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2014年05月11日

「大転換期を生き抜く」シリーズ3-5 音・リズム・人類 ~観念進化の必要性~新たな社会の創出に向けて その1

3 本能-共認-観念の図
■ はじめに
                          

みなさん、こんにちは。『音♪リズム♪人類の追求~』シリーズ、6回目の記事です。プロローグを含めて、これまで以下のような内容をお届けしてきました。

『「大転換期を生き抜く」シリーズ3 音♪リズム♪人類の追求~プロローグ~』
『「大転換期を生き抜く」シリーズ3 音♪リズム♪人類の追求~プロローグ~』
『「大転換期を生き抜く」シリーズ3-2 音・リズム・人類の追求~リズムと人類進化・脳進化~』
『「大転換期を生き抜く」シリーズ3-3音♪リズム♪人類の追求~共感・共鳴・共認機能の解明~』
『「大転換期を生き抜く」シリーズ3 音・リズム・人類の追求  第四弾~人と人を繋げるリズム~共認機能の再生にみる可能性~』

リズムを感じたら自然と体が動く。歌声が合うと心地好い。音やリズムに感じる直感的な(考える以前の)充足感は、はるか昔から、進化の成功体験の結晶として徐々に塗り重ねられてきたことがわかってきたところです。これらの記事を受けて、今回は、人類の進化の最終段階「観念機能」に迫ります。

人類の人類たる所以は「観念機能」の進化にあります。一方、人類も他の生物と同じく「進化の“塗り重ね”」を経て現在に到達していることに変わりはありません。つまり、人類に固有の観念機能も、それ以前に獲得した諸機能の上に形成されているもの。そして、観念機能が形成される過程も、自然外圧に適応するためにありました。まずは、観念機能の形成について、その入り口から見てみましょう。

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 ■観念機能の形成                       

『実現論』:ヘ.人類:極限時代の観念機能より
足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちと同様、足で枝を掴むことが出来なくなったカタワのサル=人類は、樹上に棲めるという本能上の武器を失った結果、想像を絶する様な過酷な自然圧力・外敵圧力に直面した。そこで、本能上の武器を失った人類は、残された共認機能を唯一の武器として、自然圧力・外敵圧力に対応し、そうすることによって、共認機能(≒知能)を更に著しく発達させた。

極限状況の中で、人類は直面する現実対象=自分たちを遥かに超えた超越存在たる自然を畏れ敬い、現実対象=自然に対して自分たちの生存(=危機からの脱出)への期待を込め、自然が応望してくれる事を切実に願った。つまり、人類は直面する過酷な現実対象=自然を凝視し続ける中で、元来は同類を対象とする共認機能を自然に対して作動させ、自然との期待・応望=共認を試みたのである。そして遂に、感覚に映る自然(ex. 一本一本の木)の奥に、応望すべき相手=期待に応えてくれる相手=精霊を措定する(=見る)人類が万物の背後に見たこの精霊こそ、人類最初の観念であり、人類固有の観念機能の原点である。直面する現実対象(例えば自然)の背後に精霊を見るのも、物理法則を見るのも、基本的には全く同じ認識回路であり、従って精霊信仰こそ科学認識=事実認識(何なら、事実信仰と呼んでも良い)の原点なのである。

樹上生活は、サルだけがもつ身体的特殊性、つまり“手と同様に足の指で木の枝を掴める”ことに依存した生活環境(≒生産様式)です。そのことから「本能上の武器」と言っています。ところが、我々の先祖はそれを失ってしまった。大型の猛獣がうようよ居る地上に落ちたわけです。これは、とんでもない逆境=極限状態です。
この絶望的な状況に対して、我々の先祖はその時点で最先端の機能である「共認機能」をもって適応を試みました。大自然という物言わぬ相手(外圧)に期待し、同化し続けて、遂にそれを対象化(認識)するに至ったということです。
人類に固有の観念機能は、サル時代に形成された共認機能の延長に獲得した最先端機能。ポイントはここです。

 ■観念機能と音・リズム                    
音・リズムに対する共感・共鳴。それは「共認機能」によるところが大きい。このことは、これまでの記事で明らかにしてきました。では、音・リズムと「観念機能」の関係はどうなっているのか。そのヒントを引用します。

『脳回路から、人類固有の観念機能の原点を探る(仮説)』
カタワのサルである人類は地上で適応するために直立歩行の訓練を始め、それが踊りとなり、この右・左と足を踏み鳴らす踊り=祭りが日々の充足源(活力源)となった。
この踊り=祭りの中でトランス状態に入り、そこで観た幻覚の極致が精霊である。人類が万物の背後に見たこの精霊こそ、人類最初の観念であり、人類固有の観念機能の原点である。
『10/30なんでや劇場1 原始人類集団のリーダーは、精霊信仰⇒祭祀を司る女であった』より)

