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2014年08月15日

老人共同体の実現に向けて その萌芽となる事例の紹介 枯れた町を再生した老人の力~徳島県上勝村“いろどり事業”~

町内の役場や農協には昼間から一升瓶を片手に(酒を飲んで)くだを巻き,女性は朝から晩まで尽きることなく他人の噂話や悪口を言い合っていた。歳をとり、人に頼ることが主流であったという。

  これは徳島県にある上勝町が過疎化と高齢化の結果、行き着いた惨状でした。しかし、上勝町はとある一人の「気づき」をきっかけに、この惨状から見事に復活を成し遂げます。何か特別なことがあったわけではありません。町に住む高齢者が自分の役割を自覚し、町にある資源を利用することで復活をしました。 高齢者の力でどのように町を復活させたのか、その過程を見ていこうと思います。

□徳島県上勝町とは

上勝町は、徳島市中心部から車で1時間ほどの場所に位置しており、人口は1840名、863世帯(平成25年10月1日現在)、高齢者が49.57%という過疎化と高齢化が進む町でした。 上勝町の1980年代は激動の時代でした。町の人口は年々減少し、主な産物であった木材や温州みかんは輸入自由化や産地間競争が激しく、伸び悩んでいました。 1981年には局地的な異常寒波が上勝を襲い、ほとんどのみかんが枯死。一年間でみかんの売上は約半分となり、農業は大打撃を受けたのです。 そこで、町の半数近くを占めるお年寄りが活躍できるビジネスはないかと模索したところ、”つまものビジネス”=”葉っぱビジネス”が1986年にスタートしたのです。

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□葉っぱビジネス「いろどり」とは

葉っぱビジネスとは“つまもの”、つまり日本料理を美しく彩る季節の葉や花、山菜などを、栽培・出荷・販売する農業ビジネスのことです。 上勝村の葉っぱビジネスの全国シェアは約8割に達し、今では高齢者中心に190人が働きます。企業後、売上げは5年後5,000万円、10年後1億7,000万円と伸び、現在では2億5,000万円もの規模にまで成長しました。

いろどり事業の成功を支えた要因の一つに上勝町独自の情報システムが挙げられます。上勝町は、まず町の防災無線と家庭のファックスを生かして、134世帯の農家に注文情報を一瞬に流せる同報ファクシミリ・システムを開発しました。必要なものを必要な時に必要な量だけ提供できるこうした仕組みをつくったことが、いろどり事業を成功に導く大きな力となりました。 つまものの生産に携わる農家の5割が60歳以上、その中心は女性であるが、とにかくこの人たちが元気なのです。単に注文に応じて出荷するだけではなく、パソコンを操作して、ネットワークシステムから売れ行き状況などの情報を把握し、自分で販売動向予測を行って生産します。収入を得て役に立てる喜びを取り戻したお年寄りは、さらに工夫し、知恵をしぼるようになった。山にある葉っぱを摘むだけであったのが、原料となる植物を畑やビニールハウスで栽培するようになり、出荷品目も300種類を超えるようになった。今では、月100万円稼ぐお年寄りも珍しくないといいます。

いろどりの創業者横石氏はこう語りました。「おばあちゃんたちは、山の中にあるすべての物が、どうやったらお金になるかを考えるようになった。頭の回転が速くなり、この10年で10歳は若返っている。彩事業の主役はこの元気なお年寄りですよ」

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□葉っぱビジネス、そのきっかけ

横石氏は20歳で上勝町の農協へ指導員として就職。初めての職場は冒頭のような異様な状態でした。人に頼る生活は「補助金を取ってきてや」と言われたことによく現れています。 横石氏が大阪へ出張した折り,すし屋で意外な光景を目にします。若い女性が「これかわいい,きれいね」「もって帰ろうよ」と言って,きれいなピンクのハンカチにもみじの葉っぱを包んだというのです。

