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2013年04月08日

共同体リーダーの不文律~次世代リーダーとな何か?・・・『自分を含めた周りを肯定視できたこと・・・それが僕の原点』

みなさんこんにちは。
シリーズ「共同体リーダーの不文律~次世代リーダーとな何か?」第4弾。
今回は、類グループが新たなステージに向かうためには欠くことはできない、本社経営戦略部門で仕事されている入社12年目のFさんです。
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実は、地所部(不動産部門)の営業マンとしてお客さんとの対応まで担っていただいています。会社からたくさんの期待を受け、その期待を取捨選択することなく、全ての課題に真正面から応えてしまうFさんの凄さはどこからきているのか?・・・インタビューを通して迫っていきます。

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子供時代はどんな感じだったんですか?
僕は類設計室という企業組織で働いているけれど、家系はみんな自営で、物心ついたときから親の仕事を当たり前のように感じる環境だったんだ。(家にいるときは、怒鳴り込んでくる客もいたり・・・・。)そんな親の働く姿を見ているうちに、漠然とだけど「決めるときは決めなきゃいかん」みたいな感覚を持っていたなあ。
この「決めるときは決めなきゃいかん」という感覚って、仕事をする上ではとても重要ですよね。どんな課題も決められないからといって後回しにしてしまったら、課題は課題のまま。この自身で決める(判断する)という感覚を持っていることが、たくさんの期待を真正面から受けることができるFさんの原点なんですね。
類グループで周りを導くリーダーとしての期待が集まるFさんは、子供の頃からもリーダー的存在だったんですか?
小さい頃は、全然リーダーなんかじゃはなかったよ。というのも、本当に体弱くて、なかなかみんなと同じことができないなあと感じていた。ただ、それで落ち込むということはなくて、漠然とだけど、みんなと同じにはできないなら、何か別の道でいかないとダメだあと感じていたような気がするなあ。
リーダーとして何かを実現したという経験はありますか?
何といっても、成功体験だったと感じているのは、高校3年生の時だね。逆にいうと、それまでリーダー的なことは一度もやったことはなかったし、このままでいいのかと感じていたんだ。
僕の高校は体育祭・・・その中でも応援合戦に関しては伝統的に本当に一大イベントとなっていて、3~4ヶ月前から準備するほどの力の入れようだった。高校3年になって、このままだったら思い出もないし・・・で、この一大イベントの体育祭応援団長に立候補したんだ。
そこで、応援合戦で勝つために、最初にやったのが、自分のクラスの現状を把握すること。自分のクラスは他のクラスと比べて、体力的な部分では勝てない・・・ならば他で目立つためには・・・と仲間と一緒に考えて
☆和太鼓でテクノを作ってやってみよう!!ということになり、その太鼓のリズムに合わせて洋風なダンスをやったんだ。更に、男は神輿手造りで作ったり、裁縫の得意な女の子が着物を布を染めるところから手造りしてくれたり、徐々にみんなを巻き込んでいって、最後はクラスの一体感が本当にすごかったんだ。結果は2位だったけどその応援が話題になって・・・「なんやアイツ・・・3-BにFってやつがおる!!」てな感じで、一気にマイナーからメジャーになったんだ(笑)。
これは本当に一番の成功(充足)体験として、今も残っているよ。
この時に、みんなを引っ張りたいというよりも、みんなを巻き込んで楽しむことの充足を覚えて、その後の大学時代の、企画立案(80人ぐらい連れて無人島に行ったりetc.)の原動力にもなった気がするね。
類グループに入社した経緯はなんですか?
元々組織を体感できる、中企業がいいなあと感じていたんだけど、そんな時に、類グループのパンフレットの実現論:前史を読んで、ここまで社会を対象化して答えを出そうとしている会社は強いなと感じたのがきっかけだね。

学生に与う1 いま、社会の基底部で何が起きているのか
40年代の繊維・石炭、’50年代の鉄鋼・造船、’60年代の家電、’70年代の自動車、’80年代の金融・商社、’90年代のマスコミ・IT、これら花形産業と呼ばれた産業で現在も花形であり続けている産業は、一つもない。だから、必要なのは、少なくとも50年先まで見通すことのできる確かな時代認識であろう。
また、目先の安定に飛びつくのも同様で、これほどの大転換期には何が起こるか分からない。重要なのは、いかに状況が変化しても答えを出せる柔軟な認識力であり、そのような能力こそが、真の安定基盤になる。従って、そのような認識力を育む土壌が出来ている企業を見抜き、そこで認識力を身に付けることが、真の安定への道だろう。

