2015年01月02日
地域共同体の再生 第3回 ~エネルギーを中心とした街づくりが今成功している理由~
前回記事では、社会の主体性や社会的問題意識の向上によって地域活動にも期待が高まっているにも関わらず、なぜか活動参加の数は増えていないことを明らかにし。
その原因として以下の4つが考えられることを述べました。
①地域活動に「課題」が設定されていない
②仕事と地域活動の断層
③明確な目的・実現目標のない活動
④役所の肥大化
数多くの失敗事例と課題を残す地域活動ですが、全国の数ある地域活動の中でも成功し、これからの街づくりの可能性を感じさせる事例を紹介します。
■葛巻町(エネルギー立国)
~逆境が創造の原点~
岩手県中部に位置する面積約430k㎡、人口約6000人の山々に囲まれた葛巻町。
この町は、東日本大震災で原子力発電に疑問符がつくはるか前から自然エネルギーに着目し、風力や太陽光、バイオマスなどの自然エネルギー開発に力を入れてきた。山深く、農業や林業以外に目立った産業がなかったために過疎化の進展が急速で、そこに強烈な危機意識が芽生えたことが「エネルギー立国」に目覚めるきっかけとなった。過疎に苦しむ地域をいかに蘇らせるか。葛巻町の取り組みは、日本の未来を懸けた壮大な実験と言えるのかもしれない。目の離せない自治体の1つである。
~歴史のある産業を基盤とした街づくり~
葛巻町は、1999年3月に新エネルギービジョンを作成し、同年6月には3基で1200kWの風力発電を開始、それ以降も積極 的にクリーンエネルギーを導入しており、全国でも一歩先を行く自治体へと成長していく。その後も、世界初の家畜の排泄物から燃料電池を製造する実験施設の成功や日本の先駆けとして木質ペレット燃料工場を建設を遂げるなど、数々のエネルギー開発を成功させてきた。
これらのエネルギー開発はすべて、葛巻町でもともと歴史のあった林業・酪農の2つの産業を基盤に勧めている。酪農のための大規模な土地開発が、大規模な林道や送電線などのインフラを必要とする風力発電を可能とし、畜ふんバイオマスシステムはエネルギーを生み出しながらも家畜排泄物の適正な管理と畜産活動から発生する温室効果ガス「メタン」の抑制、本来廃材となってしまう木質ペレットもエネルギーを生み出すための材料として利用など、エネルギー開発と地域産業が有機的に作用させてきた。
~地域を巻き込むことで追求を継続~
これらの絶え間ない追求はどのようにして起こっているのだろうか?
それは【地域全体を巻き込む取り組み】によるものではないだかと思われる
葛巻町では上で述べたように、地域資源を活かした地域活性化を目指し続けてきたことによって、地域内でエネルギー・産業・雇用が成り立つサイクルを形成した。さらに、その先端の技術を惜しむことなく発信することで、町のシンボルとなり、町民への新エネルギーの普及啓発や観光客誘致を行ってきた。
また、3・11以降は、町が導入してきた電力会社への売電を目的とした施設を、この葛巻町の豊かな自然環境を未来に託すとともに、一次産業の振興や町民の経済負担の軽減等の支援を目的とした消費に切り替えることで町民の自給期待をしっかり捉えた政策を行うことで、地域住民の地域の取り組みへの主体性の形成している。
この葛巻町は地産地消のサイクルと町民を巻き込み自信と誇りを形成したことが成功の秘訣であるといえるだろう。
■檮原町(環境モデル都市)
~自然と共生する街づくり~
高知県の西部に位置する面積約236.5k㎡、人口3980人の梼原町。
この町は、全国に先駆けて再生可能エネルギー導入をはじめとする環境に配慮した各種取組を行ってきた町。梼原町で早くから環境に配慮した取組が進められた背景には、梼原町の地域性が挙げられるという。歴史や文化、先代から受け継いできた森などの自然環境を誇りとする気風に溢れた町である。そして梼原町は、まちづくりの基本理念としても「共生と循環の思想と絆」を掲げ、これまで先人たちが培ってきた自然を大切に活かし共生していく町を目指している。
~循環型社会の形成~
檮原町では、町民の各代表と町長によって決めた「健康(いのち)」、「教育(こころ)」、「環境(あんしん)」をキーワードに公共下水道を整備したり、棚田オーナー制度を導入したりするなどして、自然との共生を進めた。
