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2012年05月17日

『企業の進むべき道』⑤~閨閥の歴史に迫る その1:政界を牛耳る歴代宰相・政治家~高級官僚閨閥~

●はじめに
みなさん、こんにちは 😀
今日の話題は、「閨閥の歴史」です
プロローグ ~支配階級の私権意識が、歴史を歪めている~に続いて、具体的に進めていきます。題して「政界を牛耳る歴代宰相・政治家~高級官僚閨閥~」
 
閨閥の広がりは、政界・財界・学界など様々な世界が入り乱れています。そのため、一刀両断には出来ません。かといって、網羅的に押えても訳がわからない そこで、今回は「政界」を中心にして閨閥を俯瞰します。歴史的には、戦後。まずは、閨閥の大きな変化から見てみましょう

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●閨閥の変遷
1)概略
我が国の支配者階級は、太平洋戦争を境にして大きく変わりました。それには、敗戦による「軍部解体」、GHQの占領政策「華族制度」の廃止「財閥解体」が関っています。すなわち、軍部もしくは華族を中心とした政治、および財閥系企業群に支配されてきた経済、これらが一変した ということです。その結果、「高級エリート官僚」が閨閥を構成するようになります。以下、その経緯を詳しく見てみましょう。
 
2)戦前の支配階級構成・・・内閣総理大臣の出身
現在の日本には、(名目上)軍がありません。また、華族が政治の実権を握ってもいない。したがって、戦前の日本でどんな人が権力を握っていたのか、実感し難いと思います。そこで、明治~戦前の内閣総理大臣を出身別に数えてみました。すると、当時の支配階級の構成を察することができる結果になりました
第1代の伊藤博文から敗戦まで全42代の内閣総理大臣が誕生していますが、出身別ランキングはこんな感じです。
 
位・・・軍人出身:19代
位・・・官僚出身: 9代
位・・・藩閥出身: 8代
位・・・公家出身: 5代
位・・・その他 : 1代(犬養毅:新聞記者→衆議院議員・・・五・一五事件)
 
※参考「内閣総理大臣の一覧
 
なんと全42代中19代、半分弱が軍人出身の総理大臣です 官僚出身はその半分にも満たない。まさに、軍部が実権を握っていたのが戦前の日本だったということでしょう
 
3)戦後の支配階級・・・高級エリート官僚の進出
先述のとおり、GHQは占領政策として日本の支配体制を一変させます。しかし、彼らは「官僚機構」だけは残しますその意図は、官僚を抱きこむことで戦後日本を有意に支配するための選択だったと思われます。そして、その意図どおりに、現在につながる官僚政治が完成します。
官僚とは、企画力・組織力に優れ、政治方針の汲み取りに特殊な嗅覚をもつ人たちです。そんな人たちの目の前で、大物政治家・財界人らが軒並み“公職追放”にあいます。軍部も解体。犯罪者扱いされて場合によっては処刑されるなど、権力の座からは完全に引き摺り下ろされました。官僚にとっては、まさに、自分たちだけが追放や解体を免れて生き残るかたちが出来たことになります。
そんな千載一遇のチャンスをエリート官僚が見逃すわけがありません 8) 彼らは、鬼の居ぬ間に官僚機構を肥大化させながら、政治権力の中枢に進出し、事実上「乗っ取り 」をはかったわけです。
 
4)戦後の支配階級構成・・・内閣総理大臣の出身
まずは、以下のリストをご覧ください。
 
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これは、1989年現在の「戦後歴代総理一覧」です。ちょっと古い資料ですが、注目すべきはピンク色でマーキングしたところ。東大(・京大)→官僚というエリートコースをたどった官僚が内閣総理大臣の多数を占めています。実に、全18人のうち10人が東大(・京大)卒でかつ官僚出身。
戦後日本の官僚は、まさに、政治権力の「乗っ取り」を完遂させたと見ることが出来るでしょう
 
5)官僚→閨閥
「戦後歴代総理一覧」をもうちょっと詳しく見ると、内閣総理大臣まで登りつめる官僚は、大蔵省と外務省が多いです。実際、閨閥につながる官僚は、大蔵省(現財務省)・外務省・通産省(現経産省)が“御三家といわれています。
1987年の資料によると、内閣総理大臣経験者の家系は・・・
 
・福田赳夫:二人の娘の婿は両方とも大蔵官僚で、一人は衆議院議員
・池田勇人:婿養子は大蔵官僚出身で衆議院議員
・大平正芳:娘婿は大蔵官僚出身で衆議院議員
・鈴木善幸:娘婿は大蔵官僚
 
