2009年10月02日
コニシのいい男への道 -リーダーとしての責任-
入っちゃいましたね。10月に
基本的に屋内で作業をしているので、そこまで季節感はないのですが、出勤時・帰宅時の空気の変化は感じられます。
日差しが柔らかくなった分、なんか気分も落ち着いてきます
しかし先日、まだまだ自分は落ち着いてる場合じゃないことをガッツリ感じる出来事がありました
それはなんと、社長のお言葉。
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類グループでは、毎月「なんでや劇場」という大会議を開いています。(詳しい説明はコチラ)
前回は社長自らが議長を務め、議論の中でとてもインパクトの強いことを仰ったのです。
90年代のバブル崩壊後に、政界・財界のリーダー達が「バブルの時は誰も先が見えなかったのだから、自分達が間違えたのも不可抗力だ」と言い訳をしていたという話になりました。
それに対して社長は、
「若い人達には特に理解しておいて欲しいのだが、原始時代の飢餓状況において食糧を探している時、右に行くか、左に行くかを決定するにあたっては、数少ない情報から先を読み、考え、仮説を立てなければ皆が死んでいた。一方、今の政治家、特権階級は失敗しても言い訳をしているが、こんなのではリーダーとして話にならない。彼らはどんな状況でも未来を予測して行動するべきだったのだ!」
と強い語気で語っておられました。
何十年も企業の最前線でギリギリの判断を下し続けてきたからこそ、この点に対してこれほど真剣なのだと思いました。
また、「若い人達」と文頭についていることから、次の世代に対する大きな期待も同時に感じられます。
実際、この言葉は他の参加者にもかなり響いたようで、「社長の想い、リーダーとしての覚悟が伝わった」という感想が相次ぎました。
リーダーといえば、巷ではリーダーシップに関するハウツー本もよく見られます。しかし、集団の先頭に立って皆を導く上で本当に必要なのは、単なる技術論ではなく、この「自分の判断が皆の生死を決する」という責任感と覚悟なのではないでしょうか?
私の上司であるNさんも、以前「自分が出した指示を人が達成できそうになかったら、最終的には全部自分が引き受けるつもりでいる」と言っていました。
これらは、自分の判断に対する責任感が、判断そのものを鋭くする圧力になっているのだとも言えます。集団を導いていく立場にある方々はそういう意識で闘っているのですね。
私も「まだ新人やし」と甘えず、その地平を目指していこうと思います
- posted by staff at : 23:38 | コメント (2件) | トラックバック (0)
コメント
>「相手のために行った仕事は、絶対無駄にはならない」
>「それだけ考えてやったことは、例え違う方針になったとしても、相手は喜んでくれるし嬉しいと思うよ」
たしかに!!
どんな想いも相手に必ず伝わるし、それで判断されることもある。
いつでも相手にまっすぐに。全力で応えていきたいと思います♪
<ふぇりちゃん
返信遅くなってごめんなさい。
早速コメントありがとうv
<どんな想いも相手に必ず伝わるし、それで判断されることもある。
いつでも相手にまっすぐに。全力で応えていきたいと思います♪
そう想えるふぇりちゃんが素敵です☆
これからもよろしくね♪
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