「あんな葉っぱがきれい?珍しくも何ともない。上勝ならいくらでもあるのに。」  

そしてたどりついたのが「葉っぱ」を売る商売だったのです。横石氏は「どんな葉っぱがどんな季節に必要なのか,自費で料亭まで通って調べたといいます。そしてこれをビジネスとするには高低差の激しい上勝の自然の利があり、ここは年間を通じ,色とりどり,さまざまな種類の葉っぱが収穫できると確信があったからです。

「よそ者のおまえに何ができるんだ」

「そんなことを言うやつは帰れ」

「うちの町にはお前はいらないよ」

「出て行け」   最初はそう言われたそうです。それに対し  

「地方を再生するのは『よそ者』『ばか者(常識を破るものとの意味)』『若者』だ」

と横石氏は言いました。つまりその土地の者にとって葉っぱは当たり前のもの。外部のものが初めて価値を知るという場合もあるのです。当時の町民は仕事がないことへの危機感はなく,あきらめムードだったようです。しかし、 よそ者でありながら、上勝町を人々が誇れる町にしたいと思う気持ちはだれにも負けず、必死で働き続けました。伝わるまでにだいぶ時間はかかりましたが、その思いは人々に確実に届いていきました。

□創業者横石氏へのインタビュー

日刊イトイ新聞のスタッフ山田氏のインタビューにおいて、いろどり事業の成功のポイントを横石氏は次のように語られています。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

山田:「売る」行為自体は、そもそもたのしいものなんですよね。 「買う」というたのしい行為の反対側にいるけど、売る人もたのしい。 人に何かが伝わるのがたのしいんです。

横石:そうですね。みんな働きたいんですよ。 自分が働いて評価され、社会とつながっていると感じることがすごく大事なんです。   高齢者は、出番がないんですよ。出番をしっかり与えてあげたら、 「こんなたのしいことはない」というふうになるんです。   糸井:そうなんだよなあ。

立木:みなさん、ニコニコ残業していますからね。

糸井:きっと、いまの時代の労働観がまちがってるんでしょうね。 嫌なことだからお金をもらえる、ということになってるでしょう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

□企業化成功の要因

いろどり事業に対して2つの常識を覆したことが指摘できます。 まずは何でもないような葉っぱを商品として捕らえたこと。横石氏も初めに農家に葉っぱビジネスを打診したところ、「葉っぱ?葉っぱが売れるくらいなら、そこら中に御殿が建つわ。」と笑われたそうです。しかし、すし屋での出来事をきっかけに『葉っぱなんて商品にならない』という常識を覆し、確かな需要があることを見抜きました。 また、『年寄りはコンピュータに弱い』という常識をも覆しました。たとえ今までコンピュータに触れたことのないような高齢者でも必要に応じて、新しい技術を若者にも負けないくらいに修得していきました。新しいチャレンジはいくつから始めても遅くないということですね。 しかし、これらの2つは手段・方法の常識でした。他の手段・方法をとったとしても成功できたかもしれません。 企業化成功の最も大きな要因としては、

  『高齢者に社会に参加できるような役割が与えられたこと。』

社会の役に立つということが高齢者の目的観念、ひいては充足につながっていることはいろどり事業をみていると明らかです。

□おわりに

いろどり事業は上勝町とその高齢者に活気を与えました。それは、上勝町の老人医療費が全国平均をはるかに下回っていることにも表れています。 また、町内で農業や企業の体験、ボランティア活動などに取り組むインターンシップ事業を通じて、若者が町に訪れるようになりました。2010年8月から2013年11月現在で500名近くの若者が町に訪れ、約20名が町内に移り住みこみました。定年退職した息子さんが帰ってきて、「お母さんの部下」として迎えることもあるそうです。

 

※参考・写真の引用元

「いろどり」のHP:http://www.irodori.co.jp/

ほぼ日刊イトイ新聞:http://www.1101.com/irodori/2006-10-13.html

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