さらに、エネルギー面での取り組みでも小水力・風力・太陽光・バイオマス発電・地熱発電と多くの取り組みを行い、自然エネルギー自給率100%を目指し、着実に進んでいる様子。
また、循環型社会の形成のために、町産材を積極的に利用したり、木質バイオマス地域循環利用プロジェクトの立ち上げなど多くの活動を実現させ続けている。
~ふるさとは自分たちで守る~
そんな檮原町は【地域内循環】に力を入れ①地元のスギやヒノキなどの町産材を公共の建物に積極的に利用②人づくりの取り組みを行っている。
地元のスギやヒノキなどの町産材を公共の建物やエネルギー生産に積極的に利用することで、古くからの地域の産業での雇用が再生される。
町道にかけられた木造の橋や小学校などの完成した木造建築物等は立派な観光名所となり、生産されたエネルギーは地域の生活を支えている。資源・雇用・生産・エネルギーが有機的に絡みあうことによって檮原町の住民の多くは自分のふるさと(地域)は自分たちで守っていくという意識が根付いているようだ。
~事業の継続性を確保~
地域ぐるみの取組み、地域への定着には、「学び・交流の場づくり」が不可欠であり、大学、企業、住民、行政の総合的な力を結集させ統合した「人の力」「和の力」プロジェクトを立ち上げ、高齢者から学童にいたる「環境人づくり」を進め、事業の継続性を確保しているという。
以上のように、檮原町では、子供から大人までが主体的に地域活動を行う土壌が形成されている。その大元には【地域内循環】という自分たちの住む町を自分たちでよくしていこうという思いが明確化され、みなに共有されていることが成功の秘訣ではないだろうか。
■下川町(森林未来都市)
~森林・林業を基盤とした街づくり~
北海道の北部に位置する面積約644㎡、人口3523人の恵まれた森林資源と豊かで美しい自然が残された下川町。
かつてこの町は、農林業と鉱業の町として発展し、人口が15,555人にまで成長していました。しかし、その後の社会情勢の変化により、銅山の休山、安価な外材輸入による林産業の衰退、営林署の統廃合、JR名寄本線の廃止などにより人口減少の一途をたどっています。
そのような状況をいかにして、乗り越えるかを模索しては、行動を起こしている下川町。町の土地面積の約90%が森林であることから森林・林業を基盤として発展させることに力を入れている取り組みは、今後の人と自然との共生のモデルとしても期待の大きい自治体である。
~エネルギー活用による暮らしの形成~
下川町は現在、国内外からの視察がひっきりなしに訪れている。夏は30度、冬はマイナス30度にもなり、およそ半年は雪で覆われる条件不利地にもかかわらず、Uターン・Iターンで移り住む若者も後を絶たないという。
下川町では、豊富な森林資源を最大限に活用する「森林総合産業の創造」と、木質バイオマス(木材からなる再生可能なエネルギー源)活用による「エネルギーの完全自給」、そして誰もが安心して暮らし活躍できる「高齢化に対応した地域社会の構築」の3つの取り組みを柱としている。
これらの取り組みには下川町の『自分たちでなんとかやっていく』という自立精神が軸となっている。そのため、当時試算ではマイナス評価であったバイオマスやカーボンオフセットの取り組みすら、『森林資源のすべて使うようにしなかったら、森林の価値は上がらないし、整備もされない。バイオマスなら発電も含め将来性もあるし、雇用にもつながる。町内でお金が回ることが大事だから、とにかくやってみよう』と挑戦し続けました。
~自分たちで町の課題に取り組む~
さらに、下川町の取り組みは超高齢化への対応とエネルギー自給、そして集落再生を同時に実現する「自立型コミュニティ」のモデルづくりなどのように、常に目の前の課題を明確にし、地域の資源・産業・人材を投資し、地域全体で解決しようとしてきました。
以上のように、下川町では、自分たちでどうにかするという自立精神の軸が貫かれた活動によって、地域住民による仕事・産業が町の活性化につながっていることが成功の秘訣なのではないかと考えられます。それによって、地域全体で町の課題に取り組める下川町は大きな可能性を秘めた自治体であるといえるでしょう
- posted by 岩井G at : 12:00 | コメント (0件) | トラックバック (0)
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