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2012年02月09日

「事実の共認が羅針盤」 ~名南製作所のやり方~

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みなさん、こんにちは
 
前回の記事「自然の摂理から導かれた概念装置で統合する ~名南製作所~」の続きです。
 
前回は、名南製作所の社是「F=ma」について主要にご紹介しました。
 
名南製作所にとっての物理法則は、自然の摂理を謙虚に学ぶ現われであり、自然の法則という誰もが認める「事実認識」を深く理解する行為です。個人的な主義主張を廃した事実認識は、様々な問題に対して答えを出していくための「概念装置」であり、これを社員の皆が理解していくことによって、全体としての能力を高めていくというものでした。
 
で、今回は、そんな名南製作所の具体的なやり方についてご紹介します。
自然の法則「F=ma」をどのように活かしているのでしょうか。

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◆事実認識の浸透 ~物理勉強会~
名南製作所には、社員全員が参加する「物理勉強会」があります。創業10周年(昭和42年)を機に、長谷川氏の声かけで毎週月曜日 朝8時~12時で行われることになりました。この勉強会は、現在も、場所と時間は違うものの続けられています。
 
最初は、有志の勉強会としてスタートして、手ごたえをつかんでから全員参加に切り替えました。とはいっても、一番忙しい月曜日の朝から4時間も物理の勉強をするのですから、最初はなかなか浸透しないし、反発する人もいたようです。
 
しかし、長谷川氏は、
「物理はサイン・コサインや公式や計算ではない。物理は人間形成のためにやるのだといい、普遍的なものを学び合い、心の訓練をし、まちがいのない者には自由で平等にならざるを得ないし、先輩だから、上司だからと押し付けられない、みんな素直にならざるを得ないのだ」と強調し続けたといいます。
 
長谷川氏曰く「こうして、みんなが同じ勉強をし、共通の言葉ができると、新しい機械、新しい仕事に一様に取り組むことができるようになる。ぬけがけもなくなるし、正しいことが受け入れられぬこともなくなり、際限のない生きがいの探求ができるようになったのである。」
 
 
◆力学は哲学である ~名南の法則~
物理学の勉強が人間形成につながり、仕事に対する姿勢も変わっていく・・・
試験勉強として、意味もわからず公式を丸暗記してきた多くの人にとって、そんな体験はないでしょう。したがって、なんとも理解しづらいところと思います。そこで、名南製作所がいう物理学(力学)とは、どんな意味があるのか。長谷川氏の言葉をご紹介します。
 

力学は哲学である(名南の法則)
第一法則(慣性の法則)
慣性とは、人間の保守性のことである
動いているものは、いつまでも動いていようとし、
止まっているものは、いつまでも止まっていようとする。
習慣とか、常識とか、家庭に帰ってホッとするとか、
新しい仕事に取り組みたくなるとか、といった、
できることなら変わりたくない。ナマカワな安住の性格が、
人間生活の一面を大きく退嬰させるものである。
高速道路の真ん中でエンコした車のごとく、
他人の成長に大変な妨害になっていることが、
気づきにくい性質。
自分が後輩を大きく妨げていたことに気付いた時、
すでに後輩たちは大分成長が遅れてしまっている。
本人にわかりにくいので仏教でも特にこのことを
“諸法無我”といって強く教えている

 
第二法則(F=maの法則)
努力すれば必ず成長する。
力を加えれば、必ず加速度を生じ、スピードが上がっていく。
努力し続けることが大切で、努力に時間をかけたものが、
その人の立派なエネルギーとなる

ドンドン、スピードが上がるので、外から押したのでは
ついていけなくなる。そこでエンジンのごとく
自分の内部から力を加え続けなければ、すぐにくたばる。
他人の助けですなわち外から加速しても長続きはしない。
よく注意して思うに、
生まれてこのかた、この長く力を押し続ける体験がほとんどないので、
我々はこの法則を認めることが容易ではないのである。
手からはなれたボーリングの玉を、
走っていって後ろから押してみるとよい

