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2011年10月18日

共同体社会の実現に向けて【7】 統合階級の暴走で失われた40年(上)

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これまでの記事で紹介したように、社会の危機が迫っているにもかかわらず、これまで大衆は現実の社会を動かすことが出来ませんでした。
その大きな原因は、「民主主義」そのものにあったという驚くべき事実に行き当たりました。民主主義、つまり議会と選挙、あるいは市民運動に変革期待をかけてきたこと自体がダマシの構造にはまっていたということです。
現実の社会を変えていくには、近代思想(民主主義)に代わる新理論=実現の論理が必要であり、同時に今求められるのは、抽象的な社会変革ではなく、現実の生産体の変革=共同体企業の建設です。つまり、私権原理から共認原理への転換を現実のかたちにしていくことです。
※これまでのシリーズ記事
共同体社会の実現に向けて【1】近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機(上)
共同体社会の実現に向けて【2】近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機(下)
共同体社会の実現に向けて【3】私権時代から共認時代への大転換(上)
共同体社会の実現に向けて【4】私権時代から共認時代への大転換(下)
共同体社会の実現に向けて【5】市民運動という騙し、民主主義という騙し(上)
共同体社会の実現に向けて【6】市民運動という騙し、民主主義という騙し(下)
喫緊の問題として、米欧を震源とする世界経済の危機、市場崩壊の危機が間近に迫っています。
日本経済に関していえば、バブル経済とその崩壊以降ずっと悪化の一途であり、いよいよどん詰まりの状態です。遡ればここ数十年にわたって経済危機が進行してきたわけですが、その間、統合階級=学者、官僚、マスコミ、政治家のどこからも全く答えが出てきませんでした。経済予測が全く当たらないばかりか、失策に失策を重ねてきています。一体、どういうことなのでしょうか。
興味を持たれた方は応援もよろしくお願いします。 :D

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【市場主義の暴走と市場崩壊の危機】 
何も実現できなかったのは、市民運動だけではない。同じ近代思想を信奉する統合階級も同じである。
先進国は、すでに’70年頃に、私権社会から共認社会への根底的な転換点を迎えていた。私権欠乏が衰弱したことによって、市場は縮小してゆくしかなくなっていたのである。
しかし、この社会をリードする学者や官僚やマスコミや政治家=旧勢力は、この新しい状況の本質をまったく把握できず、「市場拡大は絶対」というイデオロギーに凝り固まって暴走してゆく。
彼らは、不足する需要を補うために、大量の国債を発行して、見せかけの市場拡大に血道をあげてきた。実際、元々ゼロだった国の借金は、’70年代から急速に増大してゆき、いまや1000兆円にも達しようとしている。
この、国家による1000兆円もの投入資金をGDPから差し引けば、経済は実質マイナス成長となる。つまり、上述したとおり、’70年豊かさの実現を以って、市場は縮小するしかなくなっていたのである。
にも関わらず、「市場主義」に凝り固まった統合階級は、ひたすら借金を膨らませることで資金を作り、それを市場に注入し続けてきた。
しかし、物的欠乏≒需要は衰弱してゆくので、いくら資金を注入してもそのお金は実体経済には回らず、投入した資金の大半はジャブジャブにダブついてしまう。このダブついた資金は、結局、土地や株式etcの投機商品にしか向かわない(∵土地や株式は、供給がほとんど増えないので価格が上昇する一方となる)。かくして、国債経済=借金経済は、必然的に実体から遊離したバブル経済を生み出す。
しかし、バブルは必ず崩壊する。バブル経済の先頭に立たされた日本のバブルは、’90年に崩壊し、その後、ITバブル等を媒介して作り出された世界中の金融バブルは、’08年に崩壊した。
しかも、ここに至ってもなお、世界中の統合階級は「市場を拡大するために」大量の国債を発行して、資金を市場に注入し続けている。その結果、ついに発行し過ぎた国債の暴落=市場崩壊の危機が目前に迫ってきた。
まさに無能の極みであるが、ここで、社会の統合を担う受験エリートたちの無能さを、大衆はしっかりと頭に刻みつけておく必要があるだろう。
同時に、大衆は、「もはや彼らには任せておけない。自分たちで統合課題を担うしかない」と、そろそろ腹をくくる必要がある。
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%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E5%8D%B1%E6%A9%9F.jpg現在の市場経済の大きな特徴は、「莫大な国の借金」と「金融バブル」ですが、この2つは「市場拡大主義」が生み出した完全な相関現象です。
日本のバブル経済は80年代、プラザ合意による円高不況から政府が借金をして大量の資金を市場に投入したことから加熱し、金融不動産市場がふくれあがりました。そして、先進各国も後を追うように実体経済から金融経済に転換し、さらに金融商品の幻想がこれを一気に加速させ、世界中が金融バブル覆われてしまいます。これら世界バブルを生み出した原資もすべて、市場拡大のために発行した国債=国の借金です。
また08年リーマンショックで世界バブルがはじけると、その尻ぬぐいのために膨大な国債を発行しますが、これによってさらにバブルが巨大化するというとんでもない状態、まさに手のつけられない「金融市場の暴走」が続いています。その帰結が、今現在の「アメリカ国債暴落危機」「ギリシャ国債デフォルト→ユーロ危機」です。
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豊かさが実現し物的欠乏が衰弱した以上、物的市場は縮小せざるを得ない。しかし統合階級はこの数十年、経済成長戦略、市場拡大一辺倒の思考しかありませんでした。そしていくら国債を発行しても、莫大な借金が積み上がるばかりで、一向に実体経済は回復しなかった、これがこの数十年のまぎれもない事実です。にもかかわらず、TPPに加入すれば市場が拡大する等、いまだに考えているように、統合階級は全く変わる気配がありません。なぜ、こんな単純な事実すら見えないのでしょうか。
それは、特権的地位が現実を見えなくさせている(無能化させている)ことに加えて、統合階級が金貸し(金融勢力)の手先だからとしか考えられません。金貸しは、市場が拡大し資金需要が増え続けなければ儲かりません(市場が縮小して誰も金を借りてくれなければ商売になりません)。市場社会の支配者である金貸し(金融勢力)と統合階級が結託して暴走し、世界経済を崩壊に導いているように見えます。
※参考投稿:日本の財政史(6)~バブル崩壊・・・そして現在 
     :世界経済破局への長い序章? 3.ギリシャ危機=欧州通貨ユーロの危機

