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2010年04月21日

共認原理で私権社会を戦い抜いてきた企業 -株式会社サイボクハム-

企業といえば「お金儲け」をすぐに連想する方は多いと思います。
実際、資金がなければ潰れてしまうし、社員に給料も払えないため、企業が資金を必要とすることに間違いはありません。
しかし、ただお金を儲けることや、企業トップが贅沢をすることなどが第一目標化してしまうと、企業は行く道を誤ってしまいます
とはいえ、戦後から高度経済成長期、そしてバブル期まではその価値観が社会の中心に位置していたと言って良いでしょう。甘いことを言っていたら、とことん利益を追求する競争相手に負けてしまう時代は確かにありました :-(
そんな中、埼玉県にある種畜牧場【株式会社サイボクハム】は、どこまでも「みんな視点」に経った事業展開で60年以上も勝ち残ってきたのです。
なぜ私権バリバリの社会でそんなことができたのでしょうか?
その理由は本文で :D

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サイボクハムの写真(同社HPより)

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サイボクハムは、種豚の育種改良と増殖をメインに、食品加工、直売、レストランのような「食」関連にとどまらず、アスレチック、ゴルフ場、温泉施設まで幅広く事業を展開しており、『農業のディズニーランド』と呼ばれています。
今では国内最大級のビジネス農業体に発展したサイボクハムも、元々は1946年に笹崎龍雄氏(現会長)がゼロから始めた企業なのです。そして、この笹崎氏の理念こそが、サイボクハムの発展の基盤にあります
■「みんなのため」という本源性に目覚めた戦争体験
笹崎氏の理念を形成する原体験は、実は第二次世界大戦終了時に起こりました。

終戦の日の昭和20(1945)年8月15日、この日、笹崎会長は激戦地だったフィリピンのバギオのジャングルで、満身創痍となり、死線をさまよっていました。
当時の司令官だった山下奉文(ともゆき)の側近の商工の多くが全員自害すべきと泣き叫んでいるなか、山下奉文司令官の「責任をとるのは私一人でよい。きみたちは全員祖国に帰り、祖国の復興、発展のために身を捧げよ・・・」という命令に、九死に一生を得たのです。
(坂本光司著「日本でいちばん大切にしたい会社2」より引用)

   
この強烈な体験を通じて、「日本の復興のために命を捧げる」ことが笹崎氏の生きる目標になったのです。更に、帰国した際に日本の極度の貧困ぶりを目の当たりにしたことで、「日本国民の食糧不足を何とかしたい」という強い問題意識が芽生え、牧場経営の開始に至ります。

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開始直後の牧場の様子

笹崎氏と数人の仲間でわずかなお金を集めて会社を設立したものの、農業向けの補助は全く受けられませんでした。そんな苦しい状況が続くにも関わらず、笹崎氏は「世界中を回って名豚を集め、改良して国際市場で勝てる品質の豚を生産する」「良い種豚をどんどん日本中の養豚家に譲り分ける」「研修生を積極的に受け入れてプロの養豚経営者を育成する」という行動を続けます。サイボクハムや自分自身が儲けることよりも、国民に美味しい豚肉を提供すること、そのための体制を全国で整えることを優先したのです。
笹崎氏が理想の豚とする「サイボクゴールデンポーク」が生まれたのが1975年で、そこから事業が軌道に乗っていったということを考えると、実に30年間も苦しい状況で国民のために努力し続けたのです。
これは並の意思でできることではありません。まして、世の中の大多数が私権獲得を優先していた時代に、とことん「みんなのため」という視点で事業を続けていたことは、笹崎氏の終戦時の体験がいかに強固な意志を形成したかを表していると言えます。
■「みんなの期待に応えていけば上手くいく」という理念に基づく事業展開
30年の努力の結晶であるサイボクゴールデンポークですが、実は当初は流通業者から評価されませんでした。その理由は、当時の規格を遥かに超える品質だったため、業者が戸惑ったことにあります。
この逆境に対して、笹崎氏は『生産直売店』の設置を通じて「評価を消費者に直接問う」という行動に出ます。これが見事に成功し、来店者が次々に「サイボクハムのお肉は美味しい」という口コミを広げた結果、来客数は雪ダルマ式に増えていきました。また、それに伴い直売所も急速に拡大発展していきます。
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開店当初


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現在

注目点は、『この間、広告やチラシ宣伝などはいっさいしなかった』ということです。人々の期待に応えるものを提供していれば、黙っていても地域の生活者が店を育ててくれるのだと笹崎氏は感じたそうです。
その代わり、「期待」を掴むことと、それに応えるための追求は徹底していました。

1951年には戦後で貧しい人たちが脂を取れるようにと脂の多い豚を、1961年には食糧不足から開放され脂の少ない赤みを求めるようになると、それに合った豚を、1970年には柔らかくておいしい豚肉が求められたので、その嗜好に合った豚を調達し育種改良した。
「グローバル×豚 ~グローバリゼーションの限界、養豚の現場から~」より引用

このように、当初から「みんなのため」を主軸に養豚業を追求していたことが、消費者から大きな支持を得ることになり、同時にサイボクハムのスタッフに自信と誇りを抱かせることに繋がったのです。
■結論
「みんなのため」「みんなの期待に応える」という理念を実践し続けてきたサイボクハムは、まさに『共認原理』で私権社会を勝ち抜いてきた企業だと言えます。
特に、重要だったのがトップである笹崎氏の『本気度』です。目先の儲けのために妥協することなく、苦しい状況でも実現に向けて闘い続けたことで、多くの支持者が集まり、地域と共に拡大発展をし続けてこられたのでしょう。

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コメント

長い紆余曲折を経て、今の「会社」ができていることがよくわかりました。
>「資本集約力」と「組織統合」という矛盾する課題を(出資者を増やせばが意思決定が困難となり、少数の共同事業では資本が集められない)、いかに統合するかということ<
という対立軸は、「市場」と「国家(集団)」のせめぎあいともいえますね。
次回も楽しみにしています。

  • 羊熊
  • 2010年8月19日 11:52

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