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発酵によって猛毒なものすら安全な食べ物に変えていく

コロナ騒動で大変な中で改めて、免疫力アップの効果を期待して改めて発酵食品が見直されています。
ココではこれまで発酵食品を保存食として開発されてきたことを紹介してきましたが、実は日本には普通なら食べることの出来ない猛毒さえも発酵させて食べ物にしているものがあります。
それは石川県白山市美川地区、金沢市大野地区などで作られている伝統食品の「フグ卵巣の糠漬け」です。
御存じの通りフグの卵巣には猛毒テトロドトキシンがあり、大型のトラフグなら卵巣一つで凡そ15人分の致死量があると言われています。フグは中毒死と隣り合わせて、食されてきた歴史があります。発酵食品が免疫力アップに効果があるのも納得してしまいます。

写真はコチラからお借りしました [1]

写真はコチラ [2]からお借りしました

それにしても「フグ」と言えば下関とか北九州あたりが有名ですが、川県でどうしてフグの卵巣の糠漬けが特産になったのでしょう?

石川県白山市は、昔から北前船の寄港地として栄えてきました。北前船とは、江戸時代から明治にかけて大阪と北海道を結んだ貿易船で、春に大阪を出発して、瀬戸内海から関門海峡を抜け、対馬海流にのって日本海を北上し、山陰、北陸へ立ち寄りながら北海道までを往復した、輸送と商社の機能を兼ね備えた船のことです。北海道でニシン漁が盛んだった頃は大量のニシンを関西へ運んでいました。その北前船が大阪へ帰る途中、佐渡沖でとれたフグが中間地点の金沢港や美川の港にあがりました。当時からフグの身はおいしいと重宝されたそうですが、その”副産物”である”卵巣”をどうにか食用にして活かすことはできないかと考え、発達した知恵と技の結集が、「フグの卵巣の糠漬け」になったのです。

その製法は、まず卵巣を30%もの塩で塩漬けし、そのまま一年ほど保存します。その間、二、三ヵ月に一度、塩を代えて漬け直すが、塩の量はだんだん少なくしていきます。塩漬けの期間は、卵巣の水分は外に出ていくので、ある程度は毒も抜けます。しかし組織に付着している毒はなかなか抜けず、そのまま卵巣に残っています。次に糠に漬け込みますが、この際、少量の麹とイワシの塩蔵汁を加えます。こうして糠に漬け込み、重石をして二年から三年間、発酵熟成させ製品にします。

一般の魚の糠漬けに比べて使用塩量が多く、また発酵期間も長いのは、昔から「毒を消すため」と伝え継がれてきたこと。全て経験則ですが、この方法により猛毒テトロドトキシンは製品から全く消えてしまい、これを食べての食中毒例は皆無です。

最近になって、この毒抜きのメカニズムは、まず塩漬けの期間で一部の毒が卵巣外に流出し、次に糠漬けの期間に卵巣に残留した毒が乳酸菌や酵母を中心とした発酵微生物の作用を受けて分解され、解毒されることが分かったらしい。発酵中の糠みそには1グラム中に凡そ10億個以上の微生物が活発に活動しているので、彼らにかかったら当たって怖いフグの毒でも弾を抜かれた鉄砲のようなものと言えます。

実は微生物によるこのような「解毒発酵」は他にもあります。鹿児島県奄美諸島や沖縄県伊平屋島などでは、今では見られなくなりましたが、蘇鉄の実から毒を抜く発酵があります。
蘇鉄の実には豊富なデンプンが含有されていて備荒食として飢饉時の重要な食糧ともなっていましたが、かなりの量で有毒物質のホルムアルデヒドが含まれており、そのまま食べると中毒死します。そこで蘇鉄の赤い実を二つに割って日に干してから、それを甕に入れて水を加えて浸します。しばらくたってから水を掬い出して、空気中から侵入した微生物で数日間発酵させます。この発酵で蘇鉄の有毒物質ホルムアルデヒドは、微生物の作用で酸化を受け蟻酸となり、さらにそれが分解されて最終的には二酸化炭素と水になり、毒が抜けるのです。
それをよく水で洗い、再び日に干して乾燥させてから臼で突いて粉末状にします。これを蒸してからムシロに広げて二、三日放置しておくと、これに麹菌が付いて「蘇鉄麹」ができます。この麹に煮た米及び塩を加え、甕に蓄えておくと、今度はそこに耐塩性の乳酸菌や酵母が湧きついて発酵し、特有の香味を持った「蘇鉄味噌」が出来上がるのです。
(※地方によっては蘇鉄の実を土の中に埋めて、土壌部生物によって解毒する原始的な方法もある。)

飢えの圧力が最大の圧力だった時代に、日本人の飽くなき探求はついに食べたら死んでしまうものまで無毒化しました。しかもそれはどこかの天才が一人で成し遂げたものではなく、様々な人(≒仲間≒集団)が世代を超え、課題と成果を継承して辿り着いたもの。 この追求姿勢こと日本人として受け継いでいきたいものです。

※参考「発酵食品礼讃」(小泉武夫著:文春新書)

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