 
第三法則(作用反作用の法則)他人とは、反作用のことである。
作用があれば、必ず反作用があり、
作用の大きさと、反作用の大きさは全く等しい

他人を真の不利に追い込むと、ちゃんとはね返ってくる。
正しい援助をしても同じように正しく反応する。
反作用は、直接、自分の五体には感じない不便な性質がある。
感じないから、ないと思うのが普通で、そう思うのが大まちがいである。
このことを勘違いしている人は、何事でも
いつもうまくいっていない。
ただ力の場合は押すと、即時押し返してくるが、
人間関係の場合は、時間が色々とずれて押し返してくるので、
なかなか認めにくい法則である

物理の勉強は「ものの本質を謙虚に学ぶ訓練」と長谷川氏はいっています。そのような視点で自然の法則を深く学ぶと、人間の性質に関わる部分でも力学に通ずる共通の認識が見えてくるということですね。
自然の摂理=事実認識として物理を理解する。その結果として見出された人間のありようもまた、事実であるということでしょう。
 
 
◆事実の共認① ~株主と会社組織~
《全員株主》
名南製作所は、株式を公開していません。社員みんなで株を持ち合っています。正確には、入社後5年目くらいで社長の持ち株もしくは退職した社員の株を買い上げたものから100株ほどが送られ、株主社員になります。(したがって、実質的には、社員のうち8割くらいが株主だそうです。)
 
そうなると、株主総会は、社員全員が参加する経営者会議に変貌。総会屋対策で株主総会を数分で終える大企業が多いなか、名南製作所の株主総会は、一日がかりで経営の現状分析、問題解決策、将来の展望等について議論する場になるといいます
 
また、株主総会では、社長をはじめ役員を選任します。普通、経営陣を選任する投票権は、保有する株式数に応じて設定されていると思いますが、名南製作所では、一人一票の信任投票。結果として、古参株主や社長の同族など特殊な事情に関わりなく役員が選ばれます。20代の役員が選出されるのも珍しくないそうです
 
この方式は、長谷川氏が青年期に得た「私権観念は無用である」という経験的認識が活かされているといえるでしょう(長谷川氏の経験については前回の記事をご覧ください)。しかし、旧来のやり方を切り捨てるだけでは手落ちです。新しいやり方を見出す必要があります
ここに、物理の勉強で得た事実認識が活かされています。長谷川氏の言葉をお借りすれば「普遍的なものを学び合い、心の訓練をし、まちがいのない者には自由で平等にならざるを得ない」ということ。自然の摂理のなかでは、皆が同じ土俵におり、そのなかで外圧を把握し、協調し、闘っていくということでしょう。
 
《組織形態》
名南製作所には、役員はいるものの、それ以下はありません。普通の会社なら存在する部長や課長がいないということです。曰く「皆が部課長レベルになったので、やめてしまった」のだと。
かつて、長谷川氏が掲げた目標「私は、従業員たちが全ての仕事をこなす能力をもつことを目標にしたのだ。」が実を結んでいるということでしょう。
 
すると、会社の組織(指揮系統等)はどのようになるのか。それが、右の図です。
 
名南製作所には、営業部・生産管理部・・・等などの部署は存在し、社員はどこかには所属しています。しかし、これは大まかに決っているもの。所属する部署から自由にはみ出して他部門に参画することができます 。「自分が参画しなければ上手くいかない」と思ったら、そのテーマの委員会に誰でも参加し意見することができます。やる気があれば、いくつもの会議を掛け持つことになり、当然、忙しくなりますが、皆が率先して参加していく気風が生み出されているといいます。
 
こうした自主管理的な気風も、物理学という事実の共認から生み出されていると思います。たとえば「作用・反作用の法則」によると「期待をすれば、必ず応えてもらえる」となります。主体的に「どうすればよくなるか?」と参加していけば、「必ず成果となってかえってくる」。それがわかれば、活力=加速度が増すし 、モチベーション=運動エネルギーが高まる 、ということでしょう。
 
