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2013年11月11日

企業の人材採用戦略-4- 採用活動という枠組みを超え、企業の社会的責任として人材育成を捉える

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これまで3回にわたって、企業の人材採用戦略の事例を見てきました。
 
企業の人材採用戦略-1- この20年、選考手法はどのように変化したか?
企業の人材採用戦略-2- 学生との出会いの場をつくり出す工夫
企業の人材採用戦略-3- インターンシップは採用活動の主流となるか?
 
あらためて要点を整理すると、現在、企業の採用戦略は、
・人脈、口コミによる直接的なやりとりの増加
・インターンシップなど、仕事体験による社会的圧力の経験
・採用活動以前の、日常的な大学と企業の連携

といった方向にシフトしていっているようです。しかし、これはまだごく一部の企業の取り組みであり、大半の学生は就職活動に際して氾濫する情報に溺れ、目先の大企業志向へと流れたり、入社後はミスマッチにより早期退職に至ったり、というのが実態のようです。
 
今回は、シリーズの最後として、企業による人材採用戦略の歴史と意識潮流の関係を振り返り、今後の人材採用戦略の可能性を探索します。

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■人材採用の歴史
 
○明治~大正:大学生の民間就職開始→日本的雇用の確立
 
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大学生の民間採用は明治期から始まります。それまで、大学生はごく僅かだったこともあり、学者か官僚になるのが当たり前。実業界に進む者はほとんどいませんでした。
明治に入ると、慶應から三菱、続いて三井へという流れができ、大卒者が実業界で成功を収めるようになります。さらに、当時勃興しつつあった鉄工業各社が理系の帝大卒業者を技術者として採用し、特に理系では民間企業への就職が一般的になっていきます。
注目されるのは、当時は大学を出て、そのまま第一線で活躍しているということです。ちょうど近代化の端緒にあたり、大卒者は近代化を推進する「ナレッジワーカー」として採用され、実際に実績を上げています。その分、ドライな実力主義でもあったようです。
 
一方、重化学工業などの製造業各社は、高等小学校卒業者なども多数採用していました。当時、先進技術は専ら海外からの輸入に頼らざるを得なかったため、企業内に学校をつくり、高等小学校卒業者に先進技術や数学・英語などを教えていました。社会人としての人材育成は、企業が多大な労力をかけて行っていたため、離職を防ぐためにも、年功賃金、定年退職制度などが生まれます。このように、大企業では、「日本的雇用」が高等小学校卒業者などにおいて定着します。
 
大正に入ると、第一次世界大戦後の深刻な不況を契機に、慶應、東大、早稲田など、大学による組織的な学生への就職斡旋が開始されます。これにより、大企業では、大卒者においても、①新卒一括採用、②年功賃金、③定年退職制度が三位一体の「日本的雇用」が確立していきます。
 
 
○昭和初期~高度経済成長期:日本的雇用の定着
 
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戦後、朝鮮特需を契機とした好況で企業は急成長を遂げ、大量の新卒者を採用します。
経済は右肩上がりの成長を続け、中小企業でも、成長見込みに基づいて定期採用が行われるようになります。このようにして、中小企業においても日本的雇用が根付きはじめます。
しかし、大卒者はまだ全体からすると一握りであり、地方からの集団就職者など、社会人としての人材育成(教育)は引き続いて企業が担っていました。当時は、「豊かになる」ことが、個人にとっても企業にとっても(暗黙の)共通目標でした。仕事の大前提となる目的意識を共有していたからこそ、そのための社員教育も十全に機能していたのです。
 
 
○1960年代後半~バブル崩壊
 
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画像はリンクリンクより
 
1970年ごろ、豊かさが実現し、絶対的な生存圧力が働かなくなったことが、社会に変化をもたらします。絶対的な圧力が働かなくなったことにより、自我(自分第一の価値観)が増大し、個人主義や自由・権利などの、自我を正当化する観念がもてはやされるようになります。そして、これらの価値観念が、それまでの序列規範を破壊していきます。かつての「常識」が、常識ではなくなっていくのです。
 
