2013年01月17日
『共同体経営とは?』8~経営者であり労働者である仕組み=自主管理体制とは?~
先週に引き続き今週も『共同体企業とは何か?』を追求していきます。今回は「経営者であり労働者である仕組み=自主管理体制とは?」をテーマに、引き続き類グループの紹介をさせていただきます。
共同体企業である類グループは、身分序列(=指揮系統)による企業統合ではなく、各構成員自身による自主管理が企業における組織運営の要となっています。
この自主管理を実現する為に、創立2年後の’74年に、共同体企業:類設計室において「自主管理綱領」として執筆され、その後’79年に類グループの募集パンフレットとして書き改められた「自主管理の招待」の一文を紹介したいと思います。
自主管理への招待(7) 労働の解放のために:自主管理の原則より抜粋
私たちは何よりもまず、自らの生きる場を自らの手で築いてゆきたいと願う。そして新しい歴史時代を、自らの力の及ぶ地点まで実現してみたいと願う。だがそこで何よりも問われるのは、私たちが永い間奪われてきた、総体的な関係能力(組織能力)の獲得である。現実に、生産体の内部から権力体制を廃棄してゆくためには、技術者が自らの手で組織を管理し、経営などの活動を担い続けてゆかなければならない。ところがそこで求められているものこそ、意識生産に要求される関係能力の真髄なのである。技術力だけでなく組織能力をも獲得してゆく事、そのようにして狭い専門領域に閉ざされてきた自分自身を広大な類的対象に向けて開き出す事、そこにこそ意識生産者に委ねられた本来の人間労働の世界がある。今なお多くの技術者は、そのような活動に背を向けている。だが新しい時代は、既に始動している。その実現は、現代に生きる人間に与えられた、わけても意識生産者に委ねられた最大の課題ではないだろうか。
私たちは、以上の認識に基いて自主管理の原則を確立してきた。すなわち、第一に<誰もが生産の主体となるために、技術活動と共に組織活動をも担い切る事>、それを通じて第二に<誰もが組織の主体となるために、多様な関係能力を獲得してゆく事>、それを前提として第三に<会社のあらゆる活動を、誰もが自由に提起し、決定し、担当してゆく事>、これがその原則である。
これまでの社会では、会社や組織を管理する=経営者と、管理される側の労働者の関係が、組織が大きくなればなるほど引き裂かれていくのが現実でした。もっといえば工業生産の時代では経営者はより効率的に組織や労働者を管理し、労働者は会社経営や組織のことは置いておいて分業作業で部分最適の効率化を目指す傾向にありました。右肩上がりで作れば物が売れる工業生産の時代はこれでも良かったのかもしれません。
しかし資本や人材の量が成功=拡大の成否を決めた工業生産の時代から、組織の構成員の能力と活力をいかに引き出せるかが組織の成否=充足を決める意識生産の時代へと「生産力の転換」を向かえた現在、組織的な関係能力(組織能力)は意識生産者に要求される最も重要な能力であり、社会的期待に応える組織の構成員に不可欠な能力です。
そしてこの組織能力とは、まさに会社を自らの組織として経営していく中で獲得できるものです。
ですから現実を直視し、工業生産から意識生産への「生産力の転換」を理解できれば、おのずと共同体企業への転換があらゆる組織で進むはずです。この「生産力の転換」については共同体ブログやるいネットをごらんの方ならばご理解いただけるかと思います。(再度ご確認したい方は、この記事の最後に記載する「自主管理の招待(1)~(7)」を通しで読んでいただければ理解できます。)
それでも多くの企業が未だ経営者と労働者が分断され、労使が対立する構造を続けているのは何故でしょうか?
●経営者と労働者を分けるものはなにか?
