきた人より、外遊びを思いっきりしてきた人の方が優秀な人が多い。

なのにも関わらず、大人になったら子どものようには遊ばない。(そんな時間なんてない)
と考えている人がどれだけ多いことか。

遊び=学びになるのは、大人も同じm033.gif
むしろ、テストのための勉強ばかりして探求力・関係力を失ってしまった大人にこそ、遊びが必要なのではないか。

以下、リンク より引用
>失敗を恐れず、創造性を育む「遊び」のチカラ

松田さんは教育学や社会学をご専門とする中で「遊び学」という研究を提唱されていますが、お二人とも近いものがあるのではないでしょうか。

松田 そのとおりですね。子どもの頃はとにかく何かに夢中になる時間が誰しもあったと思うのですが、あの感覚は何だろう?と、昔から興味を持っていたんです。いま務めている東京学芸大学は学校の先生を育てる機関でもあるのですが、大学内の知識を社会に広げるために「こども未来研究所」というNPO法人を仲間と立ち上げました。そこでは「こどモード」というキーワードを掲げ、「遊びは最高の学び」というコンセプトのもとに運営しています。

小笠原 「こどもみらい」、わたしたちと同じ名前ですね!

松田 うれしい偶然ですね(笑)。ただ、「遊び」が大事だと思う一方で、最近は子どもも大人も、「遊び」をなくしているんですよ。それは失敗を嫌う人が多くなっているからだと思うんですけど…。

失敗を嫌がることが、「遊び」の減少とどう関わるのでしょうか。

松田 そうですね。では、小竹さん、小笠原さん、ちょっと2人でゲームをしてみてください。左手で握手をして、右手でじゃんけんをする。勝ったほうは相手の握手している手を叩いて、負けたほうはその手をカバーしてください。

小竹 えっ、むずかしいですね…。じゃーんけん…、えっと、どっちだっけ。混乱します!(笑)

松田 ほらね、失敗したときのほうがふたりとも笑っちゃうでしょ。このように、いつ失敗してもオッケーなものが「遊び」なんです。でも、だからこそチャレンジができる。失敗するのを恐れてばかりいることと、「遊び」の経験が備わっていないことは関係しているのではないかと思います。だからこそ、これからは大人も「遊び」を学んで、自分の中の「こどモード」をどんどん引き出していけばいい。

小竹 わたしたちの目指すところもまさにそこです。例えば、子どもは落ち葉1枚でとても長い時間遊んでいたりする。それって子どもにしかできないというよりは、発達の段階でまだ機能として備わっていない部分があるからなのかもしれません。たとえば、時間の概念。大人になるにつれて、将来とか、ちょっと先にある「未来の時間」が予測できるようになるけれど、子どもにはそれがないので、他人の目を気にせずに、いくらでも打ち込めたりしますよね。

小笠原 「遊びから学ぶ」ということが幼児期の特権のようになってしまっているけれど、学校に行っても、社会に入っても、もっと「遊び」の中にこそ学びがあると知ってほしいんです。

>面白いから夢中になる。「遊び」が「学び」に変わる瞬間

「遊び」と「学び」は対義語のように感じてしまう人が多いと思うのですが、それが切り離されてしまうターニングポイントはどこにあると思いますか。

松田恵示(以下・松田) 子どもの発達段階において生じることでもあるのですが、一番大きいのは社会の問題ですね。いまはみんな最初から「遊び」と「学び」は違うと決めつけてしまっているので、子どもにもそれを無意識のうちに強要するようになる。でも、そもそも「学び」ってどういうことかといえば、ぼくは「何かに出会って自分が変わる」ことだと思うんです。今日もたくさんのことをお2人から伺いましたが、今日知ったことを何かで実行に移したとき、それはぼく自身が変わったことになる。出会いによってふるまいが変化するのが「学び」の効力だとしたら、「遊び」はたくさんの出会いに満ちて好きに自分が夢中になるだけ、自分が変わったというようなことも、結果的には多いんじゃないでしょうか。

小笠原舞(以下・小笠原) わたしたちは親子で通う10回シリーズの習い事を定期的に行っているのですが、そこでは「はじめに何とどう出会うか」をすごく大事にしていますね。何が子どもにとって「遊び」なのか「学び」なのかを社会が決めてしまって、「遊んでいないで勉強(仕事)しなさい」というフレーズが定義化されてしまっていると思っています。でもそれってすごくもったいなくて、算数を「遊び」ととらえた子はずっとそれを伸ばしていけますよね。大人が無意識のうちに線引きをしてしまうことで「遊び」と「学び」が切り離されていってしまうと思うんです。

小竹めぐみ(以下・小竹) 子どもが本当に「学び」につながる「遊び」を体感しているかについては、その子自身が夢中になっているかどうかを見極めるようにしています。いまは折り紙の時間ですよと言ったところで、本人が眉間にシワを寄せていたらそれは「遊び」じゃないんですね。でも、その子が本当に興味を持ってワクワクしていることは、自ら扉を開いていくのでいつしか「学び」に変わっていくんです。