上記の「踊り」と「脳回路」の関係に着目して調べてみた。
踊りを司るブローカー野は、人類固有の観念機能獲得に大きな影響があったと考えられる。

—-『ダンスの神経科学』(日経サイエンス)より引用—-
・神経科学者である著者らは,ダンサーが音楽に合わせてタンゴの基本ステップを踏んでいる時の脳の活動を陽電子断層撮影法(PET)で調べた。

その結果,頭頂葉にある特定部分の活動が高まることがわかった。その場所には,身体がどのような姿勢をとっているのか示す「運動感覚地図」が収められていると考えられる。
・さらに,ダンサーがステップを踏むと,言語をつかさどる左半球の「ブローカ野」に対応する右半球の領域が活性化することも突き止めた
ブローカ野は言語とともに,手話など手の表現にもかかわる領域だ。
・ダンスは典型的なジェスチャー語と考えられることから,おそらく初期言語としての役割があったと推察される。言語と手,さらに脚の動きの関連はダンスが表象的コミュニケーションとして始まったことを示す裏付けになるかもしれない

—-『小学生の脳の英語処理は音声から「言語」へ』より引用—-ブローカ野
・よく知っている単語の処理では左半球の角回が活発に活動していましたが、逆にあまり知らない単語の処理では、右半球の縁上回が活発に活動することが分かりました。さらに、言語領域としてよく知られているブローカ野においても、右半球のブローカ野に相当する場所が活発に活動していました
・これらの結果は、音声言語処理には左右両半球が関与し、特に語彙獲得の初期には右半球が重要な役割を担っている可能性を示しています
子どもたちの脳は、未知の言葉を習得する際には、言語を問わず、音のリズム、アクセント(音の強弱)、イントネーション(抑揚)などを頼りに処理していると考えられます
・本研究結果から、子ども達が新しい言葉を耳から学ぶ時には、脳ではまず音声の分析が優先的に行われ、それが意味を持つ「言語」へと徐々に移行する可能性が示唆されました
—-引用以上—-

サル時代および言語を獲得する以前の人類には、身振り手振りなどの身体運動に加えて、鳴き声などの音声で意思疎通をはかる段階があったはずです。引用文のなかで“右脳のブローカ野に相当する部分”と言われている箇所は、この段階で主要に形成され、作動していた脳の領域でしょう。すなわち、共認を司る脳です。その後、観念機能を獲得・発達させていく段階で、脳梁を介して(太くして)左脳のブローカ野に観念を司る部分を形成し、左右両方の脳を連携進化させていったと考えられます。このことは、共認機能の延長に観念機能を獲得したことが、脳の研究からも明らかになりつつある、ということでしょう。 (参考:『右脳・左脳に(認知的)機能分化は存在するか?⑧ ~反復学習が右脳(共認回路)と左脳(観念回路)を接続する「脳梁」神経繊維を太くし、言語能力を発達させる』 )

観念機能と音・リズムの関係にひきつけると、特に話し言葉においては、音・リズム、アクセント、イントネーションなどの共認の領域が重要な位置を占めています。子供が言葉を覚えていく段階はまさにそうですし、言葉を覚えて以降も、相手の話しぶりからその感情を察して(同化して)います。声を震わせて話す相手からは、悲しみや怒りの感情が伝わってくるし、上手く間をとりつつリズム良く話す人の言葉は心地好くかつ理解しやすい、といったところです。これは、音・リズム、アクセント、イントネーションなどの共認領域の情報が、言葉という観念情報に“深さ”や“奥行き”を与えて、立体的な意思疎通を可能にしているということでしょう

 ■観念機能の本来的な力                    
これらをふまえたうえで、言語能力の原初形態から観念機能の意味について考えてみましょう。文字をもたない民=アイヌに関する内容をヒントに考えます。

『アイヌと言葉(2)』

4・書かれざる文学:ユカラ
前回にも触れましたが、アイヌは神話や民話を口承文芸の形で語り継いでいきました。その代表がユカラです。

これには動物神が一人称で語るカムイユカラ(神謡)と人間が主人公である英雄叙事詩の二
種類があります。中には三日三晩、語り続けられるほどの驚くべき長さのものもあり、よく暗誦できたものだと感心してしまいます。~中略~
とはいえユカラは完全に丸暗記されたものではないようです。つまり、10分ほどのストーリーをもとにして、それを一時間以上の物語に肉付けして、即興で語ることができるのだそうです。ここで大切なのは、語り手だけではなく、聞き手も重要な役割を演じていることではないでしょうか。聴衆がレプニと呼ばれる拍子棒で炉端をたたき、「ヘッホッ、ヘッホッ」という掛け声をかけ、そのリズムに乗って、語り手もテンションが高まっていく。まるでジャズの即興演奏のような一体感がその場を包み込むのです。金田一京助がユカラを、「書かれざる文学」と呼んだのもうなずけます。

