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2014年04月16日

◆日本の大学どうする?~現実課題を統合する共同体型教育プログラム~

前回、学生のローカル志向の高まりとその欠乏はどこから生起しているのか?(http://bbs.kyoudoutai.net/blog/2014/02/1682.html)を探りました。

Uターン就職 

アンケート調査によると、地元以外の大学に進学し、卒業後は地元に戻ることを希望する学生の割合は過半数。約60%の学生がUターンを希望しています。また、優秀な学生が卒業後に地方へと回帰。この現象(欠乏・期待)を、千葉大・広井良典教授は前回の記事の中でこう分析しています。

 これまで貿易立国の名の下「アメリカ-日本-アジア」「中央-地方」といった序列や枠組みの下でのみ物事を考えてきた結果が、現在の地域の疲弊や空洞化、或いはコミュニティの崩壊という現実。ローカルに向う若者の志向は、内向きなのではなく『日本を救っていく』動きと見るべきである。

 その現象の本質は何か。今回は、地域のもつ可能性。そして今後の大学(教育)の在り方を探ります。

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◆地方収束の潮流と地方の教育力

上記、千葉大・広井教授の分析をるいネット、及び当・共同体ブログの構造認識に置き換えれば「根源回帰の意識潮流」の顕在化とみることができます。豊かさの実現を基点とした、過剰消費の都市生活、物的消費や幻想価値(市場原理)から本源価値(共認原理)への転換が顕在化しているが故の、ローカル志向。それは本能回帰、共認回帰、そして最先端の意識潮流としての自給期待=本源回帰の収束先が、地方であると見なすことができます。

 ※市場の縮小と根源回帰の大潮流 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=260775 
※共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=260805 

培った学力・能力を社会人として地元に活かしたい!そんな意識が若者の中で高まっているのは間違いないようです。

 

一方、 2013年度の大卒就職率ランキングを見ると上位の5県は地方が占めていますが、この順位は同時に小学6年生と中学3年生を対象に文部科学省が実施している「全国学力・学習状況調査」の結果と重なっています。ちなみに、2012年度の全国学力調査は、1位(秋田県)、2位(福井県)、3位(石川県)、4位(富山県)、5位(青森県)の順です。青森も秋田も決して都会のように利便性の高い環境ではありません。むしろ、暮らしていくには厳しい環境が多いと言ってもいいでしょう。

 学力調査ランキング

それでもこの数字を見ると、社会や企業から高く評価される人材を育てている事は間違いありません。都会や市場の利便性というメリットとは別に、これらの地方には子どもの頃から自学自習をする習慣と、基礎学力を身に付ける環境や仕組みが存在する。との仮説を立てることができるのではないかと考えます。

 

◆人類の根源とは何か?~人類は集団動物であり、集団適応体である

根源回帰と地方回帰。そして優秀な人材育成=教育の仕組みを強引に結びつける前に、そもそも人類にとって「根源」的な適応様式=生活とは何か?を原点に遡り考えてみたいと思います。

進化

人類誕生から約500万年。ほぼこの500万年間の人類の生存環境は、自然外圧・外敵圧力・飢餓圧力が共に極限的に高く、現代とは異なり人類は個々人で生き延びる事は全く不可能な状況でした。(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=6)つまり人類史の99.9%を、わたしたちは集団動物として生活してきたのです。それは、生産も消費も、闘争や親和や解脱も、性も出産も死別も。生活の中で起こりうるすべての出来事を、人類はひとつの血縁小集団の中で、共有しながら適応してきたという事でもあります。

 つい100年前まで、日本人の日常生活は上述のような人類の根源的適応様式を、完全では無いながらも継承していました。それが村落共同体集団です。それは同じ土地に何世代、何十世代と住み、同じ外圧に向き合い、同じ課題を共有し、変化にも安定にも、常に集団として老若男女の皆で取り組んで適応してきた集団の姿です。そこには人類の根源生活と同様に、生産も消費も親和も、高齢者の役割や男女の役割、そして性や出産、子育て~死別までもがすべて、同一集団の中で営まれていました。

この人類の根源的適応様式。すなわち「外圧に皆で向き合う集団生活」こそが個々の能力、ひいては集団適応力の母体であり可能性である。と考えられます。

 

◆地方の可能性は地域性にある

 冒頭の学生の就職率と都道府県上位ランキングと小中学生の都道府県学力ランキングの一致は、もしかすると偶然かもしれません。しかし、一見の無関係と思われる他の都道府県ランキングと照らし合わせてみると、思いのほか連関しており仮説の整合性が高まります。

 たとえば、都道府県別の子育てし易さランキング、共働き率ランキング、持ち家率ランキング、三世代同居率ランキング、定住率ランキング、農業生産率ランキング等の上位と、学力ランキング・就職率ランキングは大きくラップしています。おそらくは、農業生産を基盤とした地産地消・地縁・血縁関係を維持している地域風土。そして、その歴史を背景とした三世代同居による大家族の有り様(小集団・持ち家率)、そして、それらの小集団生活・小集団間ネットワークコミュニティの存在。それらの都市生活とは異なる文化的・歴史的地域性こそが、地方のもつポテンシャル=メリットであり、子育・教育・女性の就業率の高さといった、成果の背後に存在しているのだと考えられます。

史的認識を踏まえるならば、

人類の「集団動物としての根源的可能性を維持しているのが地方であり地域性である」と言えるでしょう。

前述の都道府県ランキングの上位県は地方・地域の根本風土を維持しつつ、市場産業・生産を上手く地域に取り入れることで成立しています。しかし、現実には地方だからといって満ち足りた共同体集団であることは稀で、むしろ市場原理に圧迫され、存続問題や現実の生産課題・統合課題を多数抱えている地方の方がはるかに多いのが現状です。多くの地方は、仕事(市場生産)が無い→若者の都市流出→跡継ぎ問題→高齢・過疎化という問題にこれまで悩まされてきました。

 集落課題

地域には抱えている現実問題が多数存在、そして、その現実課題に対する当事者意識の高い若者たちが増加しています。この状況を共同体再生、ひいては共同体社会への萌芽と見るならば、それは日本にとって大きな可能性であると捉えることができます。 

 

共同体型教育プログラム ~地域の現実課題・現実生産を軸にした人材育成~

本来教育とは、人類史500万年を鑑みれば、共同体集団の中で共同体の適応力を高めるための知識や追求力を伝達・循環・進化させる為の集団システムです。それは、現実の圧力(自然外圧や生産圧力などの適応課題)に集団の一員として向きあう中でこそ、その能力は育まれるものであると考えます。

 大学など、これからの教育機関が人材育成にどうあるべきか?を史的認識と時代変化・意識潮流といった状況認識をもとに考えるならば、それは当事者として学生自身が、現実の課題=具体的・地域課題に取り組み、自ら課題を解決してゆくプロセスと場(ネットワーク)の提供。それは、これまでの教える・教えられるといった関係や、知識偏重の一方的な教育ではなく、大学=教師と生徒と地域が同じ現実という圧力に向き合い、課題を共有し、現実に共同で解決してゆく。そんな共同体の実現に直結する思考・行動力の体得を目的とする、教育プログラムなのではないでしょうか。

地域には課題と生産と人がある。その課題が現実の生産課題=集団課題を軸として統合されれば、まさにそれは集団における共同体化の地平です。

 

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