コンニチワ タ
マ
ゴ
丸
でぇす。
本日はタマゴ丸日記から始めます
2月14日はバレンタイン
day
ちまたでは、「会社での義理チョコ禁止:x」
な~んて、いってますけど、やっぱり、いつもタマゴ丸の相手をしてくれている会社のおじ様~後輩君に、1年に1回くらいは、感謝の気持ちをあげたいな
っておもって、みんなに配りました。。。
毎年、ちっちゃいケーキ
をつくっているんですけど、去年はちょっと失敗
して、美味しくなかったので、今年は1日前にためし作りをして、当日に望みました
結果・・・・今年は、成功:blush:(ちょっと硬くなっちゃったけど・・・)
「あっ、やさしい味」
「ありがとね」
「手作りいいね~
」
といって、もらえたり、いつも甘いものを食べない上司がパクパクたべてくれたので、ほんっと、嬉しかったです。会社のみなさん、いつもありがとうございます

と、言ったところで、今日は「職業婦人」と言われていた人達のお話し・・・・。
今の、キャリアウーマンの先駆けですねっ
では、はじまりはじまり~

ぽちっとお願いします
女性の労働の実態② [1]でも、少し触れましたが、タマゴ丸のおばあちゃんは、学校の先生でした。
田舎は長野県
お家は、乾物物の問屋
を経営していたそうです。
兄弟13人、総出で仕事していたとはいえ、お金に困っているわけではなかったみたい・・・。
お金は一応あった。とはいえ、女が進学するのは、めったにない時代。勉強
好きだったおばあちゃんは
「女が、勉強してなんになる!もっと、家の手伝いをやれ!:x」
と、怒られていたそうです。
それでも、勉強して、進学したかったおばあちゃん。
親に内緒で東京の女学校(いまでいう高校?)を受けて、見事合格
!16歳の春
単身、東京に向かったそうです。
そして、学校を卒業すると、働くのはやはり先生という職業くらいだった。といっていました。
まだ、一般企業にはいって、男の人と同じように働くって事はほとんどなかったようです。
東京の学校で出会った同級生はやはり、医者や学者の娘が多かったそうです。あとは、商人の娘のおばあちゃん。(農民の子とかは、やっぱりいなかった・・・・:-()
もともとのインテリ層と、田舎でも裕福になってきた層から、進学⇒就職って、増えてきた時代だったみたいです。
職業婦人の先駆けである、おばあちゃんたち。どんな気持ちだったんだろう?
「本を読んでいると、もっと世界が広いってわかった。色んなことが知りたい。この田舎で誰かのお嫁さんになって、一生終わるのはいやだった。女性の社会進出が少しづつ始まっていた時代。学校の先生に『みっちゃん(おばあちゃんのコト)ならもっと勉強して、偉い人になれるわよ』っていわれて嬉しかった。」
農業をしていた頃の、集団は解体され、女達の充足が薄くなっていたのかもしれません。
充足できない、このまま虐げられるのはいやだ。
こんな気持ちと、そしてそれを可能にしていく社会状況(貧困の消滅⇒私権獲得のチャンス!)が、女性を社会へと導いていったようです・・・
女性たちが社会に進出してきた背景・・・少しづつわかってきたように思います。
そして、その後に行き詰まっていく背景も・・・・。
また、続きをお楽しみに:wink:!
タマゴ丸でした