2013年02月05日
物流業界の可能性は? ~中編その2:「宅配」はなぜ新しいのか~
私達の日常や、産業界全体の活動と密接に関わっている「物流業界」は現在、輸送量の頭打ち、物流コストの削減、同業者の激増、という【3重の圧力】にさらされています。物流業界がこの3重苦から抜け出すには、どうすれば良いのか? 物流業界の次代の可能性は、どこにあるのか?
それを探るため、物流業界の歴史をさかのぼり、前回の記事では、トラック輸送が急拡大した「戦後~1960年代:大量生産・大量消費の時代」を見てきました。
過去記事:
物流業界の可能性は?~前編~
物流業界の可能性は?~中編 その1~
今回はこれに続き、日本が物的に豊かになった1970年代に誕生し、その後、急拡大した物流の新業態である「宅配」について見ていきます。
■ 宅配便の誕生と拡大(豊かさの実現した1970年代~)
1.大不況下でも成長し続ける「宅配」
1976年にスタートした宅配便は、その後、以下のグラフのように取扱量を急速に拡大し続けてきました(出典:国交省)。
*上図の拡大版はこちらです。
前編で紹介した「貨物輸送量の推移」とは対照的に、宅配便は、経済の変動とはおよそ無関係のように、一貫して増加している点が特徴的です。物流業全体の需要が頭打ちした1990年代以降でも宅配は拡大を続け、さすがにリーマンショックの影響で2008年、2009年には対前年で下回ったものの、その後再び拡大に転じています。
2.なぜ宅配は伸びたのか?
宅配が伸びた原因がどこにあるのかを知るために、この宅配業界を牽引する2大物流業者の動きに注目します。その2大業者とは、「クロネコヤマトの宅急便」で知られるヤマト運輸と、「飛脚宅配便」で知られる佐川急便の2社です。以下のグラフ(出典:ヤマト運輸 )から分かるように、この2社だけで宅配便市場の実に8割を占めており、圧倒的な強さを誇っているのです。
(1)ヤマト運輸
発想を転換したヤマト
宅配業を最初に始めたのは、現在でも業界トップのシェアを握るヤマト運輸です。当時、トラック輸送と言えば、大型の商業貨物を運ぶのが一般的で、家庭の小荷物は業界では「ゴミ」扱いでした。そんなものを扱って商売になるなどとは、誰も考えなかったからです。では、なぜヤマト運輸では宅配業を始めようと考えたのでしょうか?
60年代半ば以降、高速道路が次々に完成し他社は長距離輸送にどんどん参入していきました。しかし、ヤマト運輸は市場の変化を見逃し、出遅れてしまったのです。気付いた時にはすでに手遅れで、荷主さんは先発業者を利用していました。そんな時、73年にオイルショックが発生。繁栄の道から一転し、経営危機がささやかれる会社になってしまったのです。
1971年に社長になった小倉昌男は、ヤマト運輸が低収益である理由を追求します。そして、それまで業界の常識だった「小口荷物は、集荷・配達に手間がかかり採算が合わない。小さな荷物を何度も運ぶより、大口の荷物を一度に運ぶ方が合理的で得」という理屈が誤りだと気付いたのです。小倉は「小口の荷物の方が、1kg当たりの単価が高い。小口貨物をたくさん扱えば収入が多くなる」と確信し、(中略)76年1月20日「電話1本で集荷・1個でも家庭へ集荷・翌日配達・運賃は安くて明瞭・荷造りが簡単」というコンセプトの商品『宅急便』が誕生したのでした。
(ヤマト運輸『宅急便30年のあゆみ』より)
成功の秘訣は「需要者の立場になってものを考える」
ヤマト運輸が宅配便を成功させた秘訣は、どのようなところにあったのでしょうか?