こうした意識潮流を底流に、多くの企業は、目先の金儲けへと傾倒していきます。企業の社会的意義を追求することよりも、金儲けのテクニックを追求することに重きを置くようになります。これが、後の狂乱とも言えるバブル景気へとつながります。
同様に、大学にも変化が生じます。社会的な圧力の低下と大学生の急増が相まって、大学は勉強するところではなく、自由や権利を主張し、遊ぶところへと変わっていきます。サービス産業がリーディングセクターになり、大学における専門教育の必要性が低下したことも、これを後押ししています。
 
就職活動も、「自由選択」こそが正しいという思想を下敷きに、大学紛争を契機として、自由応募の比率が急増します。同時期に就職情報産業が勃興したことも、この個人活動の流れを後押しし、大学を介さずに個人で就職活動を行うことが主流になります。
 
私権圧力の衰弱に伴う序列規範の崩壊は、企業の人材育成機能を低下させます。社員は企業の社会的な存在意義や先人への敬意よりも個人の給料を重視し、企業も目先の金儲けへと走る状況では、人材育成がままならないのは当然と言えるでしょう。好景気に乗じてあまりに大量の新卒が採用されたことにより、個人にかかる圧力が拡散し、ぶら下がり現象を引き起こしたことも一因ですが、根本的には私権圧力の低下に伴う個人主義化こそが企業の人材育成機能低下の主因と言えるでしょう。
 
 
○バブル崩壊~現在:大学生増加・経済低迷・情報急増で混迷
 
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画像はリンクより
 
バブル崩壊で、企業業績は悪化し、タブーであったリストラが断行されるなど、日本的雇用のシステムは崩れ始めます。
就職活動も氷河期に突入し、大学進学率の上昇とは対照的に、大卒就職率は低下します。企業の採用活動にも変化が現れ、就職活動の早期化、採用手法の多様化が進みます。通年採用やインターンシップ採用、外国人採用などがでてきたのも、この時期です。
 
また、96年のリクナビ開設をはじめとして、就職情報はインターネットが主流になっていきます。紙メディアではなくなったことで、企業側からの情報は、時期・量ともに事実上無制限となり、年々増加します。
これにより、採用情報は無秩序化、膨大な情報がインターネット上に氾濫し、企業側も学生側も情報中毒(混乱)状態に陥っています。
 
同時に、非正規雇用の増加など、企業による人材育成は軽視され、弱体化していきます。企業は、長期的な視点での人材育成よりも目先の利益確保に追われてしまい、新卒採用を減らして即戦力となる中途採用に力を入れる傾向もあります。ここまで来ると、社会的な役割を見失っていると行っても過言ではないでしょう。しかし一方では、新卒採用重視へと回帰する動きもあり、動向が注目されます。
 
総じて、バブル崩壊以降、企業の採用活動は、答えがない状態にあるといえます。
 
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画像はリンクより
 
★大学進学率は上昇したが、就職率(→社会的な生産活力)は低下
★企業の人材育成力は低下

 
 
■採用・人材育成を空転させている「二重のズレ」
 
○学生・大学と現実世界のズレ
 
大学受験に至る受験勉強は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指すだけのものです。そして、大学入学後も、社会的な圧力がほとんど届かない大学という隔離空間で社会的教養を学び、「学会」の枠組みの中で研究を行うことになります。
しかし、人材の育成は、圧力が働く環境下でなければ本来不可能であり、貧困という絶対的な圧力が作用しなくなった現在、大学という隔離空間での教育には限界があります。また、徐々に変わりつつありますが、大学での学びは個人課題であることが多く、チームとしての成果が求められる社会とは、必要となる能力が異なります
 
参考:なぜ学問は退廃するか リンク
   学歴エリートの自家中毒 リンク
 
○企業の目先収束と社会的期待のズレ
 
社会的な視点から現在の採用活動を俯瞰すると、社会的な意識潮流は、明らかに金儲け第一から社会の役に立ちたいという意識へと転換しています。それにもかかわらず、株主の利益や自らの保身のために、社としての長期的なビジョンよりも目先の収益確保を何よりも優先する企業経営は、社会的な意識潮流とは完全にズレています。このことが、就職や仕事に対する学生の目的意識を殺ぎ、就職することへの違和感や、入社後の「ミスマッチ」の一因となっていることは間違いないでしょう。就労者の生産活力の低下やソーシャルビジネス・コミュニティビジネスの活況も、これを暗示しています。
 
