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2014年08月27日

高齢者の可能性を活かした新事業計画05 ~高齢者の役割について歴史を遡る!~

みなさん、こんにちは!
高齢者についての実態を調べれば調べるほど、自分が抱いていた高齢者のイメージが覆されませんか?
むしろ、学べば学ぶほど、高齢者と呼ぶのさえ憚られるような偉大な存在である求道者の存在に、頭が下がります。

そもそも、そのように可能性を秘めた存在を、なぜこのような狭い枠に閉じ込めてしまったのでしょうか?
一万年の旅路1それを知るためにも、まず、文明以前の高齢者の役割を調べて行きたいと思います。

写真は http://pysr2012.blog.fc2.com/blog-entry-746.html より

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01. 文明以前の高齢者の役割

まずは、インディアン社会での高齢者の役割は何だったのでしょうか?
人と情報の研究所: 「老人として老いる」 からの引用です。

140826 インディアン伝統派のインディアンの社会では、長老たちは極めて重要な役割を担っている。実際の社会の運営統治はチーフ(族長)やクランマザー(族母)が仕切り、長老は一切タッチしていない。

しかしながら、病気になった人、悩みを抱えた人、もめごとが発生した人たちなどはまず長老を訪れる。長老は、病人には薬草を与え、食事や生活上のアドバイスはするが、そのほかはほとんど直接的な介入はしない

その代わりに、そういう人たちと一緒にパイプセレモニーやスウェットロッジなどの伝統的な儀式を執りおこなう。儀式は祈りだ。当事者も祈るし、長老も祈る。祈ることにより心を開き、大自然と対峙する。長老の祈りの言葉の中に宇宙の理、仏教でいう法(ダルマ)を聞く。

それにより、個人の問題も、もめごとも解決していく。病気もよく治る。

伝統的なインディアンの社会には、病院も、警察も検察庁も裁判所も刑務所もない

長老が執りおこなう儀式が、そのすべての役割を代行しているのだ。しかしながら、長老は単に触媒として存在するだけであり、判決を下したり、処罰を決めたりすることはない。

すべてが、大自然との対峙の中で、自主的に解決していくのだ。それは、すべての住民が大自然に対する深い畏敬の念を抱いているからこそできることだ。

それに対して文明国では、法律に照らして自らの利益が最大になるようにエゴとエゴが激しくぶつかり、長い裁判を争う。社会としては、いったいどちらが進んでいるのか、よく考えなくてはいけない。

さて、このような役割を担っているため、インディアン社会における長老の地位はとても高く、尊重されている。子どもから見ても若者から見ても、ああいうふうに年を取りたい、という憧れの的になっている。

長老たちは例外なく子ども好きであり、子どもたちも長老が大好きでよく遊びにいく。

長老と接していると、知らず知らずのうちに大自然の理や、大自然を畏敬する念を身につけ、人間として生きる道を習得していく。

つまり、子どもたちの教育の、最も重要な部分を長老が担っているのだ。/>

このような社会では、年を取ることは怖くない。むしろ楽しみになる。

いまの日本のように、老人を厄介者とみなし、その厄介者が増えてしまうのでどうしよう、と右往左往している社会より、インディアン社会の方が、はるかに健全だと感じるのは私だけではないだろう。

写真は http://www.indeanakama.com/now/ より

病院も、警察も検察庁も裁判所も刑務所もないインディアン社会では、その役割を全て長老が代行していたのです

また、判決を下したり決めたりするのではなく触媒としての役割をするということは、その思考をあるべき方向へと導く、まさしく人材育成を行っていたのです。
それでは、インディアン以外の集落ではどうでしょうか?

02.人材育成の根本となる「子守り」という役割

>タンザニアの狩猟採集民ハヅア族の女性のなかでもっともよく働く年齢集団は閉経後の祖母たちである。彼女らは、一日平均七時間働く。一日中、根菜類やベリー類、ハチミツ、果物を採集して歩くのである。子どもはいなくても、腹を空かせて待っている孫たちがいるからである。彼女らが食料採集に費やす時間が多ければ多いほど、孫の体重増加が早まるのである。

>高齢者がもっと高齢になって、一日七時間、根菜掘りができなくなったら何ができるのだろうか。それは、子守りである。祖父母が孫の子守りをすれば、子ども夫婦は育児の心配をすることなく、食料探しに専心できる。

( 「275343 文明以前の社会、高齢者はどのようであったか?」より)

上記の投稿より、タンザニアの採集民の、最後の最後の役割が、「子守り」だったことが分かります。

ここで、現代人の私達からしたら、意外な気がしませんか?そんなに老いて「子守り」ができるのか?と。しかし、原始共同体における「子守り」とは、現代の祖父母が孫の面倒をみるというような構図とは、全然ちがったのではないか?と想像されます。