となっています。
さらに細かく見ていくと、1987年当時、大蔵省出身の国会議員は32名。全議員のうち閨閥議員は174人(3人に1人 )。自民党だけで見ると、実に127人(2人に1人 )が閨閥議員となっています。
有力な政治家になるためには、有名大学を出て、大蔵(財務)・外務・通産(経産) いずれかの官僚になり、有力な政治家の娘婿になる。すなわち、閨閥の住人になるのが最も確実で近道ということです。これは現在も変わっていません。
 
 
●天皇家との距離
歴史上、支配階級には「富」「権力」「名誉」が不可欠といわれています。現在の閨閥も例外ではありません。この“三種の神器”を手にして、保持し続けるために、延々と政略結婚が続いています
では、現在の閨閥の住人が求める“三種の神器”とは何でしょうか。「富」は財力=お金、「権力」は政治権力のこと。これはわかりやすい。しかし、「名誉」というのは、大衆意識からは想像し難いと思います。実は、閨閥の住人にとって、「名誉」とは『天皇家との距離』なのです。
 
権力と財力は結びつきやすく、ある意味、容易に閨閥を形成できます。具体的には、政治家系と大手ゼネコン家系が血縁関係になる事例がそれです(中曽根康弘など)。すなわち、[政治資金を融通する]⇔[特定の産業に有利な政策をとる](中曽根の場合は鹿島:原発)という大変わかりやすい利権構造に基づく政略結婚です。
しかし、そのような「力」同士が結びついていっても、似た者同士で甲乙がつかなくなります。そんなときに“家系識別のものさし”が必要になります。それが、天皇家との距離=「名誉」というわけです。
 
戦後憲法では、華族制度は廃止されました。「国民は法の下に等しく平等」となり、「天皇は象徴」となっています。しかし、その分だけ、かつての天皇の藩屏を形づくっていた「華族の血」が『名門 』『門閥 』として重視されているのが現在の閨閥の世界なのです
 
 
●現在の閨閥
現在の閨閥は、大きく見れば、政治権力の支配者である政治家・高級エリート官僚が中核になっています。そして、その周辺に財界実力者家系や、旧華族、天皇外戚家系がいて、華をそえるかたちになっています。
しかし、だからといって政治家や高級エリート官僚が最も強いわけではありません。互いに持ちつ持たれつ。時代の流れがもたらす栄枯盛衰のなかで、利害関係の一致する相手を見つけて閨閥を形づくっていく、その中心にたまたま政治家や高級エリート官僚がいるということでしょう。
 
 
●政治家閨閥・・・具体的事例
まず、以下の家系図を見てください。
 

 
これは「総理大臣の藩閥・世襲・閨閥」です。
(画像はこちらからお借りし、歴代の総理大臣にピンク色でマーキングしました)
 
延々と戦国時代までつながる家系概略図。ピンク色でマーキングされた歴代の総理大臣を見てみると「皆つながっているじゃないか」という印象を持たざるを得ません
以下、その中で、有名な家系として、「佐藤・岸 家」と「鳩山家」を紹介します。
 
1)佐藤・岸 家
・長州閨閥

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(画像はこちらこちらからお借りしました。)
兄弟宰相として大変有名な佐藤・岸兄弟の閨閥は、一言で表せば、「長州閨閥の頂点 」です。その閨閥地図を広げれば、維新の元勲から明治政府の元老をはじめ、大正、昭和の実力政治家、高級軍人、高級官僚、学者、大学教授、大企業会長・・・そうそうたる顔ぶれが揃っています。
この背景には明治維新で作り上げられた「薩長閥」のつながりから、長州出身であるという地縁閥があります これまでに長州出身の総理大臣は8人いますが、そのうち5人が閨閥でつながっていることからも長州閨閥の支配力の高さが伺われます。長州以外ではさらに、吉田茂・三木武夫・西園寺公望・鳩山一郎・池田勇人・鈴木善幸・宮沢喜一・麻生太郎など、歴代総理にも系譜が伸びています。そのため、佐藤・岸家は「総理大臣の系譜」と呼ばれています
 
・外交官とのつながり
また、同家の閨閥地図上には、戦前から戦後へと続いた外交の歴史(対米外交の嫡流)で数多くの時代の脚光をあびた外交官たちが連綿と顔を揃えていることも見逃せない事実です。例えば、出淵勝次・朝海浩一郎・吉田茂・井口貞夫らがあげられます。このような日米外交の主役たちが、不思議と佐藤・岸家の閨閥地図上で全員が一本の線でつながっているのです
 
岸信介と佐藤栄作は、兄弟で11年以上も政権を手中にしていました。これは、日本の憲政史上最長です。その要因となったのは、維新からつながる政治中枢の人脈、そして、わが国の外交の嫡流を形成しているエリート外交官たち。まさに、閨閥によって形成された支配構造であったといえるでしょう
 
