オバンです 

今回は突然ですが「品」(ヒン)について考えました。
きっかけは、同じ会議メンバーの女の子が当社の副社長秘書に大抜擢され、それが伝達された時に副社長から「女としての品をみがいてほしい」と言われたことに発します。
この人事を聞いた時は会議メンバーも諸手を挙げて大喜びしたのですが、当人から「品」って何ですか?と改めて聞かれると?????

何とか答えを出そうと皆で考えました、考え出すと結構面白く、当ブログでもぜひ紹介したいと思い到ったわけです。

では本題に入る前にいつもの
よろしくです。
感謝です。 😉
「品」とは勿論、品格、品位、上品、下品などの「品」ですが、「品がある」とか「品のある立ち振る舞い」とか「品のある言葉」とか単独でも使われる言葉です。その意味するところは、広辞苑をみてもピンときませんが、昔(私権時代)は身分序列を逆説的に表した言葉であったようです。例えば、格の高い身分(又はお金持ち)であっても、自ら身分が高い(お金持ち)である事を言わない(態度に出さない)ことが「品」「格」があると言われたようです。現代的な使い方は少し違うようにおもうのですが、そういえば一昨年あたりから『国家の品格』とか『女性の品格』とかがベストセラーになったり、メディアでも最近よく取り上げる言葉です。これは新たな意識潮流ではないかと思うのですが、その辺は後段に譲り、本来の意味を大胆な仮説を交えて考えました。 🙄
まず「格」とか「位」が私権時代の序列を意味することは想像に難くありません、また言葉の頭につくのは個人というより「~家」であったり「~一族」であったわけで、言い換えるなら(私権)集団の序列を規定しその有様を規定する(私権)規範を意味する言葉であったと考えられます。 
また「品」の字は、本来の語源はともかく見た目非常に安定感のある文字です。これは集団の安定性や、その成員の精神的な安定性を連想するものです。(仮説です)
さらに、この字を構成する「口」の字は、文字通り集団の成員より発せられる言葉であり、容姿であったり所作をも連想させるものと考えます。(仮説です) 
これらの考えを重ね更に大胆な仮説を立てると、次のようなことになるのではないでしょうか。
私権闘争とは個間(個人の)闘争が基本にありますが、個人と言えども何かしらの集団に属しているわけです。それが昔は貴族の家(一族)であったり武家の一族であったり、近代では企業であったりするわけです。この集団も同様に私権闘争=縄張り闘争を行なうわけで、その結果、集団の序列が決まり(私権)社会が秩序化される構造にあった。(個間闘争とは集団内闘争なのかも知れない)
ただ集団とは存在はすれど実態を認識するのはその成員を通じてになります、成員から発せられる言葉や所作(≒「品」)により所属する集団の序列(≒「格」、「位」)が規定され、複数の成員の言葉からその実態(安定性)を推し量ることになり、規範化される結果となった。

要するに社会と言う地平において、個人における「品」とは集団の「品格」や「品位」と常にセットになった概念(価値観念?)であり集団間の闘争局面や取引、懐柔局面ではその武器(手法)として有効であり、かつ社会の秩序化には不可欠のものであったと想像するわけです。少なくとも’70年貧困が消滅するまでは・・・・・