以下、 「子守りと子育てとは違うのです。」からの引用です。

  桜守「子守り」という言葉は今は余り使われなくなっております。

「五木の子守唄」などで有名ですが、昔といっても十数年前ですが、近所の家の子供をおぶったり、抱いたりしていくらかの小遣いを貰っているような子供がいたものです。

「子もりっ子」などと呼んでいましたね。子供たちを集めては公園で遊ばせたりしていましたね。

「樹木医」という職業があります。木のお医者さんですね。樹齢何百年などという古木を環境とか病気などから守っている人で、資格があるのだそうですが。

「桜」の木を守っている人を・・・・・「桜守」というそうです。

「桜を育てているのではない。」・・・・・と明言されておりました。

「桜守」とは、桜のそばにいて、いつも見守っていること。・・・・・・なんだそうです。

人間にも同じことが言えるのだそうです。

「子育て」は自分の子供だけを見ている。だから見える範囲が狭くなる。結果として子育てを失敗する親が多くなる。

「子守り」は子供のそばにいて、いつも見守っている。少し距離があるので見える範囲は広くなる。

「近所の子供たちの子守りをする。」という表現はあっても、「近所の子供たちの子育てをする。」という言葉は

余り聞いたことがないです。

現代の親たちは、「子供を見守っていない。」と言われると、うなづけませんか。

「桜守」・・・・桜の寿命は数百年といわれていますが、その桜を寿命が百年足らずの人間が見守っていく。

人間が見守っているのか、桜に見守られているのか、どっちなのでしょうね。

>桜の花は毎年同じように咲いているように見えますが、「桜守」がみていると、はなびらの数や大きさ、子房の成長具合などが違っているのだそうです。 />

写真は http://gottuan7.blogspot.jp/2013/04/blog-post_11.html より

 

 「子守り」とは、いつも側にいて、見守っていること。しかも、自分の子や孫だけでなく、たくさんの子どもを見守っていること。

そのような広がりのある空間では、子ども達に対しての子守りも過保護になりすぎず、また、子ども達も伸び伸びと遊んでいるイメージがあります。
自分の子どもや孫だけを育てる「子育て」ではなく、子ども達の力を信じて見守る「子守り」の可能性を感じます。
これこそ、究極の人材育成なのではないでしょうか?

03.集団を導く、口承伝としての役割

アフリカの一部族では、「一人の高齢者が死ぬと、一つの図書館がなくなる」ということわざがあるくらい、老人の知識は重宝がられているといいます。
翻って、現代の日本における高齢者が、何を後世に伝えていけるのか?を考えたときに、パッとイメージが湧かないのではないでしょうか?
現代社会においては、 高齢者から教わった『ためになった話』や『知恵』などがあるかどうかの経験が薄いかほとんどないと思います。

高齢者から聞くよりも、本やネットで調べた方が早いし正確という考えもあるのではないでしょうか?
では、原始共同体では、どのような知恵が受け継がれてきたのでしょうか?
ネイティブアメリカンの世界をもとに紹介します。

「一万年の旅路―ネイティヴ・アメリカンの口承史:10万年前から語り継がれてきた物語  」からの引用です。

一万年の旅路/>>物語は、1万年前からはじまります。このときこの一族は、朝鮮~琉球、日本列島辺りに住んでおり、温暖な気候の中、大いに繁栄していました。

しかし突然、大地震と火山、そして津波が襲い、一族の大半が死に絶えてしまいました。

>残ったのはたった35人。そしてこの35人は、総力を結集し、シベリアまで歩き、氷河期が終わろうとしているベーリング海峡を渡ることを決意します。

>本書の大半はこの1万年の歴史の中で、一族がどのような試練にあい、それをどのように克服してきたかという面に割かれています。少人数で、どれが食べられてどれが毒かも判らないような、なじみのない土地に行かなくてはならなかった彼らは、持てる力を最大限に生かす術を身につけます。

>それと、この本には、1万年よりさらに前、10万年以上の昔の話も、伝えられている限りのことが書かれています。

>彼らの祖先は、1万年前の大災害により、そのほとんどが死滅し、同時に知恵や経験、物語も消えそうになっていました。この悲劇を教訓として、今後彼らは、次世代に「自分たちの物語を、知恵を、知識を伝えていく」ことを、最重要事項と考えるようになります。

(中略)

>>昔から語り部の役割は、一族が大きな転機にさしかかったとき、それまでの来歴をあらためて正しく物語り、自分たちが何者なのか、どんな旅をしてきたのかを思い出させることによって、未来への適切な決定や選択を助けることなのだ、と。

>口承史が何なのか、妙に納得のいく説明だと思いませんか?

老人達が、次の世代に繋いで行くべきこと。

生活の知恵的なこともあるかもしれませんが、本質は、このような歴史認識、“自分たちがどこから来て、どこに向かっているのか?”それは単なる方角ではなく、精神的なものを含めて語り継いでいくことだと考えます。

このような偉大な存在だった老人達が、なぜ弱者にさせられてしまったのでしょうか?

