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肩書きを超えた『役割』を共認した集団は強い!

先日は、下の役割というテーマで記事にしましたが、今回は『上の役割』について。

様々な企業に行った学生時代の友人に聞いてみると、上司=指示を出す人間=偉い人
と捉えている人が今だに多いことに驚いた。

私の会社にも、スタッフ・キャップ・ディレクター等の役割はあるが、
あくまでも役割であって、キャップがスタッフよりも偉いわけではない。
スタッフであろうと、キャップであろうと、共に追求する『仲間』なのだ。
一人一人に対して集団の中での役割がある。

肩書きを超えた『役割』を明確にすることが、集団を統合していく上で重要。
リンク [1]

>今の企業と江戸時代を比べてみるとどうか?
◯江戸時代は村落共同体が母体となる集団。
生産・生殖(子育て)・集団全体の統合=組織課題全てが、村全体・集団全員の役割
=村全員がみんなの課題を知っている=非常に豊かな課題共認・役割共認の世界が広がっている。
役割課題が全て内発的な欠乏としてある。

◯現代の企業はもっぱら役割課題も強制圧力として与えられる。
強制なのか内発なのかで大きな違いがある。
部や課のような肩書は役割のように感じられるが、上から細分化した与えられる強制圧力。→全体が見えなくなる。
昔は田植え歌に象徴されるように、おしゃべりしながら働いていたが、今は労働時間の短縮⇒おしゃべり禁止という狂った事になっている。
●強制圧力の本質は「嫌なものを無理矢理やらされる」のではなく、【本来いろいろやりたいものを禁止・制約していくこと】

>●「役に立ちたい」を充足させるには、課題共認→役割共認→追求】の構造を持ってる集団が一番強い。
そしてそれは、大企業ではなく、町工場・農業・漁業・調理師etc…中小企業

大企業もなんの充足もないんじゃ持たない⇒ミーティングと称してグループ追求をしている。
それぞれ部門ごとに小会議を通して会議の範疇での課題共認、ある程度の追求充足で最低限の活力を維持しているのが実態。

中小企業、職人・手に職の世界は小規模集団ということもあって、その企業全体にかかってる外圧⇒課題をほぼ全員が共認できてる→役割共認もできてる。
「少しでも良いものを作りたい」という気持ちで仕事をしてる→追求心もある

江戸時代に比べたら劣るかもしれないが、【課題共認→役割共認→追求】の構造が一通り揃っている。
=引用終わり=

仲間からの信認を集める上司は、この『共認』を徹底し、自らが共認形成の核になっている。それが上の役割でもある。
そこに繋がる特徴として、下が『真似対象』としている上の人はみな、ただ指示を出したり、
答えを提示するのではなく、しっかりと相手と課題・役割を共認し『一緒に追求をしている』。
そしてさらに評価を共認している。(共有ではなく、『共認 [2]』すること。)

一緒に追求をする中で、構造化能力であったり、照準力であったりといった追求姿勢を下に直接示していく。
下はそれを素直に真似すればよい。それも下の役割。
※教えない教育と、ほったらかしは違うのだ。

要は、一人一人が『行動できるかどうか』。それは、一人一人の役割が、そして集団としての役割が明確になっているかに規定される。
上昇しかねている企業(なかなか仲間の活力が上がらない)は、多くが肩書きに頼った制度を保持していないか?
役に立たない肩書きよりも、集団形成の根本に立ち返って『役割』を明確にしてみてはどうだろう。

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