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2023年02月23日

【教育ってなに?】~教育のあり様を歴史から深掘りする①

◆前回のまとめ ~各教育観が各当事者でズレている?

前回、日本人の活力不足が危機的状況になっていて、(国際競争力で日本は1992年に1位だったのが、2022年には34位/63カ国)、その原因の一つが教育にあるのではないかという指摘をしました。それには経済界も危機感をあらわにしていて、経産省を通してですが2022年に「未来人材ビジョン」なる提言をしています。

実は、学歴を立派だけど実際の仕事では全く通用しない人たちが増えていることに対して、経団連などはかなり前から「教育を改革してほしい」という要望を教育界や社会に向けて表明しています。

これらを受けて、文科省などを中心とした教育界はまず大学入試改革に手を付け、2021年からセンター試験を共通テストに替え、内容も(若干)記述式を増やしたりと、変化が見えました。しかし、何か大きな成果が現れている、というところまでは至っていません。

それもそのはず。実社会が求める人物像と、学校(教師)、親、こどもが見つめ考えている教育象が、それぞれズレているようなのですから。

こどもは「勉強しなくちゃいけないのはなんで?」、親は「自分たちの世代がそうだったから、こどもにも『いい大学』から『いい会社』に入ってほしい」、学校は「アクティブラーニングや主体的な学びを提供したいが、自分たちは経験していないのでどうすればいいか分からない」。考える以上に問題の根は深いおそれがあります。

こういうときは一度、「そもそも教育とは?」という原点(もしくはそれに近い点)にまでさかのぼって、つまり歴史を振り返って、教育のあり様を探ってみるのがいいでしょう。

 

◆人類の教育のあり様は? ~歴史を振り返って

大人がこどもに対して、生きる術や取り巻く環境との共存の仕方を教える――これが教育の原像であることは間違いないでしょう。

例えば、農民の親は子に、季節の変化など自然の摂理を通して、稲をたわわに実らせる術を暗黙に、時には言葉にして教えたでしょうし、子は子で親の働く姿を見て、それらの学びを自然とつかんでいきました。さらに集団の中の掟も教えました(農業生産は単一家族だけでは成立しませんので)。

この集団のための学びは「集団の中での学び」でもあるわけですから、親だけでなく、集団の中の他の成員がこどもを教育することもあったわけです。具体的には、長老が集団の在り方や道徳を物語にしてこどもたちに話すなどしていました。隣のお婆ちゃんがこどもに団子を上げると「他の子にも半分にして分けてあげるんだよ」と諭すのも立派な教育だったでしょう。そして、その集団としての教育の方が、生存という観点で見れば、親が個別で行う教育よりも重要度が高いといえます。それは、治水や灌漑、入会地の管理などを考える場合、「集団>個別」は当然といえるからです。

(田か害虫を追い払う「虫追い」に参加するする農民たちを描いた図・「農業全書」から)

ヒトの発生から狩猟部族、定住して農業を生産基盤とするまでの歴史を振り返っても人類が集団に属していなかったことはありません。現代は孤独社会といわれていますが、決して人は一人では生きてはいけません。その意味で、教育は本来、集団(の生産)に根差したものだったのです。

今ここで「根差したもの『だった』」と過去形で書きましたが、実は教育が集団にちゃんと根差していたのは昔の話で、今では教育が集団に根差しているとはいえなくなってしまいました。なぜなら「私権」(地位や財産、お金を獲得することが第一という考え方)という観念が社会にはびこったからです。そして、集団に根差す教育が衰退し、私権への収束させる教育が行われるようになりました。

※私権(観念)がいつごろから力をもつようになったのかを詳細に説明すると膨大になるのと、今回の記事の主旨とは違うので、それは避けますが、遅くとも近代社会ができた以後は観念の社会。日本の場合明治維新以後は私権社会がかなりの速度と規模で広がりました。例・明治の立身出世主義

(写真は東大の赤門。近代日本の立身出世の象徴)

しかし、です。現代においては、集団もほぼなくなっていますが、私権も収束の力を弱めています。今の若い世代、こどもたちは特にそうです。彼ら彼女らに「地位や財産、お金を求めるために勉強をがんばれますか?」と聞いてみれば、おそらく、皆、首を振るでしょう。

時間的な流れで見ると――

「集団収束の教育」→「私権収束の教育」→現在「『集団は解体され、私権収束力もない』中での教育」—です。

まがりなりにも私権は収束力を持っていて、教育の軸となっていました。ですが、それも弱まり、現在の教育は軸をなくした、各当事者によって教育観がバラバラになっている状態なのです。ある意味、収束先を探している状態にある教育、といっていいでしょう。

国や実社会が声を上げて「教育を変えよう」としても、なんだか上手くいきそうにない、それは上で述べたように、皆を目標に向かわせる私権に替わる収束力(軸)がないからです。

さて、どのようにすれば教育は再生するのでしょうか。その有力な可能性はすでに今回の中で、ちょっと触れてしいます(お気付きになったでしょうか?)。それについては、この連載の中で今後、明確にしていきます。

次回、集団(生産)に根差した教育がまだ残っていた時代の教育に焦点を当ててみます。その時代とは江戸時代です。江戸時代には藩校、私塾、寺子屋という教育がありました。これらには集団に根差した教育がまだ見て取れました。その実態を掘り下げてみようと思います。

 

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