「仕事で成果をあげるには?」シリーズ第2弾です。
先回は、 「工業生産から意識生産へ」 [1] をお届けしました。
まずは、チョッと簡単におさらいをしておきましょう。 
まず、現在はモノが売れない時代
ですが、この潮流は今に始まった事ではありません。その潮流は、貧困が消滅した‘70年から始まっており、今や「特にほしいものが無い」というのが基本的な潮流です。
そして、消費の中心を担ってきた若者は何にお金を使ってきたのかというと、パケ代
などの「つながり代」くらいです。
貧困の消滅とともに、大量生産時代は終わりを告げ、生産様式は「工業生産から意識生産」に移行してきたのです。
そして、その様な生産様式の変化と共に、企業の力の基盤は、「資本力から認識力」へと変化し、大企業であっても、人々の意識をうまく捕らえられなければ、簡単に倒産してしまう時代になったのです。
以上が、簡単ですが、先回のおさらいです。 
では、今回は「求められる認識力って何?」と題して、お届けしたいと思います。
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1.求められる認識力ってどんなん?
認識力を考える前に、まずこれまでの人々の意識の意識と社会の変化を見ておきましょう。
‘70年代:それまでの、私権第一の価値観が揺らぎ始め、サラリーマンを初めとする仕事への取り組み方が、ワーカホリック=仕事中毒
などと揶揄され始める。
・‘80年代:私権闘争の活力は衰退を始め、序列原理で統合されて来た集団はガタガタ
になる。(いじめ、校内暴力、不倫ブームなど)
しかし、人々は、これらの社会的問題を正視せず、ただただ不全を紛らわせる為に、お笑いやファミコンなどの代償充足へ収束してしまう。
・‘90年代:バブルが崩壊し、私権時代は終焉を迎え、社会不全は益々増大する。
人々は、ニュースやドキュメンタリーなどの事実収集、社会探索に向かうようになるが、しかし、いかんせん「答え」がない。
であるが故に、自然や癒しなど、本来の欠乏を表層的欠乏に捉えてしまう。
・‘00年代:統合不全は決定的となり、社会問題をごまかしきれなくなる。
そんな中で、企業は環境配慮、健康、安全、コミュニケーションなどを商品の付加価値とします。
しかし、人々の社会問題に対する意識は大きく上昇、より本質的な中身の追及へと向かっており、企業の売り文句が幻想(にせもの)でしかない事に気づいてしまったのです。
2.求めれられる本物の中身とは?
もはや、人々の求めるものは、目先の幻想価値ではない。つまり私権時代の価値観や思考方法では通用しない。
捉えるべきは、人々の潜在的な欠乏であり、これまで企業が対象として来なかった「社会的・人類的」な問題に踏み込み、可能性を発掘できる認識力が必要なのです。
成果を出すには、「社会を対象とした認識力」が必要であり、これが無いと、人々の意識はつかめない。=成果は出ないのです。
今回は求められる認識力とは、どういうものなのか?をお届けしましたが、もっと詳しい中身はグランドセオリーを是非読んで下さいね 