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2010年06月04日

5/30なんでや劇場レポート「観念力を鍛えるには?」(2) 「理解する」とはどういうことか?

前回は、「観念力を鍛えるには?」の第一弾、『話し言葉と書き言葉の断層はどこから登場したのか?』について扱ってきました。
前回のおさらいも兼ねて簡単にまとめますと、

観念能力(言語力)の形成過程は、赤ん坊の頃から「聞く→話す→読む→書く」と順で段階的に発達します。習得期間と時期から鑑みるに、とりわけ話し言葉(聞く、話す)と書き言葉(読む、書く)との間の断層が極めて大きいことがわかります。果たして、その断層とはどこから来るのでしょうか。

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話し言葉は、動物の本能上の音声機能による交信と大差はありません。動物の鳴き声は、本能的な欠乏と直結して発声されるが、同様に人類の話し言葉も本能欠乏・共認欠乏と直結しています。つまり、断層が少ないと言えるのです。
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一方、書き言葉で使われる『文字』というものは、本能機能・共認機能と結びつかない、単なるデジタル記号でしかありません。ゆえに、文字を本能・共認機能と結びつける(=意味づける、秩序化する、統合する)には膨大なエネルギーが必要となります。つまり、それだけ断層があることを意味します。だから習得するのに時間がかかるのです。

そこから、今回の第2弾では、『「理解する」とはどういうことか?』について扱っていきます。
では早速本文の方に入っていきましょう。
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デジタル記号たる言葉(特に文字)を本能・共認回路に意識的に結びつける必要があり、その回路が観念回路である。その回路は一度繋がったくらいでは定着しない。1000回は反復しないと定着しない。
観念機能を鍛える方法論は3つ。
声に出して読む。
これは、発声するという運動機能を使うわけだが、運動機能の長期記憶力と一体化させて覚えるという方法論である。
みんなで斉唱する(ex.『実現論』暗唱会)
これは共認充足の回路と結びつけて覚える方法論。
意識的に本能・共認回路を作動させて意味づける努力をする。ほとんどの人が学校教育でやってきた方法論だが、これも千回以上反復しないと定着しない。定着した観念回路だけが使いものになるのであって、定着していないのに使えるわけがない。
ほとんどの人がこんな単純な事実に気づかなかったのはなぜか?
おそらく「記憶に定着していない知識は使えない」というこの単純な事実にこそ、戦後の言語能力の衰弱=戦後教育の欠陥を解き明かすカギがある。
【1】明治以降導入されたのが、西洋個人主義に基づく個人の興味関心主義の教育(とりわけ戦後はそれ一色)だが、その結果は惨憺たる無能化であり、個人主義⇒関心主義教育が失敗したことは明らかである。
なぜ、破綻したのか?
興味関心の出所のうち、最大のエネルギーを持つのは本能だが、本能のおもむくままに生きていたら楽チンな方向に堕落してゆく。つまり、関心主義とは堕落のすすめだったのではないか。それがGHQの占領政策として導入されたことと考え合わせれば、(日本人の)無能化政策であった疑いが濃厚である。
暗唱千回の有効性を根拠づける事例として、ユダヤ人は頭が良い民族(人口は0.3%しかいないのに、ノーベル賞受賞者の25%がユダヤ人)として有名だが、彼らはユダヤ教の聖典タルムードを3~4歳の頃から反復暗唱する。また戦前までの日本人は現代人よりはるかに高い言語能力を持っていたが、彼らの勉強法はひたすら論語や四書五経の暗唱であった。また、イスラム教徒も聖典コーランを幼少期から暗唱できるまで繰り返す。彼らの頭の良し悪しは定かでないが、アメリカに抗して闘うイスラム教徒の民族的な団結力は凄まじいものがある。これらの民族の活力は、聖典の反復暗唱によって形成されてきたことは間違いない。

