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2012年07月07日

『企業の進むべき道』9 ~労働基準法、労働組合って必要なの?【その1】~

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■はじめに
みなさんこんにちは。今日は、「企業の進むべき道」シリーズの9回目の記事です。今回の記事は「労働基準法、労働組合って必要なの?」という内容です。いろいろ調べたら長くなったので、その1とその2の二回に分けてお伝えします。
さて、
職場、会社は、様々な法令に囲まれて存在しています。これらの法令は、特別な役職にある人以外はあまり意識されませんが、平社員でもしばしば「労働三法」にまつわるものが話題になります。たとえば、こんな話。
「会社が労基署から注意されて残業禁止になった。ウチは少ない人数でやってるから、残業できないと仕事が回らなくて困っている。(ある企業の営業の話)」 :cry:
「労働組合に入れって言われたんだけど、なんかコワい(ある友人の話)」
「退職時の有給消化って非常識かなぁ?(転職した弟の話)」
「ストってなんですか?(ある企業の若手の話)」 :roll:

いずれも、実話です。特徴は、戸惑いや疑問に端を発した発言が多いこと。他にも色々と耳にするのですが、労働三法を賞賛する声はほとんどなく、「ちょっと困った」的な発言が多いです。
さて、なんでこのようなことになっているのでしょうか?

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■労働三法とは
労働三法に端を発する戸惑いや疑問。それを考える前に、まずは、労働三法とは何かの概略を押えておきましょう。
労働三法とは、一般に「労働組合法」「労働関係調整法」「労働基準法」のこと。法律としては非常に古くて、終戦直後の昭和20年から左記の順番で施行されています。それぞれに何が書かれているかは、以下のようになっています。

労働組合法(昭和20年→昭和24年改正):
労働者が使用者との交渉において対等の立場に立ち,労使間で団体交渉を行い,労働協約を結び,争議行為を行うことを保障する法律である。内容は,主に労働組合,争議行為,労働協約,労働委員会,罰則について定めている。
労働関係調整法(昭和21年):
労働争議を予防したり解決したりすることを目的としている法律。内容は,主に斡旋,調停,仲裁,争議行為の制限禁止を定めている。斡旋,調停,仲裁はいずれも自主的な解決を妨げるものではない。
労働基準法(昭和22年):
労働条件の最低基準を定めた法律。内容としては,労働者が不利な条件とならないように,原則,賃金,労働時間,休息,休暇などについて定めている。原則は第一章にまとめられており七つある。
1.労働条件の原則
労働条件は人たるに値する生活を営むための必要を満たしていること
2.労使対等の原則
労働条件の決定は労使対等であること。結果は双方とも遵守すること
3.均等待遇の原則
労働者の国籍・信条・社会的身分により労働条件を差別しないこと
4.男女同一賃金の原則
女子であることを理由に賃金について男子と比べて差別しないこと
5.強制労働禁止の原則
暴行・脅迫などにより労働者が欲しない労働を強制しないこと
6.中間搾取排除の原則
他人の就業に介入して利益を得ないこと(法律による場合を除く)
7.公民権行使の保障の原則
労働者が労働時間中に公民としての権利行使に必要な時間の請求をした場合に使用者は拒否できない
労働基準法第36条では,使用者が法定の最低時間を超えて残業させる場合は労働組合との書面による合意が必要である。36協定。
この協定に基づいて労働時間の延長や休日・深夜労働をさせた場合には割増賃金を払わなければならない。
 この法律を施行するために監督機関として,厚生労働省に労働基準主管局.都道府県に労働基準局,都道府県管内に労働基準監督署を設置している。

