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2011年01月24日

共認時代への道しるべ~潮流2:戦後日本の意識潮流

『潮流1:共認原理と私権原理』では、6000年前に勃発した略奪闘争以降、社会の統合様式が、序列統合=私権統合へと転換したことを扱いました。
その後、近代になると(200年前以降)それまでの序列統合を解体させつつ市場が急拡大していきます。
  
市場を拡大していった原動力とは、何なのでしょうか?
今回は、明治時代以降の日本に焦点をあてて、市場が拡大していく過程をみていきたいと思います。
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明治時代、士族の消滅と藩に代わる中央議会制度の成立によって、序列制度は表面上は無くなったが、1800年来培われてきた序列規範は強く残存し続けていた。
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枢密院
その後、市場の拡大につれて、恋愛や小説や新聞が繁殖してゆき、序列規範も少しずつ衰え始める。しかし、国家の体制が変わっても、集団を統合する新たな統合原理は登場せず、官庁や企業では序列制度がそのまま残存し、現在も序列制度はそのまま続いている。
これは、極めて重大な問題である。まやかしの近代思想に染められた識者たちは、この点に触れることを避け、この問題から逃げ続けてきたが、それは彼らの口にする「民主主義」が欺瞞に満ちた騙しであることを端的に示している。経済破局後の新たな時代に向けて、今求められているのは、日々、大半の時間と精力を費やす仕事の場=企業集団を、いかにして序列原理の集団から共認原理の集団に改造してゆくかという、その答えである。
(その答えの一例が、自主管理への招待です。)

民主制度はもっとも的確な政策を決定できる政治制度ではなく、国民の支配者に対する不満や嫉妬感情を効率的に消化、分散、ガス抜きできるために、もっとも内乱や革命が大規模化しにくい政治体制なのである。(wikipedia~民主主義より~)
この一文からも分かるとおり現実は序列制度です。世界には貴族国家・独裁国家がまだ多数ありますが本質的な原理(序列原理)は変わらないのです。
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さて、露店でも企業を序列原理の集団から共認原理の集団に改造していく可能性を話しています。「君主制企業から民主主義企業への転換ってことですね」、とお客さんから言われたりします。確かに既存の言葉を当てはめればそうなります。しかし、重要なのは働いている構成員の活力(モチベーション)があるかどうか。構成員のモチベーションが高く、労働生産性が高いほど、より強い組織となれることは自明ですよね。要は構成員の活力の出る体制に転換しましょうってことなんです。

戦後になると、’50年代、’60年代の理由なき反抗、怒れる若者たちetcの現象が示すように、序列規範が一気に解体されてゆく。
しかし、それは市場拡大を担う消費の主役として期待され持ち上げられてきた若者たちによる農村育ちの親父世代に対する反抗、主要には個人主義etcの都市的思潮による農村的規範への反発であった。つまり、それは農業から工業への生産様式の移行に伴う変化にすぎない(注:一般には、戦後憲法によって前時代的な序列規範は大きく崩れていったように見られているが、憲法は生産様式の移行に伴う変化を加速しただけである。)
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従って、序列規範が衰退しても、貧困が残存している上に、企業には序列制度がそのまま残存しており、身分や私益を追求する私権欠乏は衰えを知らずむしろ強まってゆく。だからこそ、’60年代、’70年代は、自由な性(正確には商品価値の性=自我・私権の性)が花盛りとなったのである。
要するに、戦後も、私権統合の社会であることに何の変わりもなかった。しかし、その間に、恋愛と消費に支えられたマスコミ権力が強固に根を下ろしてゆき、マスコミの共認権力は、資本権力に迫る勢いを示し始める。
(注:いつの時代でも、戦争etc激動の時代には国家権力が強くなり、小康・安定の時代には教会etcの共認権力が強くなる。但し、近代以降は、資本権力が国家権力にとって代わって第一権力となっている。戦後も、混乱期は資本権力の方がマスコミ権力より強いが、’50年代・’60年代と社会が安定してゆくにつれて、次第にマスコミ権力が資本権力に拮抗する力を持ち始めてゆく。)

市場拡大の原動力には「性市場」「性闘争」があったというのは驚きでしょうか?
実は過去の歴史における市場の爆発的な拡大期と「性の解放」はリンクするのです。ルネサンス→大航海時代では、性愛の正当化観念が市場の拡大を牽引しました。戦後の日本においては、これまでの規範が崩れ去り自由な性が蔓延します。これもまた日本の高度経済成長の大きな要因となっているのです。
戦後日本では、家父長制(序列規範)と、自由な性の蔓延は決定的に対立します。家父長制という壁(外圧)があるからこそ恋愛は炎のように燃え上がるのです。バブル期では女性の性権力が頂点に達し、「アッシー」「ミツグくん」などが登場します。
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しかし「自我の性」では男も女も充たされないことが分かってくると、バブル期の男の女忌避=オタク化を発端に、性はどんどん衰弱。あわせて架空観念(恋愛・自由・個人)も信憑性を失い、いまや市場拡大のエンジンとして機能しなりました
’70年以降、貧困の消滅によって、性を中心とする私権エネルギーが衰弱し市場は縮小過程に入ります。次回は、大転換していく’70年以降のようすをみていきます。お楽しみに♪

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