「宅配便」という新しい商品を開発する上で、その出発点にあったのは、経営危機です。したがって、まず「会社を立て直す」ことが至上命題でした。そこで当時社長であった小倉氏が目を着けたのが、当時、同業他社が見向きもしなかった小口貨物、それも企業から出る貨物ではなく、一般家庭の主婦が出す小荷物です。
企業から出る貨物は、限られた顧客企業を回るだけで集荷できるし、配達先も限られますが、一般家庭となると、どこの家庭からいつ小荷物が出るのか、まったく分からないし、どこに行くかも決まっておらず、その需要はつかみどころがありません。
そこで、どうしたらこの一般家庭の小荷物を集配できるのか、徹底的に追求したのです。このとき基礎にあったのは、「需要者の立場になってものを考える」、「サービスが先、利益は後」といった考え方です。これらは『お客さんにいかに喜んでもらうか』という、徹底的に顧客の期待に応えようとするヤマトの姿勢(応合姿勢)を表しています。
この考え方を実現し、こまやかなサービスを実現するために、各地域に「取次店」や営業所を設置するとともに、社員を増やして、全国規模の集配ネットワークを構築したのです。
さらにヤマトでは、荷物を運ぶドライバーは、単なる「運転手」ではなく「セールスマン」であるべきだ、と考えました。「ドライバーが良い態度でお客様に接し、荷物を集めてこなければ宅急便は成り立たない」(小倉昌男『経営学』)からです。
このように顧客への徹底した応合姿勢を貫くことで、ヤマトは宅配便をわずか5年で黒字転換し、その後も急拡大を続けることに成功したのです。
(2)佐川急便
ネット通販とともに拡大した佐川
佐川急便は、大口顧客向けの特別積み合わせから成長した会社であり、宅配便事業を始めたのは、1998年と比較的後発です。佐川の場合、ヤマト運輸や日本通運(ペリカン便)などの他社と異なり、もともとコンビニや一般商店といった、一般個人からの発送窓口が多くないため、発送元は営業活動で開拓した企業が中心です。消費者物流(CtoC)からスタートしたヤマトとは対照的に、佐川急便は商業物流(BtoBやBtoC)に強みを発揮して、拡大していったのです。
それを支えたのが、2000年代から大きく伸びてきた「ネット通販」です。つまりネット通販の拡大と合わせて、佐川急便は一気に宅配のシェアを拡大し、ヤマトに並ぶところまで成長したのです。
(出典:「FK通信」)
では、同業他社と比べたときの佐川の強みは、どこにあったのでしょうか? 政界を巻き込んだ大事件にまで発展した東京佐川急便事件(1992年)をきっかけとして、佐川急便は大きな戦略転換を迫られました。その戦略転換の中で、佐川が重点を置いたのは、徹底して顧客の声に耳を傾け、その期待に応えること。それを商業物流の世界で実現したのが佐川の特徴です。
そして佐川でも荷物を運ぶ運転手を「セールスドライバー」と呼んで重視しています。つまり佐川は、セールスドライバーと顧客企業との密なやりとりを核にして、シェアを広げたのです。
「佐川急便の本当の財産は土地でも建物でもない。現場第一線で汗を流しているセールスドライバーである」創業者・佐川清氏
(『佐川急便再建3650日の戦い』より)
(3)共通点と時代背景
2社に共通するのが、「顧客」の立場でものを考えている点と、「ドライバー」の役割を重視している点です。
「顧客」の立場になってものを考えることで、何を実現したのか?
その答えは、宅配の誕生した「1970年代以降」という時代背景にあります。1970年以降の日本では、物的な豊かさを実現し、人々は、物的価値から類的価値(人つながりや仲間関係の中で生み出される充足を得ること)へと、意識の向かう先(可能性収束先)を転換しています。そうした中で、「作れば売れる」という生産者優位の時代が終焉し、市場は縮小に転じたのです。
そのような時代にあって両社は、「迅速・利便・確実に小荷物を届けたい(届けてほしい)」という一般市民の潜在的な期待=潜在需要に応えること、つまり消費者に類的価値を供給することで、新しい市場を開拓してきたのです。これは言い方を換えると、単に「安くモノを運ぶ」という市場的な価値に応えてきた従来の物流から、「お客さんに喜んでもらう」という類的な価値に応える物流への大転換を意味しています。この転換によって、物流業界が陥っていた「値下げ競争」という不毛な戦いから、抜け出すことが出来たのです。
「ドライバー」の役割を重視するのは、なぜか?
それは「類的価値」を供給する上では、社員の活力が決め手になるからです。社員の役割を重視することによって、それは社員への大きな期待となり、社員の当事者意識(仕事に主体的に取り組もうとする活力)が上昇します。この当事者意識が、サービス(すなわち類的価値の供給)を質、量ともに引き上げるので、お客さんの充足度も上がります。さらにお客さんが喜んでくれるのを見て、社員達はさらに充足し活力を得るのです。この好循環が、会社の活力と成果を押し上げる原動力となります。
両社は、顧客とドライバーが充足する仕組みや取り組みを工夫することによって、類的需要を開拓し拡大してきたのです。
*震災という状況下で応合姿勢を貫いた、ヤマトのドライバー達(インタビュー記事)
さて、このように宅配市場が拡大した一方で、(前編で見てきたように)物流業界全体の需要は頭打ちであることに変わりありません。次回は、この頭打ちに対して、どのような対策が打たれているのかを見ていきましょう。
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※参考文献(グラフ出典を除く)
齊藤実『宅配便の秘密』御茶の水書房(2002年)
齊藤実『よくわかる物流業界』日本実業出版社(2003年)
小倉昌男『経営学』日経BP社(1999年)
「財界」編集部『佐川急便再建3650日の戦い』財界研究所(2003年)
ウィキペディア「佐川急便」
富士経済グループ『FK通信 第104号』(2011年)
*冒頭画像はこちらよりお借りしました。
- posted by kanae at : 18:00 | コメント (0件) | トラックバック (0)
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