時代=みんなの意識は常に変化している。だからこそ、その時代に応えて、仕事をしていくためにはこの「いかに状況が変化しても答えを出せる柔軟な認識力」が必要と云われて、本当に腑に落ちたという感じがしたのが大きかったな。
会社に入ってからはどうだったんですか?
実は最初からうまくいったわけではなかったんだ。
入社してしばらく、沢山の仕事もひとりで必死にこなしていたんだけど、気合でなんとかしようとしていたけれど体は正直だったという経験があるんだよ。
というのも、僕は元々アトピー持ちで、アトピー患者によく見られる関節部に症状が集中し、それが2ヵ月ほどの間に急速に全身に広がってしまったんだ。実家近くの皮膚科に通って、ステロイド剤をはじめ、数種類にも及ぶクリーム類・かゆみ止めの処方を受け、日に何度か襲ってくる激しいかゆみを必至にこらえていたんだ。そんな時の自分の気持ちは・・・
「なぜ自分だけがこんな目にあわなければならないのか?」
「こんな姿が、周りにどう映っているのか?みんな言葉をかけにくいのではないか?」
当時の意識としては、アトピーを含めた自分をまず否定し、周囲に対しても「なってみないと分からないはずだ」という思い込みから否定的に捉え、一方でどうにもできない不全を自分の奥深くにしまい込んでいたんだよ。
転機は1年を過ぎたあたり。皮膚科を代え当時の医師に「周りになんて思われているかわからない」という不全を打ち明けてから。医師から「アトピー患者はおよそストレス(不全)を自身にしまい込む傾向がある。ステロイド剤に頼らず、ありのまま生活をして治癒してきた患者を多くみてきた。」との言葉をもらったんだ。
それ以来、症状がひどくなると人と会うのが億劫になっていた自分も、「受け入れてもらえる。自分で考えているほど大した問題ではない。」症状が快方に向かった要因は、薬剤の変化が主因では無く、包み込まれるような深い安心感が生んだ周囲と自分に対する肯定視だったんだと確信したんだよ。
否定からは何も生まれない。自分も含また周りをどれだけありのまま受け入れることができるか。そのことを身をもって認識することができた時、本当に仕事が楽しくなってきたし、それを続けてきたことが、今につながっているんだと感じているよ。
Fさんでも、仕事を始めたばかりのことは、自分ひとりでなんとかしなくては・・・となってしまっていたんですね。そんな経験の中から、「自分も含また周りをどれだけありのまま受け入れること」という気づきは、私たちを含めた働くみんなにとってとても大切なことですね。
今、仕事で感じている壁はありますか?
営業という仕事は、自分の力だけで仕事している訳でなくて、本当に社外の人に助けてもらいながら仕事させてもらってるなあと感じるし、そんな風に思える関係が築けていることがひとつの財産になっているだけど、社内を振り返ってみると、そんな関係性を作り出すことがまだできていないのかなあと感じているんだ。これが今の壁かな。
営業という仕事は、どうしても「自分」が担当している対象となってしまって、各々(個人)の課題になってしまいがち。でも、組織として仕事をしている以上、個人課題なんてない。だから、例え同じお客さんに関わっていなくても、共通の課題として捉えられるような仕事の仕方があるはずだと感じているんだ。
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Fさんはこれまで様々なことを経験しているからこそ、その生の話を聞きたいと後輩を含めた不動産部門のみんなは感じています。だから、自ら仲間の中に入って、その経験を話してくれることで、部門みんなの道しるべ=同化対象となるはずです。是非、Fさんのような、会社からたくさんの期待を受け、その期待を取捨選択することなく、全ての課題に真正面から応えてしまう人材を育てていってください。
Fさんからのお話で一番印象に残ったのが
「自分を含めた周りを肯定視できたこと」
これができる組織は、集団としての活力が維持される根本にあるのだと感じたインタビューでした。

 

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