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2009年09月22日

「自主管理への招待」1~工業生産から意識生産へ。時代は今、歴史的な生産力の転換を遂げようとしている。

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これまで、企業は市場の浮き沈みに翻弄され、ある時代には「花形」ともてはやされて来たどの産業も決して長続きはしませんでした。
そして、昨今に至っては、その「花形」さえ分からなくなっただけでなく、市場は拡大停止し、むしろ縮小してゆく時代である事が誰の目にも明らかになって来ました。
そんな時代だからこそ、企業には次代を読み解く認識力と、そこで働く者達全ての力の結集が必要となるのですが、その力を存分に発揮する為にも、旧来からの労働に対する認識も、体制も根本的に改める必要に迫られています。
今回から紹介する「自主管理への招待」シリーズは、’74年に、共同体企業:類設計室の「自主管理綱領」として執筆され、その後’79年に類グループの募集パンフレット「自主管理への招待」として書き改められた一文です。
共同体企業である類グループ設立の理論的基盤となっているもので、35年前に執筆されたものですが、今でもその輝きは失せるどころか、新しい企業形態の実現体として、そのあり方を鮮明に示すものとなっています。
今回は、その第1回:工業生産から意識生産へ。時代は今、歴史的な生産力の転換を遂げようとしている。です。
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【自主管理への招待(1)】
定年まで三〇年間、「花形」であり続けた産業があっただろうか?
その時々の世間の風潮に流されて、一生の職業を選択してしまう若者が増えてきている。だが三〇年前の石炭、二〇年前の繊維、一〇年前の鉄鋼、これらその時々の花形産業は、工業生産の発展の過程で次々と凋落し、その度に〈自前の認識〉を持たなかった者は苦汁を飲まされてきた。まして今、諸産業を次々と興亡させながら凄じい勢いで発展してきた工業生産は、遂に物の(消費の)飽和限界に行き着き、すべての進路を塞がれようとしている。これは史上、人類が経験したことのない事態である。このような大転換の時代に、あいも変わらず目先の「花形」や「安定」をもてはやす世間の評価ほど、当てにならないものはないだろう。
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それどころか今、経済は、あり余る工業製品の山に埋もれたまま、立ち上がる気配もない。すでに数多くの企業が潰れ、残る会社にも人員整理が頻発している。しかもこれまで数世紀にわたって、良くも悪くも社会をリードしてきた経済界の指導者たちは、今では展望を喪い、何の指針も出せないでいる。しかし他方では、物を超えた、いわば〈意識〉を売る教育産業や情報産業あるいはサービス産業が、この不況の中でも着実に生産を伸ばしてきている。
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よく見れば、これは過去のいかなる不況期にもなかった、まったく新たな状況である。これまで社会の生産の主力部を構成してきた工業が衰退の度を強め、代わって〈意識生産〉が社会の生産の主力に成りつつある。すでに第三次産業人口は、全労働者の過半数を超えた。時代は今、工業生産から意識生産への歴史的な生産力の転換を遂げようとしている。生産力という社会の基底部の転換が、社会全体の根底的な変革と激動を伴うのは当然であろう。しかもこの激動の時に、従来の社会のリーダーは無力状態に陥り、それにとって代るべき新たな生産のリーダーは、未だ力を持つまでには成長していない。状況は、さらに混迷の度を増してゆくだろう。私たちは今、指導者不在の社会の中に置かれているのである。
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私たちは、このような時代の到来を、むしろ歓迎している。今ほど社会が自らの停滞を打ち破る、革命的な活力を求めている時はないからである。このような時代には、大樹の下に身を寄せる「お抱え」型の安定など、一時の気休めにしかならない。むしろ、どのような状況にも対処してゆける強靱な思想と能力を獲得してゆくことこそ、本当の安定への道ではないだろうか? たしかに状況は混沌として、頼るべき思想も今はない。しかし歴史を振り返れば、頼るべき全ての指標が失われた混沌の状況こそ、常に真の創造の土壌であった。そして時代が変る時、常にまず新しい思想が登場してきた。かつそれは、常に既成の思想の批判的超克として現れてきた。そこで私たちも、まず近代の思想から問い直してゆこう。(※本稿では、近代とは現代を含む、工業生産の時代を指す。)

確かに花形産業は、石炭、繊維、鉄鋼へと変わり、その後も自動車産業やIT産業など、時代ごとには「花形」といわれる産業はあったものの、今や衰退の一途たどるばかりです。
この自主管理への招待が書かれたのは、35年前ですが、改めて当時の時代認識の的確さには驚かされます。当時は、まだ私権意識が強く残存し、工業生産も、飽和限界を迎えたという認識自体が薄かったのでしょう。しかし、現在の市場経済システムの限界が見えてきた今、ようやく歴史的な生産力の転換を迎えようとしているのだと思います。

 

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