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2011年09月27日

共同体社会の実現に向けて【4】 私権時代から共認時代への大転換(下)

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画像はこちらからお借りしました。
前回の記事では、我々が生きている現実の社会はどのように形成され、どのように動いているのかを解明するため、「現実世界を動かしている力の構造」に焦点を当てました
古代国家の成立過程~近代市場社会の拡大~現代社会の基本構造まで、歴史を遡って整理しましたが、ポイントは、一貫して「力の原理」で統合されてきたことです。
誰もが私権(地位や財産)の獲得を目指して争う私権統合の社会においては、私権の獲得に必要な「力」がものを言うことになり、力の弱い者は力の強いものに従うしかなくなる、という大きなパラダイムの限界とも言えます
しかし、この「力の原理」というパラダイムは、永遠に不変のものではありません
そのパラダイムを根底から突破するような新しい潮流は、我々大衆の現在進行形の潜在的な意識潮流から、またより大きな人類史の構造から発掘することができます
これまでのシリーズ記事
共同体社会の実現に向けて【1】 近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機(上)
共同体社会の実現に向けて【2】 近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機(下)
共同体社会の実現に向けて【3】 私権時代から共認時代への大転換(上)
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【力の原理から共認原理への大転換】
この世界を変えるには、現実を動かしている力の構造を解明するだけではなく、さらに、その力の構造を根底から突き破ってゆくような実現基盤が、発掘され提示されなければならない。
その実現基盤は、何か?
力の原理が働くには、一つの大きな前提条件がある。それは貧困(飢餓)の圧力である。貧困の圧力が働いているからこそ、誰もが私権に収束し、力の原理が貫徹される。
実際、古代~近代を貫いて、紛れも無く人類は常に貧困の圧力に晒されてきた。だからこそ、力の原理が支配する私権社会になったのである。
ところが’70年頃、先進国では物的な豊かさがほぼ実現され、貧困の圧力が消滅してゆく。その先頭に立つことになったのが、日本である。
貧困が消滅すると、私権を獲得しようとする欲求=私権欠乏が衰弱してゆく。
従って、物的欠乏も衰弱し、市場は縮小せざるを得なくなる。
また、私権圧力が衰弱すると、誰も必死に働こうとはしなくなり、全般的に活力が衰弱し、指揮系統も機能しなくなってゆく。
この私権の衰弱を象徴しているのが、労組の衰退である。実際、賃上げを主要な目的としてきた労働組合は、’70年、豊かさが実現するやいなやたちまち衰弱していった。その原因が、私権圧力の衰弱にあることは明白だろう。
しかし、それは同時に、私権欠乏に基づく、統合階級に対する監視圧力をも衰弱させることになり、その後の(特に’90年以降の)統合階級の暴走とその結果としての格差の拡大を許す原因ともなっている。
こうして、豊かさが実現されたがゆえに(私権の監視圧力が衰弱し)、格差が拡大するという、分かり難い社会が出来てしまったわけである。

過去数千年、力の原理が働く前提となってきた貧困の圧力の消滅、これが時代の大転換のキーになっています。
参考投稿
これを読めば時代がわかる!最新版~潮流4:輸血経済(自由市場の終焉)
’70年以降日本の国の借金はどんどん増えて、今や1000兆円に達しようとしています。これは貧困の消滅とともに、人々の私権欠乏が衰弱 物的欠乏も衰弱し 、市場は縮小過程に入ったことが根本原因です
市場の縮小に危機感を覚えた特権階級は、時代の流れに逆行して国に借金をすることで市場に資金を注入する ことで何とか市場の拡大を維持しようとしていった、それが莫大な国の借金の正体です  
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        画像の確認
                      
潮流7:暴走する社会(特権階級の暴走と下層階級の暴走)%E7%AE%A1%E5%86%85%E9%96%A3.jpg
私権原理が崩壊し大衆が共認収束に向かう中、特権階級の暴走がひどくなっていきます
これは特権階級が 、大衆の無関心をいいことに自分たちに有利な制度を作り、格差を拡大していったからです
画像はこちらからお借りしました。
このように’70年以降の様々な社会の機能不全も貧困の消滅→私権の衰弱→力の原理の衰弱という大きな時代変化が底流にあることがわかります。
しかし社会の機能不全が進行する一方で、新たな潮流も登場します。

貧困の圧力に基づく、私権を獲得しなければ生きていけないという否も応もない強制圧力=私権圧力の衰弱とは、力の原理の衰弱に他ならない。
力の原理が衰弱していけば、人々が、その強制から脱して、人類本来の共認原理に回帰してゆくのは必然である。(※共認原理とは:リンク)
かくして人々は、’70年以降、最も深い潜在思念の地平で、次々と私権収束から脱して共認収束を強めていった。
この共認収束の潮流は、半世紀以上は続く大潮流であり、現在は転換の途上であるが、すでに10年以上前から、大多数の人々にとって、周りの期待に応える充足こそが、(私権充足に代わる)最大の活力源になっており、いまやこの期応充足の土壌から生み出された課題収束が、最先端の意識潮流として、顕現している。
さらには、このような共認収束の大潮流の中から、共認原理に則った共同体を志向する企業も次々と生まれてくるようになった。
つまり、この40年の間に、人々は、もっとも深い潜在思念の地平で、私権収束から共認収束への大転換を成し遂げたのである。
それは、社会の根底的な統合原理が、私権原理から共認原理へと転換したことを意味する。
物的な豊かさが実現された以上、私権収束⇒私権統合の社会が終焉し、共認収束⇒共認統合の社会、すなわち、人々が、状況を共認し、課題を共認し、規範を共認し、それらの共認内容に収束することによって統合される社会に移行してゆくのは必然である。
現在の、意識潮流の先に人々が求めているものも、間違いなく共認社会(古い言葉で言えば、共同体社会)であると言えるだろう。