(以上:リンクより引用)
日常的に話題となる「残業代」や「有給」は労働基準法を根拠にしています。労働基準監督署(いわゆる労基署)もこの法律を根拠に存在しています。法律の本文はあまり目にしないかもしれませんが、それによって起こっていることは意外と身近です。
■疎外労働の記憶
この記事を書くにあたって、せっかくなので労働三法を読んでみました。
で、読み始めてまず、「これは疎外労働の記憶が刻まれているな」と感じました。疎外労働を強いる使用者に対峙するため、労働者の権利を根拠付けたのが、労働三法なんだろうと。
疎外労働(労働疎外)などというと、なんだかマルクスみたいですが、過去、「蟹工船」や「あゝ野麦峠」のような話は事実として存在しました。強欲な資本家を前にして、働きたくても働き口がない労働者は、どんなに過酷な条件であっても、どんなに搾取されようとも、そこで働くしかなかったわけです(おかげで「あゝ野麦峠」の女工さんは死んでしまいます)。
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そんな悲劇を繰り返さないように労働三法が整備されたとすれば、意味のあることだったんじゃないか。まずは、先入観を捨てて、そのように考えたわけです。
■労働者が圧倒的優位に読める内容
ところが、現在的な感覚で法文を読み進めていくと、すごいことが書いてあると思えてきました。総じて「使用者って大変だ 、「労働者ってメチャクチャ強い
労働三法では、ほぼ一貫して「使用者」と「労働者」という言葉が用いられています(労働関係調整法は微妙)。いうまでもなく、使用者とは会社を運営するために人を雇用する人、経営者です。労働者とは会社に雇われて働く人、従業員のことです。
で、たとえば労働基準法の内容を見ると、冒頭(第2条)には「労働者と使用者は対等の立場において・・・」という文言が出てきます。ところが、更に読み進めると、各条文は労働者の権利をにじませるものがほとんどです・・・。
疎外労働などほとんどない現在にあって、普通の職場感覚で労働基準法を最後まで読むと「これでは会社(=経営者)に申し訳がない 」と思うに至りました。
具体的には、たとえば、こんな部分です。
同法第20条には・・・
「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない」とあります。ほぉ、なるほど
じゃぁ、その逆パターンも書いてなきゃおかしい。労働者と使用者は対等の立場なんだから「労働者が自らの都合により会社を辞める場合にも、幾日前までに申告せよ。そうせずに、会社に損害を負わせた分は負担せよ」みたいな条項があるだろうと思ったわけです。ところが、ない。最後まで読んでも見当たりませんでした
これ、すごいですよ。労働基準法によると、労働者は「私、会社を辞めます」と意思表示したその日に、仕事を放棄していなくなっても、とがめられないのです。
正確には、自己都合退職は、申し出のあった14日後に成立するものと民法に定められているようです。しかし、仕事を放棄してでも辞めたい人は、たいてい自分の都合で来なくなります。それを禁止する法律がありません
経営者からすれば、たとえ残り14日でも引き継ぎ等の為に出社してもらいたいところですが、強制的に働かせるのは労働基準法で禁止されています。したがって、実態的には「労働者は、自らの意思により好きなときに辞められる」ことになります。
さらにこの法令、その気になったら、すごいことが出来ます。
たとえば、上記の話を悪意をもって解釈したら 8) ・・・「労働者が同じ職場の大多数を募って一斉に辞表を出しても、使用者にはそれを差し止める手立てがない」ことに気づきます。会社の操業に多大な影響が出るほどの従業員が一斉にいなくなったら・・・その会社は残り幾ばくもなく潰れるでしょう。
これは、法文を逆手に取った一方的かつ極端な読み方ですが、意思をもってやれば不可能ではありません(その後に会社に損害を与えた首謀者が、株主等から訴えられる可能性はあります)。
いずれにしても、使用者=経営者が法律的に大変弱い立場に置かれているというのは、不気味な発見でした。
■権利行使の実態 ~労働組合と労働争議の件数の推移~
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労働三法で(過剰に)保護されている労働者。じゃぁ、労働者の権利行使や要求運動の実態はどうなっているのだろう?そのように思って、労働組合の成立数の推移と労働争議の件数の推移を調べてみました。
で、出てきたのが↓↓↓↓↓これ↓↓↓↓↓。

(本記事の図表は、様々な社会的事象を図表化し可視化してくださっている「社会実情データ図録」様よりお借りしたものです)
まったくの偶然ですが、ピッタリの図表が用意されていました。(ありがとうございます)
グラフを見ると、全体として、労働組合の組織率はピーク(約56%)から大幅に低下(現在約18%)。労働争議の件数も同様。いずれも低水準で推移している状況です。
中でも目を引くのは、労働争議=ストライキの件数がピークの1974年(約5,197件)を境に急激に減少している点(’10年:38件)です。・・・なぜ、激減したのでしょうか?
で、調べてみたのが↓↓↓↓↓これ↓↓↓↓↓。

