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2012年05月11日

【新しい潮流と新理論の必要】1.これから生き残る企業に求められる能力は?② ~人類は生物史を覆す大転換を経て、新しい時代に突入しつつある~

前回の記事
【新しい潮流と新理論の必要】1.これから生き残る企業に求められる能力は?① ~現在は、どのくらいの大転換なのか?~
の続きです。
◆私権原理の崩壊
まず、近代市場を拡大させた原動力となっていたのは、何だったのでしょうか?
近代社会では誰もが、少しでも豊かになるために物を買ったり、少しでも金銭的に有利な職場を求めたり、他人を蹴落としてでも出世を目指したり、誰よりもいい女をモノにしたいと願ったりしてきました。このような大衆の意識が原動力となって、近代市場は拡大していきました。
こういった、物・金・地位・領土などを、私の権利と書いて「私権」と言いますが、このように誰もが「私権」の獲得に収束してきたからこそ、近代市場は拡大していったのです。
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そして誰もが「私権」に収束していたという点では、近代に限らず、古代・中世も同様です。古代・中世も、少しでも豊かな生活を求めたり、少しでも有利な身分や立場を欲したり、誰よりもいい女をモノしたいと願っていました。
それは国家も同様であって、ローマ帝国や古代中国の秦帝国に代表されるように、国を上げての冨の獲得に邁進し、その結果、大帝国を築き上げました。
☆つまり、古代~1970年までは、一貫して、誰もが「私権」に収束することによって統合された私権社会史のことだったのです。
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しかし、1970年に豊かさが実現したことで、人々はもはや「私権」には収束しきれなくなります。実際、お金やそれを獲得するための地位は、もはや第一の価値ではなくなり、給料の為だけに働くというのでは、活力は出てこなくなりました。
そしてその結果、個人の意識も、集団も、社会も、「私権」では統合できなくなります。
☆つまり、1970年の豊かさの実現とは「近代市場の終焉」という転換に留まらず、6000年前から続いてきた「私権原理の崩壊」という、文明史を覆すほどの大転換なのです。

◆生存圧力の克服
では、なぜ6000年にも及ぶ長い期間、誰もが「私権」に収束し続けてきたのでしょうか?
それを考えるに当たって重要な認識があります。それは、「全ての生物は、外圧に適応し、進化する中で生き延びてきた」という事実です。全ての生物は、外圧に適応すべく内圧が生じるようになっています。この「外圧=内圧」という関係式は、人類においても普通の摂理です。要するに、人のやる気も活力も、様々な外圧に対応する形でしか生まれ得ないのです。
では、私権時代を通じて、人々に働いていた外圧とは何だったのでしょうか?
それは、生存圧力です。要は「生きるか死ぬかの圧力」のことです。
しかし、「生存圧力」とは、私権時代だけではなく、私権時代以前の人類、さらには全ての生物にかかっている外圧です。人類を含めた全ての生物は、この「生存圧力」に対応して生き延びてきたのです。
1970年の豊かさの実現とは、この「生存圧力の克服」を意味しています。実際、1970年以前の日本の社会では、姨捨てや娘の身売りを行わなければならないほどの、「生きるか死ぬかの圧力」にさらされていました。しかし、現在の日本人で、このような圧力を感じている人はいません。
生物は誕生して以来38億年と気の遠くなるような長い期間に亙って、全ての生物にかかってきた「生存圧力」を、現代の人類だけが克服したのです。
☆つまり、現在、我々が直面しているのは、「生存圧力の克服」という人類史、さらには生物史をも覆す大転換なのです。

古代~1970年までは、「生存圧力」が働いていたからこそ、誰もが「私権」に収束し、「私権原理」が貫徹されていました。また、「私権」に収束しきれなくなると、物的需要が衰弱し、市場は縮小し続け、いずれ終焉することになります。

このように、生物史にまで遡って、歴史段階的な構造から現在の大転換を捉え返すと、もう元には戻らないということが鮮明になってきます。人類は生物史を覆す大転換を経て、新しい時代に突入しつつあるのです。
~続く~

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