参考投稿
超国家・超市場論13 人類の新たな活力源=圧力源 
“生きる意味”は、みんなの(期待に応える)中にある
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こうした収束不全の中から、新たな活力源=潜在思念の可能性収束先として芽生えてきたのが、まわりの役に立って喜んでもらうこと、みんなの期待の応えること、つまり共に認め合う「共認充足」そのものです
画像はこちらからお借りしました。
潮流1:共認原理と私権原理 
%E6%9C%AA%E9%96%8B%E9%83%A8%E6%97%8F.jpg力の原理から共認原理への転換は単なる理想や願望ではありません。人類は500万年の歴史のほとんどを、猿時代に獲得した共認機能→共認充足を最大の活力源として生きてきました。貧困が消滅し私権獲得が活力源になり得なくなれば、必然的に人類本来の(人類の記憶と体に深く刻まれた)活力源である共認充足に収束します。これこそが、人類社会が私権統合の社会から共認統合の社会へ転換していける実現基盤なのです。
画像はこちらからお借りしました。
以上を図解化すると次のようになります。
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必要なのは地に足をつけた共同体企業の建設】
共同体社会というと、「社会」の方に目が向かい勝ちだが、重要なのは共同体社会の構成単位=原点となる、集団=企業である。
普通の人にとって、もっとも身近な現実の場は職場である。そこには常に大きな圧力が加わっており、従って、誰もがエネルギーの大半をそこで費やしている。従って、現実を改革したいのなら、まず己の現実の職場を改革すべく尽力すべきだろう。
現実に強い圧力が加わっている職場では何も言えない者が、直接には己に何の圧力も加えてこない「社会」に向かって何を主張しても、それは逃避行為でしかない。当然そんな主張は、すべて偽物である。
本当に社会を良くしたいのなら、まず、もっとも身近な現実の場である職場をどうすれば改善できるのかを提示し、その上で、社会をどうするかを提示すべきだろう。
現実の職場を何一つ改革できない、ただの口舌の徒に、社会を語る資格はない。
今必要なのは、遠く離れた抽象的な「社会」ではなく、現実に密着した生活の拠点たる職場を共同体に作りかえること、つまり、企業の共同体化である。この企業の共同体化から、地に足をつけた新しい共同体社会の構築が、着実に進行してゆく。
統合階級が牛耳る上辺の「社会」がどれほど迷走しようとも、現実の地に共同体を建設することは可能であり、むしろ社会が崩壊に向かっているとすれば、なおさら共同体の建設こそが崩壊を突き抜けて新しい社会を実現してゆく唯一の突破口になるはずである。
すでに、私権原理から共認原理への転換に伴って、共同体を志向する企業が、次々と生まれてきている。それに、貧困が消滅して私権圧力が衰弱し始めた40年前に、すでに、共同体・類グループが登場しており、企業を共同体化する上で必要な様々な成功事例や方法論やそれを支える新しい認識群が蓄積されている。
それを応用すれば、割と簡単に企業を共同体化することができるはずである。
すでに、社会の統合原理は、私権原理から共認原理に転換した。それに伴って、企業も共同体に転換してゆく時代に入ったのである。

以下は共同体を志向する企業の一例です。
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画像の確認
近年、次々と生まれてきている共同体企業には様々な業種・形態がありますが、共通するポイントは、期待・応合により顧客・社員の活力を上昇 させるシステムを採用し、成功させていることにあります。
既に共認原理へと大転換した現在は、社員の期応充足を高め、課題収束を顕在化させる仕組みづくりこそが企業の成果上昇のために最も必要なことなのです
こうした、共認原理を着実に体現する共同体企業群がますます増え、さらにネットワークとしてつながっていくことで、力の原理による支配とは全く異なる社会が立ち現れてきます 😛
共同体企業の建設⇒ネットワーク⇒共同体社会の構築へ
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古代から現代へと続いてきた「力の原理」は既に無効化しつつあり、したがって現代社会を牛耳る、金貸し→特権階級による上からの支配も無効、原理的に存続不可能です
それら支配勢力に変わって、下からの、地に足をつけた集団形成=共同体企業の建設が新しい社会の基礎づくりとなり、その共同体のネットワークから新しい社会を構築していくことが求められます。
これは来るべき地球危機や経済危機(そして答えを出せない統合階級の崩壊)に備える意味でも極めて重要な認識、突破口です
私権時代5000年続いた力の構造を根底から転換する実現基盤は既に現実の中に登場しています。それが共認時代(共認原理)への大転換。
「自分たちの生きる場を自分たちの手で構築してゆく」その大きな充足可能性が開かれている時代なのです

 

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