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2020年12月29日

お小遣いを使ってゴミを拾う子供たち

間もなく激動の2020年が終了します。今年はコロナ禍で社会情勢は一変し、私たちは次の生き方暮らし方を始めていかなければなりません。今回は、そんな中既に新しい価値観で動き出している子供たちを紹介します
彼ら『うじじきれい団』はお金を「もらって」ではなく、お金を「払って」ゴミ拾いをしています。一体どういうことでしょう?

『うじじきれい団』とは鹿児島県奄美群島の南西にある沖永良部島に住む、竿さん一家。団員はりりちゃん(小6)、はなちゃん(小4)、めいちゃん(小2)の三姉妹と、父親の智之さん、母親の奈美さん、1才の喜一之介くん、と愛犬ミミ
智之さんの役割は専ら子供たちの目覚まし係と運転手役で、子供たちが、毎朝近くのうじじ浜に打ち上げられた漂着ゴミを拾っているのです。

この写真はコチラからお借りしました

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きっかけになったのは3年前の長女りりちゃんの夏休みの作文の宿題。テーマが「環境問題」でしたが、ピンとこないりりちゃんが智之さんに「環境問題って何?」と質問。智之さんは、日頃からよく遊ぶうじじ浜で漂着ゴミを一緒に拾っていたので「これも環境問題だから、ゴミを拾って作文を書いてみようか」と提案し、活動がスタート。
ゴミを拾ううちに、例えばペットボトルのバーコードから製造国、会社、商品名が判別できることを知り、智之さんと子供たちは一緒にゴミを調べ、どの国からどんなゴミが来ているか?をノートにまとめていきます。そこから中国、韓国、ベトナム、フィリピンなどから「海流に乗って島に流れついている」という答えに辿り着きます。それを元に作文はすぐに書けたのですが、それが今でも継続しているのです。

写真はコチラからお借りしました

そして子供たちが話し合って決めた、うじじきれい団のルールは以下の通り。

・ゴミを拾う時間は15分間
・海で遊ぶのは15分以上
・集めたゴミはクリーンセンターに持って行く
・ゴミの処理費用は「おこづかい」から出す
・雨の日、寝坊した日はお休み
・キレイになったら違う浜へいく
・ゴミが無くなるまであきらめずに続ける

指定ゴミ袋を使っても、ゴミ処理場に持ち込んでも、ゴミを処分するにはお金がかかります。注射器やライター、スプレー缶、素手では危険なゴミもあるのでトングを購入しました。これらの代金を誰が支払うのか?当然、子供達でも意見が分かれましたが、話し合いの結果、自分たちで払うことに。但しお小遣いが極力減らないように、拾った中から未だ使えそうなロープや漁具、きれいな貝殻は知り合いに買ってもらうことにしたのです。

他にも活動資金を捻出するために、浜で集めたマイクロプラスチックを教材として販売しています。但し、マイクロプラスチックは海を漂流する間に有害物質を吸着することがあるので、教材にはりりちゃんの手書きの「絶対に開けないでください」の注意書きを添えて瓶詰。 無償提供では問題提起としては弱い。そこで、かかった労力から計算した金額で価格設定。「高い」と感じてもらえるとビーチクリーンの大変さも伝わるという意図です。

こうした子供たちの行動によって竿家では暮らし方も変化します。使い捨てを避け、繰り返し使える容器の利用などにシフトしていきます。
「拾ったってキリないし、台風が来たら元のゴミだらけに戻るだけ」と大人の常識を突き付け反対していた祖父も、今では身内の集まりでは自慢のネタにしているそう。
地元の知名町役場もゴミを家に持ち帰らなくて済むように近くに漂着用のゴミ箱を設置。
さらにTVや雑誌でも取り上げられ、うじじきれい団はその活動内容を学会や企業のオンライン研修会でも発表。県外の人たちにも広がっています。

実は『うじじきれい団』では寄付は全て断っています。

寄付する人は、ビーチクリーンに使ってほしいという想いがあると思うんです。それを受け取ると子供たちは「お金がなくなるまでビーチクリーンをしなければいけない」と思ってしまう。なので助成金やクラウドファンディングといった「対価のないお金」は受け取らないことにしています。
大人が汚した海を子供たちに掃除させるのは、本来おかしなこと。だが子供たちがビーチクリーンを続けているのは、子供たち自身に「いいことをやっている」という感覚がないから。生き物の命を守るために海を綺麗にすることは本人たちには当たり前のことという感覚なのです。(智之さん)

これが例えば「遊び」ならそのために必要なお金を払うでしょう。「趣味のスポーツ」なら、道具を買う・グランドを整備にするのも理解できるでしょう。つまり遊びもスポーツもビーチクリーンも『うじじきれい団』の子供たちにとって生活の中の大切なカテゴリーに入っているのです。

寄付の話のように、お金という物差しは「お金をもらったから」「儲からないから」という理由で、いつかリミッターに変わってしまう。子供たちが大人になる10年、20年後は誰も想像のつかない社会なので、今の大人の型にはめてしまうと、環境問題もこれまでの繰り返しになってしまう。大人は自分にできないことをお金で解決するクセがついてしまっているから、それでは変わらないよということを遠回しに伝えていきたい。(智之さん)

大人は市場原理によって思考も行動も目先の「お金の損得」だけの判断に制限されている。しかしこの市場原理から放り出された事柄が「環境問題」として蓄積されているので、その解決には、市場原理ではなく、自然の摂理に基づいた思考と行動が不可欠なのです。
そしてこれは『うじじきれい団』の子供たちが実行しているように、決して特殊なことではなく、誰もが本源的に持っている自然の摂理との一体化への欠乏。この本源性を豊かに保っている子供たちにこそ、大人が学ぶべきことが多い。逆に言えば大人が出来る最低限のことは新しい時代の主役となる子供の本源性を阻害しないことなのです。

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