このグラフは、「主要耐久消費財の世帯普及率の推移」です。中でも、象徴的な“カラーテレビ”“電気冷蔵庫”“電気洗濯機”に注目して普及率を見てみます。これらは、あれば便利ですが、なくても生きていける物財です。それが普及するということは、すなわち、生きるためだけでなく利便性にお金をかける余裕が生まれている=「貧困を脱した」という証左です。
で、グラフを見ると、家電三種の神器が日本の90%以上の世帯に普及したのは、1975年。カラーテレビ・電気冷蔵庫・電気洗濯機だけで見れば、日本は1975年には貧困を脱していたことになります。そしてこれは、ストライキの件数が急激な減少に転ずる時期(1974年)とほぼピッタリと一致します
思った通りでした。予想外にピッタリだったため嘘みたいで驚きました。でも本当です。つまり、ストライキが急激に減った理由は、「貧困を脱した」から。貧困を脱したおかげで「必死になって賃上げ要求をする必要がなくなった」と考えて間違いありません。
・・・イマドキ、労働運動を必死になってやっている人は少ないだろう、という感覚はありましたが、これらのデータで裏付けられた格好です。根本的には、貧困を脱したところに、労働運動の転換点があったということでしょう。
個人的には、ほとんど利用されることがない労働運動のための法律が残っているところに、少なからず違和感をおぼえます
■8時間労働の根拠
もう一つ、労働基準法を読んで気になっていたことがあります。それは、労働時間が一日8時間と規定されていることです(労働基準法第32条第2項)
一日8時間労働」は、もはや社会通念になっており、規定の時間を超えて働くと“残業”。近年、残業に対する労基署の指導が厳しくなっていると耳にしていた関係上「そもそも、なんで8時間?根拠は?」と思っていました。
で、調べてみたら、るいネットの以下の投稿にたどり着きました。
『8時間労働は科学的には何の根拠もない正当化観念の産物』

8時間労働が先進国の間では、世界標準となっているが、それらの根拠を調べてみた。以下、リンクからの引用です。
>労働者の日としてのメーデーは、1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟、AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求の統一ストライキを行ったのが起源。 1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行なわれた。
~中略~
労働時間と精神的負担との関係について、これまで多くの研究者が論文を公表している。いくつかの論文では関係があると認めているものがあるが、時間以外の要素(能力など)が多く関連しており、現在のところは科学的根拠は認められないというのが妥当な判断である。(参考論文「労働時間と精神的負担との関連についての体系的文献レビュー」)
寧ろ、労働組合等の運動者が、自分たちの要求を正当化する為、つまり自分たちにとっては苦役な労働の対価として、それに等しい休憩時間や、自由時間が必要だという無理やりの論理を押し通したに過ぎない。
我々はいつの間にか、憲法の条文にある「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(第25条)にふさわしい労働時間は8時間だと、間違った観念を刷り込まれ、本来の人間の活力や能力を引き出す機会を潰してきたのが、今の労働基準法を始めとした様々な法体系だと思う。

心身と労働の関係を科学的に検証して「労働は一日8時間」と結論づけるのは難しいようです(普通に考えれば無理だと思います)。そうなると、「労働は一日8時間」のおおもとは「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために・・・」とした米国の労働運動のスローガンが根拠ということになります。
このスローガンの当事者は、1886年当時に疎外労働を強いられていた人々です。疎外労働を防止する主旨の労働基準法の根拠としては、ある意味ピッタリかもしれません。
でも、根拠というよりは“出典”だし、時代がずいぶんと旧いし、しかも日本のことじゃないし・・・ 。「日本人は勤勉だ」などという先入観を廃して捉え直したとしても、「労働は一日8時間」が、我々日本人にフィットするものなのか、いささか疑問だと感じた次第です。
■中間まとめ
今日はこれくらいにしておきましょう。
ここまで、『労働基準法、労働組合って必要なの?【その1】』としてお知らせしてきた内容は、総じて「労働三法はずいぶん旧いぞ」ということです。
ポイントは・・・
・疎外労働がほぼ消滅した現在にあっては「過剰」と読める労働者の権利
・労働者の権利である「労働組合」や「労働争議」の数の推移はピークから大幅低下
・8時間労働の根拠(出典)は、1800年代のアメリカ

いずれも、現在的な職場感覚には必ずしもフィットしていません。
法律やそれに基づく制度は、時代の変化に応じて柔軟に変わるべきものです。しかし、実態的には、タイムラグを挟んで後追いで変わっていくものでしょう。仮にそうだとしても、労働三法の時代錯誤感は、かなり激しい。現在的な感覚とあまりにも隔たりがあるので「ホントに必要なのか?」と問いたくなるレベル。これは明らかです。
次回は、そのような法律・制度がどのような経緯で導入されたのか、なぜ今なお残っているのか、このあたりを明らかにしていきます。ご期待ください。
長々と失礼いたしました。

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コメント

私も、これからの時代は智慧者間の協力が最も効率経営が図れると想います。三人の力で十分が協力の協ですから・・・・・・  誘客プランナー 福本 

  • ふくもと
  • 2013年4月10日 10:12

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