あらためて立ち止まって見ると、会社の仕組みや経営者、労働者といった区分、そしてそれらの企業活動を規定する制度は、「生産力の大転換」を向かえた現在でもいまだに変わらず硬直したままです。
例えば労働基準法は戦後の1947年に制定された法律であり、それから既に60年以上も経っています。当然、当時の社会状況および達成すべき目的・意義と現在の状況は大きく変化しており、労働時間の考え方においても諸所の観点から議論があります。
例えば労働時間が8時間を基準とされていることは、労使の対立からくる労働者の権利保護のためであり、経営者と労働者が分断され対立する前提=つまり労使を巡る固定観念で作られているからです。
いいかえれば、経営者や労働者を分けているのは、私権時代に作られた法制度やそれに縛られたままの人々の頭に巣食う古い観念が原因といえます。
自主管理共同体」とは全員が主体性をもって働くための実現態より抜粋
◆労働基準法 労働時間・休憩・休日の適用除外(法第41条)
◆ホワイトカラーエグゼンプション(ホワイトカラー労働時間規制適用免除制度)
◆裁量労働制 法第38条の3、第38条の4 改正
***以上より***
これらを見れば、決められた一定の時間内に、使用者(監督者)によって決められたことを定型的に行う労働においてのみ、定型的な時間制限が当てはまるのだといえます。逆に言えば、使用者(監督者)が具体的な指示をせず、各人の主体性や裁量に任せて行う業務はその範疇に当てはまらない。加えて、経営者と一体である、経営に大きな影響を及ぼす(参画している)こともその重要な要件となる。
「経営者でも労働者でもない専門技術者たちによる自主管理共同体」は、全社員が自主的に裁量を持って調査・企画・計画して仕事を実行していくこと(意識生産に携わる)、使用者に一方的に指示されるのではなく自らが経営に参画していること(そのために全員参加の経営会議と経営データの公開がなされる)、そして自らの働く場を活力ある場とするためにできたまったく新しい就業形態であり、集団なのだと思います。
そして、「自主管理共同体」とは、まさに下記を実現するためにあるのだといえます。
「経済社会の構造変化や労働者の就業意識の変化等が進む中で、活力ある経済社会を実現していくために、事業活動の中枢にある労働者が創造的な能力を十分に発揮し得る環境づくりが必要となっています。労働者の側にも、自らの知識、技術や創造的な能力をいかし、仕事の進め方や時間配分に関し主体性をもって働きたいという意識が高まっています。(厚生労働省 リンク)」
「労働者を保護する」、「経営者からの搾取から守る」という意識からすると、上記のような労働法の改正やホワイトカラーエグゼンプション、裁量労働制の導入などは、許しがたい問題なのかもしれません。しかしこれらの根底にあるのは経営者と労働者は対立する=分断されているという固定観念です。
そもそも、「労使協調」といった概念が未だに登場するのも、初めから“労働者”と“使用者”に別れている事が企業総体といった固定的な枠組みが、暗黙の前提として浸透しているからであって、人が生きて行く上で欠かせない『生産の場』を取り巻く環境としてベストな形を本気で追求した場合、その前提自体がおかしい、という事にどこかで気づくはずです。
●共同体企業とは全員が当事者の三位一体経営
共同体企業とは文字通り参加者全員が当事者(=経営者)となって会社を作り上げていくという事です。
その為には徹底した情報公開が行われます。
すべての営業情報、経営情報、経理情報はもちろん、各人の出退社時間や活動状況などあらゆるデータは毎月全成員に配布されます。全ての共同体員はそれらを元に経営戦略を把握し、日々の仕事の方針もその経営方針の中から生み出されます。
そして何より全ての重要な組織決定事項や方向性は全員参加の会議の中で共有され決定されていきます。そこでは多数決ではなく、全員の合意形成を図ります。例え新人であっても共同体の参加者になれば有効な意見を述べる場は与えられ、必要とあらば彼らの意見を組み込んで方向修正され方針が決定していきます。
共同体企業とは三位一体であり、一人一人が経営者であり労働者であり会社の所有者である組織です。こうした事実に基づく全員参加の合議制を実現できるのも、経営者も労働者も一体となった共同体経営のなせる業です。その土台となるのが「自主管理への招待」で示された「自分たちの生きる場所を、自分たちの力で作り維持していく」という強い意志と、実現の思考方法に他なりません。
ここまでじっくり読んで頂ければ解ると思いますが、「自主管理」とは如何に自分達の組織を主体的に管理するか?が問われているのであって、「自分の事は自分で管理する(自己責任)」という事ではありません。では、組織を管理する上での羅針盤、そして合意形成は具体的にどのように進めていけば良いのでしょうか?
次回は、共同体ならではの組織統合の仕組みである「合議制システム」についてご紹介します。
以下「自主管理への招待」の全文です。繰り返し、何度でも読み返してみる事をお勧めします。
自主管理への招待(1)工業生産から意識生産へ。時代は今、歴史的な生産力の転換を遂げようとしている。
自主管理への招待(2) 社会は、生産力の転換によってしか根底的な変革を遂げることはできない
自主管理への招待(3) 生産から離脱させ、消費へと逃避させるだけの近代思想
自主管理への招待(4) 「頭の中だけの自己」から「実現対象」への追求ベクトルの転換
自主管理への招待(5) 否定し要求するだけの「閉塞の哲学」から、実現対象を獲得した「解放の哲学」へ
自主管理への招待(6) 実現思考とは何か
自主管理への招待(7) 労働の解放のために:自主管理の原則
- posted by kawa_it at : 21:21 | コメント (0件) | トラックバック (0)
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