 
◆事実の共認② ~皆の評価をもとにした「次元給」~
《人間の次元とは?》
名南製作所のやり方のなかで、一番特徴的なのが「次元給」という考え方です。
 
次元給とは「会社の全員の給与を皆の評価で決める」こと。その時に「人、時間、主義主張を超えた普遍性のある尺度」として、物理学の「次元」を用いることを長谷川氏が提案したものです。
 
この背景には人間の価値は内部にあるはずなのに、外部にあらわれるこまごましたものばかりで評価しすぎたのではないか。各自の仕事以外に、他に与える影響力をもっと見るべきではないか。量的評価を質的評価に変え、一面的ではなく、多面的に、立体的に人を見ていこう。これは次元の差に他ならない。給与も次元という評価に伴うものとしてはどうかという発想があるといいます。
 
で、右図が皆の評価の羅針盤、「次元力評価」です。
 
物理学でいうと、ゼロ次元は点、一次元は線(広がりがない)、二次元は面(広がりはあるが厚みがない)、三次元は立体ということになります。四次元以上になると、目で見ることはできません。
 
これを人間に当てはめると、ゼロ次元は乳児(≒猿)、自分だけの仕事で手一杯なのは一次元、自分以外の人をリードできて二次元ということになるといいます。(世間一般の係長クラスを二次元として考えられているそうです)
 
《相互評価》
この「次元力評価」をもとに、各自の次元がどうなっているかを全社員が相互評価します 。そしてその集計結果を5~6人の「給料委員会」が受け取って、話し合って、全員の給与を決める
長谷川氏によると「“他人の運命を自分が決める”という重大な責任行動を体験し合うのです。」ということですから、名南製作所の社員なら一度は給料委員会に参加するということだと思います。
 
次元が上がっていくというのは「停滞しない慣性力の持ち主」という資質であるし、次元が高いというのは「他の人に活力=加速度を与える」影響力、すなわち共認力の持ち主、ということになるでしょう。
 
皆の評価とは、まさしく「事実」であるわけですが、その事実を目に見えるかたちに置き換えたのが「次元」という評価指標。共通言語である物理(事実認識)で評価という事実が対象化できるということです。
 
以下、「次元力評価」を補完する様々な切り口の図解がありますので、是非ご一読を。(じっくり見ると次元力の意味がわかってきます)

 
◆名南製作所の成果品
ここまで、名南製作所の武器、「事実認識」が会社運営に活かされている事例を紹介してきました。では、肝心な現業ではどうなっているのでしょうか・・・。
 
長谷川氏の言葉によると「私の会社は、「利益を上げよ」と一度も言ったことがないのに幸運にも50年以上、黒字経営を続けてきました」
 
たしかに、ホームページには社員114名で年間売上げ61億3千万円(07年)とあります。これは、単純計算で社員一人あたり年間5300万円を売上げていることになります。かなりすごいものがあります。
 
当然、技術力もそれに応じており、名古屋国際木工機械展で開催される「技術優秀賞」(1973年創設)では、過去20回の審査のうち9回も優秀賞を受賞しています。
 
「事実の共認」に貫かれた組織は、現業=現実の圧力に対しても良い結果を生み出し続けることができるという証左でしょう。
 
 
◆事実の体系 ~情報を構造化する「概念装置」を獲得することの重要性~
最後に、上記の話を引用して終わりにします。
 
私たちは、現在、書籍・新聞・テレビ・ネット等など・・・実に多量の情報に囲まれて生きています。しかし、そのなかで本当に重要な情報がどれほどあるのでしょうか
実は、情報の渦に巻かれる私たちは、刹那的な情報に踊らされ耽溺している場合が圧倒的に多い。そして、そればかりに脳の機能が費やされるので、結果として、物事の本質を見出すため追求する力=「観念力」が相当程度弱まっている可能性が高いと思います。
 
名南製作所が、現業でも高い成果を維持しているのは、自然の摂理=事実認識としての物理学を謙虚に学び、それを様々な問題に対しても適用可能な「概念装置」にまで高めているからだと思います。社員全員が概念装置を身につけているので、現業での課題、会社組織としての課題、いずれに対しても高い追求力で思考することができる
これから先、私たちに求められるのは、このような物事の本質を見出す追求力ではないでしょうか。
 