参考:大企業と大衆の意識が乖離してきているのは、なぜか? リンク
 
 
これら二重のズレが示しているのは、企業の人材採用戦略は、採用活動という限定された領域で捉えるのではなく、より根本的な企業の存在意義から捉えなおす必要があるということです。言葉を変えれば、仕事とは何か?、今後求められる能力とは何か?という根源的な問いを、企業・大学双方が考えていく必要があるということではないでしょうか?
 
 
■採用活動という枠組みを超え、企業の社会的責任として人材育成を捉える
 
企業活動とは、現実社会の中核をなす営みであり、その社会的責任は非常に大きいものがあります。実質的な影響力は、政治よりも大きいのが現実です。狭い市場原理の枠組みの中でしか己の価値を捉えない経営は、大前提となる社会を無視した、無責任な経営といわざるを得ません。その意味で、目先の利益確保第一の経営から、より広い社会の期待に応えていく企業経営への転換が、まずは何よりも必要です。
 
同様の理由で、次代を担う人材の育成も企業の社会的責任です。過半数が大学へと進学する時代にあって、大学と現実社会にズレがあり、現在の大学では社会に必要とされる人材が育成できないのだとすれば、企業が教育へとより積極的に関わっていく必要があることは明白でしょう。
関わる時期についても、現在は採用活動というごく一部、しかも大学生活の終盤にしか、接点はほとんどありません。人材育成という視点からは、採用活動という枠組みを超え、もっと早い段階から、学生の教育に企業が関わっていく必要があるでしょう。
そして、企業から学生に現実社会の圧力を伝え、その厳しさとともに、厳しいからこそ得られる充足を伝えることが必要です。そのような経験の中でこそ、学生は社会的な目的意識を持ち、社会の役に立つということをリアルに感じ、考えられるようになります。
 
企業の中には、早期のインターンシップや産学連携などに取り組む事例も増えており、その試みは既に始まっています。このような取り組みは、企業にとっても社員教育上、有効であったり、発想に柔軟性をもたらしたりと、メリットが出ているようです。このような取組みを増やしていくことは、企業・大学(学生)双方にとって、意義があります。
 
早期インターンシップ等に対し、就職活動の早期化を懸念する向きもありますが、これらは採用活動という枠組みを超え、時代の人材育成課題への取り組みであると捉えるべきでしょう。また、就職活動という枠組みに限って見たとしても、退職率の増加が示すように、社会を知らない学生が、ごく限られた期間の中で企業選びをすることの方が、危険性が大きいと言えるのではないでしょうか。
 
 
■広い対象世界の獲得が成長の基盤
 
一方で学生に目を向けると、現在、「スキル収束」と言えるような学生が増えている傾向があります。
スキル収束とは、現在の不安定、先行き不透明な社会状況の中、自分(だけ)が生きていくためのスキルを磨こうという意識です。親を中心とした非常に狭い対象世界の中でしか、期待を捉えられない。課題には真面目に取り組むものの、チームメンバーに対する配慮に欠け、自分の仕事しかやらない、全体を考えないといったものです。
確かにこれもひとつの能力ではありますが、本当に社会で生きていこうとするのであれば、不十分であることは言うまでもありません。社会(会社)における仕事は、ほぼ例外なくチームで行います。本当の意味での能力は、広く社会を捉え、より広い期待に応えることでしか身につきません
また、期待に応える対象が広ければ広いほど、その充足も大きくなります。対象世界を広げていくには、より広い対象の期待に応えることの充足体験を積んでいくことが有効です。その意味でも、学生時代から社会との接点をつくっていくことの意義はあります。
 
 
以上のように、企業の人材採用戦略は、本来一体である、次代の人材育成をどうするか、という視点が欠かせません。社会の役に立つ人材を求める以上、企業自身が採用活動という狭い枠組みを超え、社会的な地平で人材育成を考える必要があるということではないでしょうか。

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