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2019年02月13日

砲丸投げで五輪を制覇した辻谷工業② ~モノの声も読み取り周囲に感謝するスタンスが飽くなき追求を生む~

オリンピックの砲丸投げで三大会連続で金・銀・銅メダルを独占した日本の「砲丸」。それを造った辻谷工業を取り上げています。今回も「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」(阪本光司著:ダイヤモンド社)から一部引用して紹介します。

辻谷政久社長(当時)は、国際規格をクリアする砲丸を作り出すために、それまで材料を仕入れていた埼玉県川口市の鋳物屋で修業させてもらうことになりました。「モノづくり」の原点ともいえる材料を知ることに立ち返ったのです。鋳物工場では、木型や砂型づくりをしたり、バリ(余計な部分)を取り除いたり、何でもやったそうです。

夏は50℃にもなる灼熱の現場で、塩を舐め、水を飲みながらの過酷な作業。その作業を通して辻谷社長はいろんなことに気付きます。

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写真はコチラからお借りしました

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1.季節の差

砲丸の材料を作るには、まず型込めされた鋳型に原料となる鋳鉄を流し込みます。それが自然に冷めるのを待って型から出し割り取ります。水をかけて急激に冷ますと音を立てて割れてしまうからです。この作業は冬なら3日間で出来ますが、夏は4日間かかります。
冷める速度は砲丸の大きさに影響する。夏に作ったものは、冬に作ったものに比べて直径1mm程度大きくなります。したがって夏は少し大きめに削り、反対に冬は小さめに削らないと重さが揃わないのです。

2.重量の差

ルツボの中から高温で溶けた鋳鉄を汲み上げて流し込むとき、先輩社員が外国から来た研修生に向かって大きな声をかけました。「おーい、残り湯は使うなよ」
ん?残り湯って何だ?

早速、辻谷社長は、鋳物屋の工場長を飲みに誘い「残り湯を使うな」の意味を聞き出します。
「溶けた鋳鉄の底の方には重い物質がたくさん入っているので、残った分を改めて使うと『削れない』とお客様からクレームが来る」そうなのです。

砲丸は鉄で出来ていますが、新しい鉄(銑鉄)の比率は40%程度。そこに古い鋳物のスクラップ素材を45%、パイプの切れ端など一般鋼材を15%ほど混ぜて作っています。それらが溶け混ざったものを「湯」と呼ぶのですが、湯には様々な雑成分が混入しているため、1日使っていると湯の底の方に重い物質が溜まってきます。重い物質は硬いので、それを使った鋳鉄は硬くて削って加工することができなくなるのです。

「残り湯にその現象が起こるなら、途中から起こっていても不思議はない」

そう思って150個の砲丸を作ってみると、30個目までは同じ重さなのに、その後は順を追って次第に重くなり、150個目ではなんと150gも重くなっていました。直径が同じでこれだけ重さが違うのですから、20gの誤差が収まらない不良品が続出するのも当然でした。これではマニュアルもコンピューター付きNC旋盤も当てには出来ません。それからは「自分の経験とカンだけを頼り」に試行錯誤で砲丸を削り続けました。

これで砲丸の国際規格をクリアする見通しは立ったのですが、競技の上で最も大切なのは砲丸の重心です。「重心が1mmずれると飛距離が1~2m違う」と言われるほどで、辻谷社長の「納得いく砲丸」とは、国際規格をクリアし重心が真ん中にある砲丸のことです。

重心を真ん中に合わせるために辻谷社長は「重い硬い部分は多めに削り、軽い柔らかい部分は浅く削る」そう。これを1/100ミリの世界で調整していくので、「手のひらに伝わる感触、そして音と光」を羅針盤にしました。

硬い部分を削るときは、手に伝わる抵抗は強く、そして音はキーンと高い音。逆に柔らかい部分を削るときは、抵抗は弱く、音はモゾモゾとした音。そして削った後のツヤも、硬い部分は加工時に光っているが、柔らかい部分は鈍い色をしている。」

五輪でメダルを独占した当時、東京藝術大学の先生がその音を聞きに来て、そのうち音楽の先生だけが3段階で聞き分けたそうですが、辻谷社長は5段階で聞き分けていたそうです。モノの声や表情を読み取ろうと研ぎ澄まされた辻谷社長の五感は、大学教授では到底追いつけないレベルなのです。

それでも辻谷社長はとことん謙虚です。1996年アテネ五輪、2000年シドニー五輪とメダル独占を続けたことで、アメリカの大手スポーツ用品メーカーが技術的なライセンスの譲渡を条件に「週給2万ドルの3年契約」で技術指導のオファーをしてきました。当時のレートで年間1億円の大型契約でしたが、辻谷社長は断ったそうです。
試作に明け暮れていた頃、修行させてもらっていた鋳物工場の社長は「費用は、完成した分だけでいい」と言って、失敗した分の材料費を取らなかったそうです。そうしたこともあって、この技術は、自分一人で身に付けたものではない、砲丸も自分ひとりで作ったものではない、と協力してくれた人たちへの恩義と絆を大切にしたのです。「あきらめたら終わり」ですが「出来たと思っても終わり」です。辻谷社長の謙虚さと周囲への感謝がとことん追求意欲を駆り立てていくのです。常識を突き抜ける追求力こそが、市場の中に唯一無二の存在としての生きる場を造ることが出来るのです。

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