以下、るいネット「7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口」より

同類探索のさらに源泉は、共認充足にある。従って、共認収束⇒同類探索、つまり期応充足を母体とする探索なので、おおむね充足が主・探索が従で、必ずしも一直線に先鋭な探索に向かうわけではない。むしろ、仲間やテレビ・ネットの充足時間あるいは休息時間の中で、たまたま気になる情報があれば吸収するという具合であり、そうであるが故に、逆に膨大な情報に晒され続けることになる
 
市場社会では、私権拡大の可能性が開かれるとともに、生活の回転スピードが高速化したことによって、同類探索が加速され、情報量が数十倍に増大する。それによって、人類は常に過剰な情報刺激に晒されることになったとも言える。
’70年以降は、私権拡大の可能性は終息したが、代わって共認収束の可能性が開かれたことによって、本格的な同類探索≒共認探索が始まり、さらに情報量が増大する。
さらに’90年以降は、経済危機や見通し不安など、危機意識発の同類探索が加わり、ネットの登場も相まって、さらに情報量が増大している
いまや人々は、農家時代の数十倍の情報に晒されており、その情報の洪水の中で、情報を収集するだけでいっぱいになり、それを深く肉体化させる前頭葉の統合力や追求力が異常に低下している可能性が高い。云わば、情報中毒に陥っているとも云える
 
外圧は、原始時代の方が高かったし、その探索の必要も高かったが、五感を通じて得られる情報は限られていた。現在のように、恒常的に情報探索するようになったのは、簡単に情報を収集することが可能になった=発信者(マスコミや学者や評論家や文芸家、更には素人のネット発信)が増えたからである。しかし、発信者は激増したが、役に立つ情報は極めて少ない
 
いったい、マスコミ等の情報探索に時間を費やす価値があるのだろうか?
大災害や大戦の勃発などの大事件は稀にしか起きないし、もし起きれば、その情報は必ず耳に入ってくる。従って、毎日朝晩にマスコミやネットの情報に接するのは、時間の無駄である。実際、試みに数ヶ月テレビを見ず新聞も読まずに暮らしてみても、生活に何の支障もない。その上、現在のマスコミはどうでもよい情報かアンケート等の誘導情報しか流さず、本当に必要な情報は決して報道しない。
本当に必要な情報は、事実の追求によってしか得られない。従って、無駄に消費する時間があるのなら、もっと認識力や追求力を上昇させる追求課題に時間を費やした方がよい
 
しかし、外圧の把握は、本能上も最優先課題であり、情報中毒からの脱出は容易なことではない。おそらく、本能を超えた最先端機能たる観念機能を動員して脱出を図るしかないと思われる。
実際、数十倍に増えたのは専ら観念情報であり、自然を相手に五感を動員していた頃より、総情報量は少ない。五感情報の処理機能は数億年かけて出来上がっているのに対して、観念情報の処理機能がまだ出来ていないのが原因と考えられるが、観念情報の処理は、観念機能自身で当たるしかない
 
膨大な量の観念情報の収集で、統合機能がマヒしてしまう状態を避けるためには、観念情報を瞬時に整理して納められるような整理箱≒観念の系統樹=概念装置を脳内に構築する以外にない。そのような概念装置となり得るのは、徹底した事実の体系である。おそらく、歴史的に塗り重ねられてきた人類の意識の実現構造や社会の実現構造を体系化した史的実現論が、最もそれに近いと考えられる
この概念装置さえ脳内にセットできれば、大半の情報は整理箱に納められ(あるいは捨象され)、納まらない情報のみが系統樹に統合し直すための追求の対象となるそして、追求の結果、系統樹が修正される=組み立て直される

以上です。
(参考および図表の引用元)
・『不思議な会社』鎌田勝 著 三笠書房
・冒頭の画像:有限会社槙設計

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