5・生きた言語
その他の口承文芸として、日常語で語られる昔話であるウエペケレ(落語のようにユーモラスなものもある)、子守唄であるイフムケ、女性が輪になって歌う座り歌であるウポポ、即興歌であるヤイサマネナ、哀傷歌であるイヨハイチシ、巫女の託宣歌、木遣り歌、舟こぎ歌、恋慕歌などなど・・・。結局、前回述べた「歌の民アイヌ」という話に戻ってしまいますが、彼らにとって、物語、歌、そして呪文の間に、境界線はほとんどなかったと言っても過言ではないのでしょう。

こう見てくると、アイヌの、言葉というものに対する信念の強さ、そして彼らが使う言葉の生きて働く力の強さ、それらは古代人の「言霊思想」の命脈を汲むものであり、自我による自己正当化の道具に堕してしまった観のある現代の言語からは、とうに失われてしまったものではないか、という思いを強くするのです。現代において言葉は死語化している、とする松本健一によると、

「言葉が次々と死語化するということは、それらの言葉を成立させていた世界(実体)が変容し、言葉を実体が離してしまった状況を物語っている。つまり、近代がわれわれをムラ共同体から切り離し、都市のほうへ誘い出すことによって「根こぎ」したように、その近代において意味を確定されてきた言葉がいまや”根”を失っているのだ。」 (死語の戯れ)

6・叫び・踊りも原初の言語
またアイヌの歌には動物の擬声やはっきりした意味のない唸り声が多く含まれています。それらは、バタイユが「原初の神は動物であった」と言う通り、始原人類が動物たちの動きや叫びの中に直観した、たくましい生命の躍動を、そしてその生命をカムイ・動物・人が共有していることに対する感動を、内奥からの止むに止まれぬ衝動に駆られて誰かに伝えようとした時に搾り出した叫び声の名残かもしれません。

重要無形民俗文化財に指定されているアイヌ古式舞踊の中でも、特に美しい「鶴の舞い」においても、踊り手は鶴のように羽ばたきながら「ホロロロ ホロロロ」と舌を震わせます。そのほか水鳥、ツバメ、キツネ、ウサギ、ネズミ、クジラなど、アイヌにとってカムイである動物になりきって踊ることが多いようです。

しかし残念ながら、もう廃れてしまった踊りも少なくないようです。萱野茂の祖母は、カエル踊りを本土人に披露したところ、親戚から「あんな恥ずかしい踊りは見せるものではない」と言われ、二度と踊ろうとはしなかった、ということです。神が憑依したシャーマンが踊りながら神体を演じ、神意を伝えるという、宗教的呪術こそが芸能の始まりだという説がありますが、だとすれば、カエル踊りも原初の芸能の姿を今に伝える立派な文化財であり、誇りをもって演じ続けてしかるべきでしょう。彼らをして、それを「恥ずかしい」と思わせるにいたった近代・現代の「倭人」の罪、私たちもその一端を担ってしまっていることに思いを致してもいいのではないでしょうか。

アイヌの言葉は、一言で言えば「大自然と一体」です。大自然を対象化するために生み出され、大自然と一体化するために観念が使われていると考えられます。
神話の口承文芸ユカラは、精霊=カムイと一体になるためのもの。語り部と聴衆がリズムを合わせて掛け合いながら共認充足で一体感を高め、その場全体がカムイの言動に同化する場になります。動物の鳴き声を真似る舞踊は、まさに大自然と一体になる最たるもの。それに共感した聴衆は、踊り手と同じく充足感を伴って、大自然と一体になれるのでしょう。

このように考えると、観念機能の力は、大自然を対象化し一体化するためにあるのだとわかります。本来的な観念機能は、豊かな共認能力があってはじめて、その延長に育まれるのだと思います。
生きるために大自然を対象化する。それは、集団の仲間とひとつになり、大自然とひとつになることと同義だったのでしょう。人類の観念機能は「万物と同化するための力であり可能性」です

 ■まとめ                           
観念機能の発祥から、本来的な発展段階までを見てきました。今回はここまでにします。今日の記事でお伝えしたかったことは、
・ サル時代の「共認機能」に塗り重ねるかたちで人類の「観念機能」が形成されている。
・ 観念機能の力は、豊かな共認能力を前提に育まれる。
・ 人類の観念機能は、万物と同化するための力であり、可能性である。
ということです。

次回は、このことをふまえて、今現在の観念のあり様を総括し、新たな社会の創出に向けてどうすればよいのか考えてみたいと思います。次回もご期待ください。

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