松田 何のためにというわけでなく、面白いから夢中になる。「遊び」の原点はそこにあるんですね。だいたい、ノーベル賞を取るような研究って「遊び」から生まれてくることが多くて、誰かに課せられた仕事だと思うところからは出てこないですよね。ぼくの同僚にもアリの研究者がいるのですが、何してるって1日中アリを眺めているらしい(笑)。でもそれが彼の研究活動になっていて、アリの生態観察から彼らのもつルールや社会性を発見していたりする。めちゃくちゃ面白い、最先端の科学がそこで生まれてくる。役に立つかどうかばかりを先に考えていたら、面白くないし新しい発想は生まれてこないんですよ。

小笠原 何かを叩いて遊んでいるとか、ずっと同じことばかりを繰り返しているとか、大人からみれば意味のないようなことかもしれません。子どもたちにとってみたら違うこともあります。もっともっと、子どもの遊びの世界を守ってあげたいなと思います。大人のものの見方ひとつでそれが成長のきっかけになるかもしれないことがあると伝えていきたいですね。

松田 「人間の文化はすべて遊びから生まれた」と言ったのはオランダの歴史家ヨハン・ホイジンガですが、彼は自著『ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)』の中で、法律や哲学も遊んでいる中から生まれたもので、遊びがなければ人間の文化はここになかったと書いているんですね。そういう意味でも、お二人は「遊び」のもつ創造力を真っ正面からとらえているように思います。
=引用終わり=
OIP

以下、リンク より引用

ビジネスにおける「遊び」の効用
>「遊び」が重要な活動であることは、子ども、親、哲学者、そして心理学者なら誰もが知るところです。一見、子どもが楽しそうに何気なく暇をつぶしているように見えることも、実際には生活に欠かせないスキルを育む複雑な工程なのです。そこで身に付くスキルの範囲は、創造力に富んだ論理的思考や問題解決から、言語の発達や自信の形成、社会的交流や学習戦略、自制心の育成やストレスへの対処まで多岐にわたります。

米国の人類学者ジョージ・ドーシー(George Dorsey)は「遊びは知識の源である」と言い、カール・ユング(Carl Jung)は「新たに何かを創造する行為は知性によって為されるのではなく、遊びの本能によって為されるものだ」と考えました。また、ジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw)は、遊びには老化を止める効果さえあると信じ、「年をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年をとるのだ」と言っています。これには、玩具メーカーであるレゴ社のオーナー、ケル・キアク・クリスチャンセン(Kjeld Kirk Kristiansen)氏も大いに賛成しています。

その反面、「おとなになった時、子どもじみたことをやめました(第一コリント書13:11)」という聖パウロの言葉が示す考え方を固持する向きも、依然として存在します。

皆さんが最後に遊んだのはいつでしょうか。ここで言う「遊び」とは、健康のためのスポーツや、脳の活性化を目的としてクロスワードパズルを1時間かけて解く類のものではありません。日頃の習慣から外れて、ただ純粋に楽しむこと以外に明確な目的もない、はちゃめちゃで、たわいもない、なんでもありの遊びのことです

>トムセン氏は次のように述べています。「脳は一般に考えられていたより柔軟であるにもかかわらず、一方で日常生活の決まったパターンにもはまりやすいのです。現代の職場はかつてないほど複雑な課題に直面し、多くのストレスを抱えがちですが、それは絶大なチャンスにもなります。」

遊びは人間の本能として備わっており、幼少期だけにとどまるものではない」と指摘する、英ハードフォードシャー大学の心理学教授であるリチャード・ワイズマン(Richard Wiseman)氏は、遊びを大いに楽しむことは、幸福感、寛容性、創造力、社交性の向上につながるだけでなく、うつ病患者にも効果があると考えています。

高齢化が進み、年金の支給が先延ばしになり、財政的圧力が高まる中、人々が晩年に新たなスキルを習得するような活動ができることはいいことずくめのはずです。ところが、「子どもじみた行動はとるな」と長年言われ続けた大人にとって、この新たな考え方を受け入れることは容易ではありません。

遊びを職場に取り入れるという概念は、新しいが故に不安をかき立てるかもしれません。遊びによって有益な時間がムダになると考えるような、時間的制約の厳しい典型的な職場環境ではなおさらです。

>モーリー氏はこう述べています。「昨今、アプリですべてをまかなうことができるようになったことで、我々の問題解決能力は鈍ってしまいました。遊びによって、好奇心、創造力、発明力を生む脳の筋肉を刺激することができます。」

トムセン氏もこの意見に賛同しています。「遊びに触発された創造力と自由な発想なくして、現代の労働者が状況を一変させるようなアイデアを生み出せるわけがありません。」
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