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2010年10月28日

いい男への道 ~喜んでもらうための実現思考の組み立て方~

こんにちは :D よしたつです
今月もいい男への道の回が廻ってきました。今回もとても活きのいい新鮮な気付きをお届けしますね。
ところで、『気付き』といえば、学生時代を振りかえると驚くほど何も無かったなぁと思います。大学、大学院とまで出て親には申し訳ないのですが、改めて思えば日々を意味も無く過ごしていたように感じます。課題や研究ってその都度達成感はあっても、実は何にも残らないものばかりでした。でも今、社会人になって、毎日のように気付きが生まれてくるのは、仕事の対象が『現実どうする?』という生きた課題を目の前にしているからだと感じています。そんな現実の中で生まれてくる気付きの中でも、ここ最近の大きな気付きを是非とも発信したいと思います。

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今回、Sさん監修の下、とある建設工事の設計を意匠担当として一人でやらせてもらいました。外装、開口、内装の検討など、小さいながらも盛りだくさんで、すごく勉強になりました。
まず、今回の気付きを一言で言うならば、『対象が意識されていないと喜んでもらう実現思考の組み立てができない』ということです。
相手に喜んでもらうために、何かを実現するには、まず大前提に実現イメージ(ここではコンセプトと言い換えます)が必要になります。コンセプトは、実現の種(たね)であり、この種(たね)を基に、幹をつくり、枝や葉を這わせながら成長させていく過程が、実現思考の大きな流れです。

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設計をするときもこれがやっぱり基本となっています。しかし、設計の段階が進む中でコンセプトがいつのまにかお題目化してしまうことがありました。それに気付けたのが、設計途中段階でのSさんに「今回の建物についてプレゼンしてみて」と言われたときでした。初めのコンセプトまでは出てきても、ここ見てスゴイでしょアピールが出来ません。淡々と仕上や法規上の留意点のみで、終わってしまいました。
そこで言われたSさんの一言に思わず納得です「コンセプトがお題目化してるよ!」と。
そう、今回のコンセプトは、歴史ある学校の原風景の実現、学校を訪れる際の最初の顔です。それが図面に繁栄されていない、感じにくい。どうそれを実現したの?が見えてこない。
この原因は、コンセプトにあるはずの対象の先(客先やユーザー、近隣住民や関係各所の期待)と、行動(図面)がリンクされていないことにありました。もう少し具体的に言えば、今回で言えば学校の設計、その先に理事長や先生、そして施設課、OG、OB、入学希望者などと、そこに関わる対象が存在します。その対象を視野に入れて、大項目のコンセプトを咀嚼して初めて、デザイン性、機能性、メンテナンス性、防災対策、防犯対策、コストパフォーマンスなどの、中項目が浮かびあがるのに、これなしで、過去の事例を参考に仕様設定をしていたのです。これでは相手の期待に応えられる設計が実現できるわけがありません。
相手に同化した設計とは、まさに常に先にいる対象へと意識が伸びた上で思考しているかということです。そこを固めきらずに書き出してしまうというのは、まさに以前Sさんが社内板(会社のイントラネット)で指摘していた設計方針『決めてから書く』を徹底しない限りうまくいかない!と同じ現象になっていました。
今回の現業を通して、喜んでもらうための実現思考の仕方に気付けたと共に、様々な場面でこういう状況に陥ることがありそうだと感じました。その突破口は、コンセプトにあるはずの対象の先にとことん同化して、大項目から中項目、小項目へとつなげながら、具現化していくことに他ならないのだと感じました。こういった思考ができれば、もっとこうしたらいいもの出来そうという発想もたくさん出そうで、充足しそうです。
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コメント

就業人口のシミュレーション、おもしろいですね☆+゜
直感的にも、女性は子育て後の再就職がスムースにいけばすごい戦力になる気がしています^^
増えていく高齢者への期待も大きくなりそうですね。
これからの働き手の役割・期待がどうなっていくのか、続きを楽しみにしています^▽^

  • チウエ*
  • 2011年4月20日 19:23

学歴インフレーション?といった言葉も聞いたことがありますが、確かに「高校」「大学」だけが価値のある教育の場、として共認されてしまったことで、多くの価値ある教育機能が失われたようにも思います。
例えば農業高校、工業高校は、工業生産から意識生産へと社会の生産構造が変遷する中で、うまく適応していけなかった。
今であれば農業=第六次産業と言われるように、うまく意識生産の要素を取り込んだ教育サイトとして進化することは十分に可能だっただろう。
時代の変化を読み、集団を変化させて、適応していくという生命原理の大切さを感じた。

  • たむたむ
  • 2011年4月28日 11:37

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