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2017年11月07日

創業から165年続く御菓子屋の秘密 ~福島県郡山市柏屋②~子供たちの詩集

前 回は、無料でお菓子とお茶を振舞う「朝茶会」を紹介しました。例え一人で来店しても、皆で美味しいモノを食べられる充足感を味わえる。地域の絆を紡ぎ出す素敵なイベントだと思いました。今回も「日本のいい会社」(ミネルヴァ書房:坂本光司著)から要約しながら、165年続く御菓子屋「柏屋」の謎に迫ってみます。

柏屋の当主は代々「善兵衛」を襲名していて、現在は5代目となっています。柏屋には初代以来200もの家訓がありますが、その中で当主の名である「善兵衛」を襲名する者だけに伝えられる言葉があります。それが「不易流行」と「代々初代」という2つの言葉です。

写真はコチラからお借りしました。

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「不易流行」は「時代と共に変えなければならないことと、変えてはならない信用を守る」であり、「代々初代」とは「一代一代が初めてことを始めるような気持ちで始めるような気持ちで臨みなさい」という意味。この言葉通り、初代から今日に至るまで善兵衛を襲名する者は代々、不屈の精神で薄皮饅頭づくりに取り組んで来ました。

柏屋では時代の変化やお客さんのニーズに耳を傾け、薄皮饅頭だけでなく、新しい製品作りに着手してきました。代が変われば、先代からのアドバイスは一切ありません。「悩んだら仏さんに向かって自問自答しろ。そうすれば答えが出てくる」。そう言われてきたのです。この場合の「仏さまに向かう」とは、それ自身ではなく「仏さま」を通して日頃から触れ合い交流する「皆の想いに同化する」ことでしょう。そしてその同化は、お菓子作りに止まるわけではないのです。

1958年、戦後の混乱期から高度成長期への移行期に、郡山は商工業都市として発展する一方で、暴力団抗争が相次いで起こりました。治安の悪いまち「東北のシカゴ」としての名が広がっていったのです。*昔はアメリカの「シカゴ」はギャングの街の代名詞だったのです。

そんな環境の中で、子供たちが夢を描き、豊かな子供時代を過ごせるようにと、4代目の発案で誕生したのが、児童詩集「青い窓」でした。子供の詩を募集して、町行く人に読んでもらいたいと考えた4代目は、店のショーウィンドウからお菓子を引っ込めて、そこに詩をパネルにして掲載しました。売上に直結するショーウィンドウの商品を下げてまで、子供の詩の素晴らしさを人々に伝えていこうとしたのです。

その「青い窓」は、柏屋にとって大事な財産になりました。1982年から数年間、経営が低迷し、経費削減のため社報を休刊にした時期がありました。5代目が未だ社長になる前「何とか『青い窓』だけは続けたい。」と労働組合に伝えました。すると組合から「こちらの方こそ継続を願っています」と言われたといいます。5代目は嬉しいという気持ちと共に「餡は皮で包むのではなく、まごころで包む」という柏屋全体に浸透する伝統を実感したそうです。

現在、「青い窓」は柏屋各店での展示、ラジオ放送、詩集の出版へと広がり、英語に翻訳され海外でも読まれるほどになっています。

5代目が社長に就任したばかりで何をすればよいか悩んだとき「青い窓」の中の「ポケット」という詩から経営スタンスを学んだそうです。子供たちが詩で夢を表現し、実現できるようにと願いを込めて始めた「青い窓」が柏屋のあり方の道しるべとなったのです。

「ポケット」   東京都小学校3年生 粟辻安子

お母さんの エプロンの
ポケットの中を見ると
ボタンや  はんけち  小さなえんぴつ
ちり紙や  ひもも  はいっている
そのほかにも  まだはいっている
ポケットに手を入れて
いそがしそうに  はたらいている
くしゃみをすると  すぐちり紙を
出してくれる
妹のかおがきたないと
はんけちを出して  かおをふく
おかあさんのポケットでない
みんなのポケットだ

この詩で5代目は「柏屋は社会みんなのポケットになる」という志を持ったのです。業種を超え、詩集出版に展開したのも、根っこにこの志があったからこそ。これが165年企業が継承されていく所以なのです。

 

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