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2017年04月13日

子供の楽園だった江戸時代

江戸時代の子どもたちは、健康そのもので、生命力、生きる喜びに輝き、親切で礼儀正しく、しつけも行き届き、愛らしく幸せに育っていたようです。

江戸庶民の暮らしっぷりは想像以上におおらかで自分のイノチに素直に従ったストレスフリーの生き方だったようだ。そんな環境で育つ子供たちはどんなだったんだろうか。

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前回までの記事
外国から見た江戸時代以前の日本の姿

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●子供の様子

意外にも当時の日本人の子どもへの愛はほとんど「子ども崇拝」の域に達していたようだ。 というのも街中はほぼ完全に子供たちのもので朝から晩まで友達に交じって遊び通りを転げまわる子供たち。道路の中央に安心しきって座っている太った赤ちゃんは遭遇した車夫や別当が抱き上げ道の脇に移し独楽や羽根つきに夢中な子供がいれば大人たちは少しの回り道もいとわない。子供たちは交通のことなど少しも構わずに遊びに没頭する。子供が馬や乗り物をよけないのは大人から大事にされている事に慣れているからだ。

ある外国人は言う。

「私は日本が子供の天国であることを繰り返さざるを得ない。世界中で日本ほど子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意を払われる国はない。 ニコニコしているところから判断すると子供たちは朝から晩まで幸福であるらしい。」

子供を抱いたり背負ったり。歩くときは手を取り。子供の遊戯を見つめたり。それに加わって共に楽しみ。野遊びや祭りに繰り出し。それは母親のみならず父親も同様で、自分の子供に歓びと誇りを持っていた。

たとえ子供がどんなにヤンチャでも叱ったり蹴ったりしている姿はほとんど見られなかった。子供に対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれず、子供を殴る、叩く、打つといった行為はほとんど見当たらず大人が子供を罰したり教育したりすることはなかった。

その様子は「溺愛」に達していた。

それでも子供たちは愉快で楽しそうで、聡明で美しく可愛く自然の子であり、彼らの年齢にふさわしい娯楽を十分に楽しみ大人ぶることはなかった。日本の子供が泣かないというのは外国人には定説で、赤ん坊が癇癪をおこす姿すらも見られなかった。

刑罰もなく咎められることもなく、叱られることもなく、口うるさくグズグズ言われることもないからだ。

だがそれは一面であり、実は子供の方が親に従順で、わざわざ叱られるようなこともしなかった。したがって泣く必要もなかったとも言える。怒鳴られたり罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも好ましい態度を身に着けてゆく子供たちに外国人は驚いた。

彼らに注がれる愛情は、ただただ温かさと平和で彼らを包み込み子供への脅しや服従の強要は存在せず、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばす。

日本の子供は決して怯えから嘘を言ったり過ちを犯したりはしない。青天白日の如く嬉しいことも悲しいことも隠さず親に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのだった。

子供は大人たちに見守られながら、自分たちの独立した世界を持ち、大人はこれには一切の干渉をしなかった。

子供はほとんどの事を子供の中の自治で取り決め自分たちで解決し遊んだ。大人と異なる文法を持つ子供の世界を自立したものとして認める文明の有り方がここにあった。子供の自立した世界を認める文明は また一方では 大人の生活のあらゆる面に子供の参加を認める文明でもあった。

子供は自分たちの世界の独自さを保ちつつ、大人の祭礼に参加した。

祭り、見世物、寺参り、花見、巡礼 すべての娯楽、外出には子供も一緒に出掛けた。たとえそれが淫猥きわまる観劇でも例外ではなかった。子供も日常的に春画や春本、性的な玩具から隔離されていなかった。

彼らは両親と同じように遅くまで起きていて、親たちのすべての話の仲間に加わり、彼らの自立した世界を認められながらも、同時に彼らは親の友であり仲間だった。彼らが親と共に喜んで働いたのは言うまでもない。

日本の子供は無邪気で愛らしく、子供らしい子供に変わりはなかったが、必要とあらば大人顔負けの威厳と落ち着きを示した。普段から大人たちに交じって、大人たちの振る舞いから学んでいたのだ。

下層階級の赤ん坊は、生まれてしばらくすると、家族のだれか兄弟姉妹の背にくくり付けられ運ばれる。

しかし日本の赤ん坊はおんぶされながら、あらゆる事柄を目撃し、共に楽しみ 農作業、凧揚げ、買い物、料理、井戸端会議、洗濯など まわりで起こるあらゆることに参加する。彼らが成長する4,5年の間には 歓びと混じり合った格別の重々しさと世間智を知らずに身につけているのだ。

食事、茶会、観劇、葬式、結婚式、大名行列 大人の生活のあらゆる面に参加し馴染んでいる彼らはそれを遊びとして模倣することで大人の生活のミニチュアを体験するのだった。

そしてまた外国人が口を揃えて驚いたのがおもちゃ屋の品数の豊富さだった。たかが子供を楽しませるのに どうしてこんなに知恵や創意工夫、美的感覚知識を費やすのか不思議だった。子供にはこういう傑作を評価する力もないにも関わらず、だ。

答えは簡単だった。

この国では暇な時には大人もみんな子どもと一緒に遊んで楽しむからだった。おもちゃの商売がこんなに繁盛していることから、日本人がどんなに子供を好いているかが見て取れると外国人は感心した。

純粋で偽りのない愛情を子供に注ぐ大人たち。大人の不純な世界から隔離すべき「純真な子供」という概念は当時はまだ存在しなかったのだ。この国ではどの子供も健康そのもので生命力、生きる喜びに輝き 親切で礼儀正しくしつけも行き届き 愛らしく幸せに育っているのは誰が見ても一目瞭然だった。

大人同様、子供もまた「己が幸せである者はまた人を幸せにする者である」だったのかもしれない。日本では子育てが著しく寛容な方法で行われ社会全体に子供を愛護し尊重する気風があったからに他ならない。

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