2006年11月03日
「株式会社」ってなに?
そもそも「株式会社」 ・・・って言われてもよく分からない :blush:
よく言われるのは、株式会社は「株主」のもの・・・
でも、株主の利益の為に働けって言われても活力でないよなあ~ 🙁
やっぱり、この仕事をすることで誰かが喜んでくれたり、「いいね」とか評価してもらえなきゃ、仕事が楽しいなんて思えないよな~・・・
な~んて考えてるばかりじゃ埒があかないので、「株式会社」の歴史(起源)」を調べてみました。 🙄
世界初の株式会社と言われているのが、オランダ株式会社
ふむふむ・・・確かに昔の社会の授業でならったような気がする。
以下、wikipedia.より引用
スペインからの独立戦争を継続中であったオランダは、スペインの貿易制限、船舶拿捕などの経済的圧迫に苦しんでいた。当時、東南アジアの香辛料取引で強い勢力を有していたポルトガルが、1580年にスペインに併合されていたことで、ポルトガルのリスボンなどを通じた香辛料入手も困難になっていた。こうした中、オランダは独自でアジア航路を開拓し、スペイン(と併合されていたポルトガル)に対抗する必要があった。1595年から1597年までの航海を通じてジャワ島のバンテンとの往復に成功を収めると、いくつかの会社が東南アジアとの取引を本格化させた。しかし、複数の商社が東南アジア進出を図ったために現地(東南アジア)での香辛料購入価格が高騰した上、本国(オランダ)で商社同士が価格競争を行ったため売却価格は下落する一方であり、諸外国との経済競争を勝ち抜く上で不安が残された。さらに、1600年にイギリス東インド会社が発足したことは、この懸念を深めさせた。こうした中、ホラント州の政治家オルデンバルネフェルトは、複数の商社をまとめてオランダ連合東インド会社を発足させ、諸外国に対抗しようとした。6つの支社から構成されており、それぞれはアムステルダム、ホールン、エンクハイゼン、デルフト、ロッテルダム、ミデルブルフに置かれた。
スペインから独立しようとしている最中に、オランダ国内の会社同士が競争してたって意味が無い⇒どうする?⇒共同経営、いわば自国の利益を守るための形態だったのだなあ~これなら全然O.K.っていうか必要なことだったんやろうな~ 😀 株式会社というよりは「漁業組合」のイメージの方が近いかな。
よくよく考えて見れば、現在の日本企業の合併(etc.東京三菱+UFJ→東京三菱UFJ)なんかも、外資系企業の参入に伴って、国内で争ってるわけには行かない⇒どうする?という風に見て取れますね。
でも、株式会社が当たり前になった現在だからころ「おかしい 👿 」と突っ込みたくなることも・・・多々ありますね。株式の売買から生じる利益に群がる「マネーゲーム」。こんなの誰の役にも立ってないし、喜んでくれる人などほとんどいないと思うのですが・・・
BYぱち
- posted by kurapachi at : 0:02 | コメント (3件) | トラックバック (0)
コメント
次はドッチに向かうのでしょうか?
次なる躍進業界は?
クリリンさん、コメントありがとうございます。
>次なる躍進業界は?
難しいですね。社会状況から言えるのは、
①小子高齢化から、引き続き、福祉・介護系は人が足らないので増加する?又、小子化+教育改革の流れから保育士も増加するかも知れません。
②人が足らないという負の側面からは、団塊世代の大量退社に伴う需要増も考えられます。現に、大阪府などは教員の大量募集に転換しています。製造業・サービス業は正社員から契約社員などへシフトしていくとすれば、数字上は現れてこないと思います。
③、気になるのは「その他」に分類される職業。従来の固定化された分類に属さない新規の職業は、統計上も明確化されないので把握が困難なのが予測されます。
④いろんな資格職種がありますが、税理士なども「人余り」の状況。資格をとっても役に立たない現実を考えると、資格志向も段々と先細りしてくるのでは?
※全体的に、躍進する=増加率そのものが低下するように思います。政策やマスコミの影響も大きいのですが、それよりも、「どの分野が人が足らないか?」「どの分野が活力があるか?」を探らなくては見えてこないので、引き続き、意識潮流とデータ収集と行っていく必要がありますネ。
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