04.古代は好老社会だった!~嫌老社会を生み出したのは近代特有のもの!~

現在、市場社会では、 「若さ」が好まれ、「老い」が嫌われますが、人類史を見るとその現象は極めて特殊だと考えられます。
人類史を見ると、古代には「好老社会」が存在したそうです!

Hartfulmoon 「古代は好老社会だった!」からの引用です。

>「古代は好老社会だった!」

>今の日本は史上稀に見る「嫌老好若社会」です。人もモノも新しい方がいいという近代工業社会の影響で、「若さ」を好み、「老い」を嫌うという風潮が生まれたのです。でも、その風潮はあくまで近代工業社会特有の現象であって、人類がつねにそうであったわけではありません。人類史を見ると、古代には「好老社会」というか、とてつもない「好老文明」とでもいうべきものが存在しました。

>たとえば、古代エジプトです。ピラミッドをはじめとした壮大な「死」の文化を誇った古代エジプト人は「老い」に対しても豊かな文化を持ち、老人を非常に大切にしました。それは、年を取り、経験を積むと、人間は賢くなると考えられていたからです。賢くなった老人とは、知恵の宝庫であり、技術の伝承者でもある。つまり、社会の貴重な財産として扱われていました。老人は「弱者」だからいたわり、大切にするのではありません。何より「経験」と「知恵」を持っている老人を尊敬するからこそ大切にするという、本物の敬老精神が古代エジプト人にはあったのです。

(中略)

>しかし同じ古代社会でも、ギリシャになると「老人は邪魔」「社会は若者のもの」という発想になりました。ギリシャの文化を継承したローマも「嫌老好若社会」であったという説があります。古代ギリシャ・ローマ時代の彫刻では、相当の高齢だったはずの皇帝や将軍も、筋骨隆々とした若々しい体格に彫られています。写実主義のなかで顔は見事なほどに個性的に描かれても、身体は若々しく描いたのは、若々しく壮健なことを好む「好若社会」のせいだろうというのです。しかし、古代ローマには六十歳以上の高齢者しか参加できない「元老院」という組織があり、実質上のローマの政治をとりしきっていました。  また、一般に高齢者は風呂を好むものですが、ローマには有名なカラカラ浴場やディオクレティアヌス浴場など、「風呂文化」がしっかりと根づいていました。そんなわけで、私は、古代ローマには「好老社会」の要素があったのではないかと思っています。

(中略)

>東洋に目を移すと、古代中国も大いなる「好老社会」でした。なかでも、老子の思想がもっとも老成した思想と言えるでしょう。人間が生まれ、老い、死ぬという生命の過程をどのように考えるかが中国古代哲学の重要なテーマでしたが、老荘の哲学では生命の基盤に「気」というものを置き、そこから「生」と「老」と「病」と「死」をとらえました。 もともと、老子の「老」とは、人生経験を豊かに積んだ人という意味です。また老酒というように、長い年月をかけて練りに練ったという意味が「老」には含まれています。老荘の哲学は「老い」というものを、醜く年を取ること、老衰していくことというようにネガティブにとらえるのではなく、充実であり円熟であるとひたすらポジティブに考えるのです。

>孔子の儒教においても、「老い」を決してネガティブにとらえず、老いることを衰退とせず、一種の人間的完成として見ました。実際、孔子は非常に老人を大切にしました。孔子の日常生活を具体的に記した『論語』郷党篇によれば、町内の人々と一緒に酒を飲むときは、杖をついた老人が退席するのを待って、はじめて退出したといいます。

>儒教は農耕社会を基本としています。農耕社会において人間は年を取れば取るほど経験が豊かになりますから、当然、老人を尊重することになってきます。「敬老」「尊老」という考え方が徹底していましたが、これは日本にも古くから持ち込まれて、戦前まではっきりとした形で残っていたのです。

 

戦前までは「敬老」「尊老」という考え方が残っていた日本。
その考えを失ったのは、近代に入り市場化・工業化、また西洋化の流れによるものと考えられます。

 05.最後に

今まで見てきたように、文明以前~古代と 集団の中で、老人がまさに一番重要な部分を担ってきたことがわかります。集団を導くこと、また子守・伝承と、まさしく【人材育成】に当たる部分を担ってきたのです。その役割が中世以降、集団の崩壊とともに失われてきたのです

生きていくために本当に必要なこと(自分たちの起源や歩んできた道や、大自然に対して敬意をもってつきあう生き方etc.)を伝承していく上では、高齢者(年長者)は非常に重要な役割を担っています

高齢者の役割がないのではなく、現代の我々が、氾濫する市場の刺激的な情報に目を奪われ、生きていく上で学ぶべきことを見失っているというのが実態なのではないでしょうか。

【学ぶ姿勢の喪失が高齢者の役割を見えなくさせている】より

次回は、その中世~近世の高齢者の役割についてご紹介します。

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