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経典を読む子供たち写真はこちらお借りしました
そして、四書五経もタルムードもコーランも個人の興味関心など無視している。戦前の日本人・ユダヤ人・イスラム教徒として生まれたら当然の素養として覚えるだけである。厳選されたテキストを徹底的に反復することが、言語能力形成の道である。
これらの事例は、西洋文明が全てではないことの証明である。それどころか、今や進行中の経済危機は西洋文明の終焉を示している。そして、西洋個人主義に基づく興味関心主義の結果、あらゆる能力が低下してゆく一方であるのを見れば、西欧の興味関心主義は騙しであった云わざるを得ない。
【2】また、ほとんどの子供は興味関心を持っていないので、興味関心を刺激するために、次々と目新しい情報を与えて詰め込んでゆく。これが詰め込み主義であり、反復は軽視されている。それでは何も残らない。
入試が終わると全て忘れてしまう。ほとんどの社会人は学校で習ったことは役に立たないと言うが、そもそも記憶に定着していないものが使える訳もなく、役に立つ筈もない。学校の教科書は何十年もかけて洗練された体系であり、大人が見ても役に立つものである。そこには欠陥もあるが、学校の勉強が役に立たないのは教科書が悪いからではない。入試に通るために必要な程度の暗記(それでは反復回数があまりに少ない)からであり、その程度では頭に定着しないので、使えないというだけのことである。
【3】ほぼ全員が本を読むときは理解しようとして読むが、理解したつもりになって定着しないまま先へ進んでゆく。これを理解主義と呼ぶ。
理解するとはどういうことなのか?
著者はありとあらゆる思いを文章(ex.論語や仏典)に組み込んでゆくが、それを理解するとは自分の興味関心に基づいて、元々書物に込められた広範な意味を、自分の理解で切り取り、矮小化させることに他ならない。言い換えれば、在りのままに受け止めているのではなく、自己流に解釈しなおしているだけであり、それは余計な(無駄な)操作なのではないか。
習わぬ経を読んだ門前の小僧のように、まずは耳からありのままに吸収する。後はその後の人生経験の中で自ずと意味がわかってくるというのが本物ではないのか。
そもそも文を「理解する=解釈する」必要などあるのか?
『実現論』のように、単に歴史事実を述べた理論は読めば自ずとわかる。
ところが、デカルトの「我思う故に我あり」とはどういう意味なのか?作者は何を言いたいのか、理解しようとしないと意味が掴めない。近代思想は全て、都合の悪い事実は捨象して作り上げられた詭弁だからである。詭弁を理解しようとすると、デカルトの「我思う・・・」に代表されるように、正常な神経では理解できない。詭弁の構造に乗らないと意味が通じないので理解しようとするわけだが、そのような詭弁を理解しようとすればするほど洗脳されていく。

☆次回は、観念の果たしていた役割を歴史からみていきます!

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コメント

すっご~~~い!!!
とくに、
>類設計室は授業のカリキュラムとそれを受講している学生の数を教えてもらって、
どの部屋がどれぐらい稼動しているのかも調べ、
どういう大きさの部屋を何部屋ぐらい作ったらいいかまで提案する
に、感動しました☆
こういう想い、その建物を使う人たちみんなにも知ってもらいたいなぁ。
そしたらきっと、もっともっと活力上がりそう♪
私だったら、「ウチの建物って、すごいんだよ☆みんなの想いの結晶なんだよ♪」って自慢します☆

  • ふぇりちゃん
  • 2010年11月5日 20:27

ふぇりちゃん、いつもコメントありがとうございます★
すごいでしょ♪♪
改めて調べてみて、インタビューしてみて、
私たちもすご~い☆って嬉しくなっちゃいました♪
もっともっと自慢上手、真似され上手になって、元気な会社を増やしていきたいです!
これからも、応援よろしくおねがいします☆

  • 嶺山(みねこ)
  • 2010年11月8日 16:25

答える

 11月7日晴天。数ある大学の中でも、最も熱い学祭をやる(たぶん)立命館BKC2日目である。 立命館の屋台はうまい!!やってるサークルや体育会系の部活もノ…

  • ルポルタージュなんで屋 Stage3
  • 2010年11月8日 21:37

営業の現場の声は力がありますね。
よくどの業種でも、「今は提案営業の時代」って言われて久しいですが、その中味はみんなわかっているようで、ビジネス書なんかを読んでもピンと来ないことが多い。
でも、相手を取り巻く状況を把握し、とことん相手に同化していく、ということなんですね。
一人だと“そんなのシンドイ・・・”と思ってしまうところも、同じ課題を追求していく仲間がいるからこそ実現できる。
どの仕事にも使える認識ですね!

  • 羊熊
  • 2010年11月11日 11:32

羊熊さん
コメントありがとうございます(*^^*)
そうですね!どの営業にも共通することですね!!
相手の想いを受け取っているから提案もできるんですね♪
気づきをありがとうございます☆

  • 嶺山(みねこ)
  • 2010年11月13日 23:33

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