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労働法では、決して充足はできない。

こんにちわ タマゴ丸です
「働く」って、言葉の語源知っていますか?
___【はた(傍=そばにいる人)】を、【らく】にする。
ということから来ているそうです
みなさんは、どんな想いで、働いていますか?

この語源のように、「みんなの役に立ちたい」と思っているのに・・・・・
一方的に「はーい、もう帰ってくださーい」と、言われたり。。。。
あなたの、役割は、こっからここまでなんです。(余計なことしないでね。)と、言われたり・・・・
このように、労働することに枠組みをつくり、それに無理やり当てはめようとする。
そんなことがおこっているのも、
労働法
に縛られているからです・・・
応援してもらえると、元気 でます
ありがとうございます


そもそも労働とは、この語源のように、
充足 と活力 の源です。
しかし、現在の労働法とは逆に
「労働は苦役である 。」
ということを根本になりたっています
であるがゆえに、大きな弊害を生んでいます。
この経済状況をうけ、どの企業も、経営者・雇用者の区切り無く、一丸となって働いている企業に、勤務時間の制限を設けたり 😡
ひどいところでは、まだやりたいことがたくさん残っているのに、○時をすぎると一気に消灯 。「ここまでが仕事なんです」と、勝手に線引きしています。
そもそも、仕事をするとは、物事を考えること。
時間制限などないので、いつだって、どんなときだって、仕事と言えば仕事。線引きなんて、できないのが現実です。。
労働基準法を盾にとり、「別に、会社なんて関係ない。辞めたいときすぐにやめる~ 」と自己中な労働者を増徴させている 👿
どんな仕事も、1人で成り立っているわけではありません。
それを含めて人材配置が考えられたり、シフトが考えられたりして、会社は成り立っている。
しかし、そんな集団の意図をまったく無視し、勝手に辞めていく・・・残された周りの人や、お客さんに迷惑をかける。そんな現実をも無視できる状態になっている。。
このようにして、みなの充足や活力源をうばっているのです
一体、労働基準法とは、何をしたいのでしょうか 😡
                        
「傍を楽にする=みんなの役に立ちたい」
共同体で生きてきた日本人にとって、働くこととは、最大の充足であり、活力源でした。
みなで方針を決め、みなで生産を営む。
今は、それを奪われています。
みんなの役に立ちたいという気持ちが再び顕在化してきた今、改めてみんなの共認を下敷きにした、新しい集団=共同体経営のありかたを再度、みんなに広げていかなくっちゃ

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