2020年05月14日
コロナ後は追求力の時代→学校脳では適応できない⇒自ら課題を見つけて解決する力がより不可欠になる。
5月も半ばを過ぎ、コロナ禍の第一波も落ち着きつつあります
現在も緊急事態宣言渦中ではありますが、人々の意識も一時の自粛ムードから開放されつつあります。
そのような社会潮流を踏まえ、各自治体では、これまで閉鎖してきた学校の再開が徐々に進んでいきそうです。
親からすれば、学校閉鎖期間の子どもたちの学力低下や勉強の遅れを不安視する人も多いと思いますが、コロナ禍による学校封鎖は、逆に冷静に物事を追求できる絶好機だと考えます。
学校に行かないということは、学校脳(試験脳や暗記脳)に染まる恐れがないからです。コロナ騒動後は、間違いなく学ぶことの意味、価値が劇的に変わります。
というのも、今までの教育は、与えられた課題を解決する力が重要視されてきました。学校生活や授業に適合して良い成績をおさめる、いわゆる優等生がよしとされてきました。しかし、仕事において、与えられる課題や答えがあるものはほとんどありません。解決方法も一つでなければ、答えは用意されていることはありません。仕事は試験問題を解くことと違うのです。
学校の勉強はできたのに、仕事ができるとは限らないのは、頭の使い方が全然異なるからです。社会人の方は身にしみて感じていると思います。
●これから求められる力は何か?
それは自ら課題を見つけて解決する力です。〝一つの正しい答えを出す〟だけではなく〝新しいものを生み出す〟という学校教育とは真逆の力が必要になります。これは今に始まったことではありませんが、コロナ禍で本物だけが生き残る時代に突入すると、仕事を与えられるものと思って要領よくやってきた人と、自ら主体的に掴みに行く人との差は顕著になります。
それでは、〝自ら課題を見つけて解決する力〟はどうやって養っていけばいいのでしょうか。
それは、赤ん坊の頃の知的好奇心を呼び覚ますことと廻りが鍵と考えます。
現代の学校では、算数や国語を代表するような〝知識〟と〝思考力〟ばかりが評価されています。しかし、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション力の高さ、周囲に惑わされることなく行動できる気持ちの強さ、音楽や美術を好きな心など、これらも〝知識〟や〝思考力〟と同じ立派な能力なのです。廻りの大人は、子どもたちのあらゆる能力に目を向け、興味を示すものを伸ばしてあげる環境づくりが重要になります。
●子どもと一緒になって追求を楽しむことが成功の入り口
例えば、子どもが興味を示したものを、一緒の目線から追求して楽しんであげることです。なぜなら、子どもだけだとせっかく芽生えた好奇心は、すぐにしぼんだり、忘れてしまうけれど、親がその好奇心の芽を見逃さずに次々と新しいネタを提供できると、子どもは知る楽しみ、学ぶことの面白さ、追求充足に目覚めていきます。こうなればしめたもの。親が何もしなくても、自ら興味があることを見つけ出し、追求し始めます。
相手と一緒に追求を楽しむことは、人材育成にも適応できます。
アフターコロナの時代は、現代人の誰もが経験したことのない時代だからこそ、より好奇心発の自ら課題を捉えて解決していく力が必要になります。まさに、追求力の時代と言われる所以。
自ら課題を捉えて解決していく力は、子供だけでなく、大人にも課せられた課題です。むしろ、仕事を主要に担っている大人にこそ必要な力です。
その原動力となる好奇心は、いくつになっても芽生えさせることができます。 個人的には、あらゆる対象に好奇の目を向けられないのは、これまで身に付けた経験や知識が邪魔してるからという感覚があります。過去は変えられないので、それを言っても始まりません。
だからこそ、気付いた人から、意識しないで子供の時の好奇心を取り戻せる(癖付ける)まで、たとえ知っていることでも、あえて何?、なんで?を問い直し、ゼロから追求することを意識していく必要があると考えます。
そして、こんな時代の大きな転換期だからこそ、なんで?どうする?をみんなで追求していきたいと思います。
- posted by 岩井G at : 18:26 | コメント (0件) | トラックバック (0)
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