【失われた40年】 
本当は、’70年、豊かさが実現された時、「市場は拡大を停止するしかなくなった」のだという現実を直視し、素直に『ゼロ成長』戦略を打ち出していれば、現在見るような経済危機に陥ることもなく、また国際競争力を失うこともなかったのである。
この世には、医療だけではなく、農業や介護や新エネルギーの開発etc、市場ではペイしないが、社会的に絶対必要な仕事がいくらでもある。市場に資金を注入するなら、すでに飽和状態に達した物的消費ではなく、あるいは福祉と称して非生産者にバラ撒くのではなく、市場ではペイしないこれらの類的生産を刺激or支援する方向に資金を注入することもできた筈である。
このように、物的需要(の喚起)から類的供給(の喚起)へと舵を切っておれば、日本経済はバブルにも経済危機にも陥らず、次代をリードする国家市場を実現し、世界にそのモデルを提示し得た筈である。
問題は、統合階級が、国債投入なしには市場を維持できないという事実、つまり自由市場など絵空事であって、現実には、国家によって支えられた国家市場しか存在しないのだという事実から目を背らし、「自由競争・自由市場」という幻想を捨てようとしなかった点にある。要するに彼らは、事実に反する(彼らには都合のいい)イデオロギーに固執し続けてきたのである。
彼らには、この失われた40年を総括して、せめて「自由競争・自由市場など幻想」であり、「現実には国家に支えられた市場しか存在しない」のだという事実くらいは、素直に認めてもらいたいものである。それさえ学習できないのなら、この失われた40年は全く無駄になる。

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豊かさが実現された’70年以降、市場が縮小過程に入ったという事実、現在の市場は、国家による支援(不況になると景気対策を求める、金融危機になると国の救済を求める銀行etc.)という輸血装置で生き延びている人工市場であるという事実は、自然な需要と供給に委ねられた自由市場など、現実にはどこにも存在しないということを示しています。
※参考投稿:潮流4 輸血経済(自由市場の終焉)
     :「自由市場」は架空観念
物的需要に資金を投入するのではなく、市場ではペイしないが、人々が本当に必要としている類的生産(農業や介護や新資源・エネルギー開発等)に応える供給者をつくっていくことが求められているのです。
共認社会に移行してゆく中で、必要とするところにお金を循環させ、充足できる仕事を生み出すためには、政府紙幣の発行、統合機関の交代担当制、みんなが活力をもって生きるための企業の共同体化、農業の活性化のための農(漁)村落共同体の建設も考えていく必要があります。
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※参考投稿:物的需要にかわる「新しい需要」の発掘
大きな転換点は、1970年豊かさの実現。私権の衰弱によって、市場は拡大を停止し縮小するしかなくなったこと。つまり、それまでとは異なる、新しい時代が登場したのです。しかし統合階級=学者、官僚、マスコミ、政治家は、この40年もの間、何ひとつ有効な手を打てず、むしろ状況は悪くなるばかりです。それはつまるところ、市場主義という固定観念、自由競争・自由市場という事実に反するイデオロギーに固執し続けてきたからです。さらにその背後には、金貸し支配という力の構造、統合階級はその手先(尖兵)となることで特権を手に入れるという構造があります。
つまり統合階級には、いまだに旧い現実(かつての私権収束の現実、かつての経済成長の幻影)しか目に入っておらず、新しい現実(共認収束の現実)が全く見えない、つかめていないのです。経済問題に限らず、それが全ての社会混迷の原因ではないでしょうか。旧い現実にしがみつく統合階級と、新しい現実に直面する大衆との断層はますます大きくなっているように思います。

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