2)鳩山家
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(画像はこちらからお借りしました。)
・エリート学者家系とのつながり
一族直系で四代続いての国会議員を輩出した鳩山家。一見すると、鳩山家=政治家一族というイメージが先行しがちです。しかし、実は係累の本筋は、政治エリート家系よりも学者・教育者としての血筋の方が勝っています。それは、わが国近代学問創成時から、学界の最高権威のルーツを形づくっているといっても過言ではないほどです
具体的には、西洋近代学問の先駆者である箕作家、近代数学教育基礎を確立した菊池家、憲法学の美濃部家、労働法学の創始者である末弘家、物理学の権威である長岡家など、超一流の学者が揃う家系があげられます。鳩山家も和夫は弁護士界の先駆者といわれるほどの法律学者で、妻春子も女子教育界の先駆者といわれ、一郎の弟の秀夫も民法学の権威で東大教授でした。
 
・政官財の有力家系とのつながり
一方、政官財の有力家系とのつながりも決して少なくありません。
具体的に財のつながりをあげると、一郎の長女は元輸出入銀行総裁、二女はソニー取締役、威一郎の妻はブリヂストン宗家の石橋正二郎の長女、長女は第一勧業銀行名誉会長の長男に嫁いでいます。さらに見ていくと、大手自動車会社、大手ゼネコン、高級官僚、都知事、県知事、旧華族・・・切りがありません。特徴的なのは、名門家系を通じて二重閨閥関係を形成し、血のつながりをより強く深くしている点です。一代限りの形式的な血縁関係ではない閨閥を形成しています。
 
ちなみに、 由紀夫・邦夫兄弟 はその中でも異質です。こうした名門家系ならば、相応の家系と結びつくのが通例ですが、二人は“脱閨閥”に走っています 由紀夫の妻は元タカラジェンヌ、邦夫の妻は元タレントと、まったくの自由恋愛結婚。これに対して、鳩山家は誰も反対せず祝福したといいます。
1)で登場した佐藤栄作。この長男が、閨閥づくりを無視して秘密結婚した時、栄作は激怒し 長男を勘当したといいますから、鳩山家の反応は正反対。栄作の意思が正常な閨閥のありようならば、鳩山家の人々は正常ではないのかもしれません。
 
 
●閨閥:現在の位置づけと問題点
1)意識の乖離
閨閥とは、ごくわずかな支配階級が血縁で結ばれ、財力・権力・名誉を独占する構造です。彼らの第一価値は「私権(己の利権)」。そのために有益な相手を見つけて、結びついていきます。
政界の閨閥も同様。“民主的”な選挙によって選ばれたはずの有力議員の系譜を見れば、その多くが閨閥の住人です。これは、とりもなおさず、政治家の多くが私権を第一価値とする人々ということ。これはまぎれもない事実です。
 
一方、私たち一般庶民は、1970年ごろに貧困が消滅したことで、私権を第一価値とみなさない人がどんどん増えていきました。40年経った今では、もはやそれが大多数になっています。これもまぎれもない事実です。
 
40年の間に、閨閥の住人と大衆の意識は決定的に乖離しました。いまや正反対の方向を向いているといって良いでしょう 99%の一般庶民と真逆を向いているということは「取り残されている」と表現した方が正しいかもしれません
 
2)これからの可能性は?
昨年、震災と原発事故という誤魔化しようのない圧力が日本を襲いました。その結果、学者をはじめエリートと呼ばれる人たちが、とんでもなく無能であることが明らかになりました。政治家や官僚も例外ではありません。閨閥の住人である政治家や官僚も、内ゲバのような権力闘争を優先し、国民生活はそっちのけです。
なぜ、今というときに、己の利益確保に走ってしまうのか。もはや、いうまでもないでしょう。彼らは「それしか知らない」のです。彼らが無能なのは、必然なのです
 
「そんな人たちが支配階級では困る」
今、ツイッターや様々なブログでは、このような発信が増えています。これは、支配階級と大衆意識の乖離が捨て置けない状況まで高まっているということであり、それを排除しようとする動きです。
 
感情論では闘えません。事実構造を明らかにし、問題がどこにあるのかを明らかにしていくことが、今 必要なのだと思います。
 
その一助となるよう、次回も追求します。ご期待ください
 
 

参考・引用文献
■鈴木幸夫著(1965)『閨閥 -結婚で固められる日本の支配者集団-』
■佐藤朝泰著(1987)『閨閥 -日本のニュー・エスタブリッシュメント-』
■神 一行著(2002)『閨閥 改訂新版 -特権階級の盛衰の系譜-』

 

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