2016年03月29日
共同体と教育~教えない授業~
教えない授業で成果をあげる学校が増えています。今回紹介する両国高校もその1つです。
半世紀前、東大合格者63人を誇った都立の名門、両国高等学校。その後、長期にわたって低迷しましたが、2006年に始まった中高一貫校の卒業生が出た2年前から、合格実績が「都立トップ水準」に躍り出ました。校風が一変した両国は今、教育界でにわかに注目を集めています。そこでは、教育新潮流ともいえる「生徒が勝手に教え合う授業」が展開されていました。
前回記事
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「先生でなく、友だちから教わる」
教師が一方的に教えるのではなく、生徒がペア(2人組)やグループ(4~6人組)を組んで、英語で話し合いながら問題を見つけ、自分たちで解決していく。すべて英語で議論するため、コミュニケーション能力が飛躍的に高まる。
自分が担当する英文を理解できていないと、仲間に迷惑がかかる。だから、必死で読み解き、伝えようとする。生徒の意欲を高めることを重視する。だから、「英語嫌い」にならないよう、予習は最小限に抑える。全文和訳は時間がかかるので、やらせない。「分からない単語だけ調べるように」と指示を出す。すると、授業が驚くほど理解しやすくなる。「この『お得感』がないと、生徒はついてきてくれない」
布村の授業では、生徒がプレゼンテーション(発表)する機会が多い。中には、指名される前から、英語で発言する生徒もいる。「成績の良い生徒が授業で活躍するわけではない。言いたいことがある子が、必死で英語を使って伝えようとする」
「受験に通用しない」を打ち破る
授業の実演が終わると、会場がどよめく。「インパクトの強い正統派の授業で(生徒が)力をつけている」。そううなる教師もいる。だが、伝統的な和訳中心の「教え込む」授業を続けてきた英語教師は、拒否反応が強い。
「これは、都立トップ水準の生徒だからできるのではないか」「日本語を介さずに英語を習得するのはいいが、大学受験を乗り切れるのか」
次々と出される否定的な意見に、布村はクビを振る。「もし『成績下位校』に行っても、日本語を介さない授業をするつもりです」
大学受験に関しては、布村も悩み抜いた時期があった。都立両国に赴任して3年目の2010年、初めて学年を担当した。その高1生は英語力が向上し、4技能(聞く、読む、話す、書く)の英語力判定テストの平均点は、上級生が高2の時に出した得点を上回った。それでも、ベテラン教師や生徒の保護者から、受験に対する不安の声が消えなかった。
2011年、大手予備校が噂を聞きつけて、布村の授業を視察した。そして、クビをかしげた。「こんな授業は初めて見た。リスニング力がつくから、長文問題には対応できそうだ。ただし、(大学入試で)結果が出るのかどうか判断できない」
結局、布村は高2までオールイングリッシュの授業を続け、高3で和訳を授業に取り入れる。その和訳も、グループで考えて発表させ、どの解答が優れているか議論する手法を取り入れた。
そして臨んだ大学受験で、都立両国は現役生の35.2%が国公立大学に合格するという驚異的な数字をたたき出す。都立高の進学指導重点校に指定されている日比谷や西を上回り、国公立受験で「都立トップ」の成績を収めた。
名門校への挑戦
布村は前任の都立国際高校でも、習熟度の高いクラスを担当した経験がある。そしてオールイングリッシュの授業を展開して、早稲田や上智といった私立大学上位校に多くの学生を進学させている。
そして2008年、都立両国への転任が決まる。
「伝統ある名門校だから、オールイングリッシュの授業なんて、許されないだろう」。そう諦めていた。ところが、思いがけない光景を目にすることになる。
布村は赴任当初、担当を持たず、他の英語教師の授業をサポートしていた。そして、中2の教室で、山本崇雄の授業を見ることになる。
わずか50分の授業で、ペアやグループが次々に入れ替わっていく。1つの課題が終わると、生徒の組み合わせが変わる。50分で十数回の課題を与えるため、2回の授業でクラス全員と組むことになる。そして、クラスを団結させて、生徒同士が教え合う「場」に変えていく。「誰かのために学び、教える。そうすると理解の深さがまったく違ってくる」
英語劇で2度優勝
そこには、言語を教えることの本質が隠されている。
「ことばの力」。山本はそう表現する。自分の思いが相手に伝わった瞬間、言語の「力」を体感することになる。その感覚を知ると、あとは生徒が自ら学習していく。
山本が毎年、生徒たちを引き連れて英語劇の大会に出場するのは、その効果を狙ってのことだ。しかも、演技の難易度が高いミュージカルで本番に臨む。脚本や音楽を作って、生徒に演じさせている。そして都大会で2度、優勝を果たした。
この中高一貫2期生たちが、都立トップクラスの合格実績を叩き出すことになる。
夏休みになると、山本は英国に渡り、ケンブリッジ大学で教育研修を受けた。自分の授業を披露すると、高い評価を受けた。だが、最後にこう指摘される。
「君の授業は、生徒にレールを敷きすぎている」
その言葉が胸に刺さった。帰国後、大震災の津波に襲われた東北の海岸線を歩いた。砂浜に近い小学校は建物が流され、廃墟と化していた。山本はその場に立ち尽くした。力なく首を垂らした草木に、浜風が吹き抜ける。
「人間には、ゼロからスタートしなければならない時がある。教師がいなくても学び続ける子を育てなければならない」
生徒同士で学び、教師は進行役に徹する。そして、山本はこう決意する。「教えない」と。「英語は宇宙のようなもの。すべてを教師が教えることなんて、そもそも不可能だ」
山本は、教室を6グループに分け、生徒を教師役に立てて授業をさせてみた。すると、こんな感想文が出てきた。
「もっと、みんなを巻き込める授業にしたかった」「リーディングの流れを順序よく組み立てておけばよかった」「段取りをしっかりして、練習すべきだった」
それを見て、山本はうなった。自分が目指そうとしている授業を、すでに生徒たちが気付いている。手を抜いた授業は、すべて生徒に見透かされてしまう。
変化を恐れぬ学校
今年、山本はこれまで踏み出せなかった挑戦に乗り出した。英語劇の実績もあって、中学の英語教師として、その名は全国にとどろいている。だが、初めて高校生の担任に就任したのだ。2011年から教えてきた中学生と一緒に、この4月に高1に上がった。そして、2年後には初めて大学受験に挑むことになる。
その大学受験制度は、大きな変革期にさしかかっている。知識重視の問題から、より応用力に重点を置いた課題にシフトしていく。人物や活動の評価も取り入れる流れが強まっている。
受験の重要科目である英語は、「読む」「書く」の試験から、「聞く」「話す」を取り入れた4技能で評価する傾向になっている。それは、都立両国の生徒たちにとって、より実力を発揮しやすくなることを意味する。
「多くの学校が受験制度の変更を恐れているが、都立両国の生徒はどれだけ激変しても対応できるに違いない」
教科の本質に迫り、「学び続ける生徒」を育成することを目指した結果だといえる。生徒たちが勝手に課題を見つけ出して、話し合いながら解決していく──。それは、英語ばかりか、都立両国の全教科に広がろうとしている。
- posted by 岩井G at : 20:08 | コメント (0件) | トラックバック (0)
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