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2016年11月10日

全員経営 自律分散型イノベーション企業⑯~指導者自身が率先して未知に飛び込め

北海道赤平市の工業団地にある植松電機は、社員20人規模の会社。1962年に創立し、本業はリサイクル用の鉄材を吸着させるマグネットを製造する会社ですが、今ここは「NASAより宇宙に近い町工場」として注目されています。

相当優秀な人材が集結したエリート集団? いえいえ、社長の植松努氏は、かつて「仕事に関する書籍も読まない。指示待ち族で人材が育たない。」とコボすほどの状況でした。そこからどのようにして飛躍したのでしょうか?今回も「全員経営~自律分散イノベーション企業成功の本質」(野中郁次郎・勝見明著:日本経済新聞出版社)から内容を要約して紹介していきます。

ちなみに前回までの主な記事はコチラです。
①プロローグ
②クロネコヤマトの挑戦
④釜石の奇跡
⑧ホンダミライースの開発
⑩高松丸亀商店街の復活
⑫テラモーターズの機動力
⑭三鷹光器の社員成長力
です。

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指示待ち社員は、一体どのような教育によって生まれ変わったのでしょうか?
・・・・・以下、要約です・・・・・

きっかけは2004年に植松社長が、北海道大学の教授と一緒にカムイ型ハイブリッドロケット作りを始めたことでした。
子供の頃から宇宙に憧れていた植松社長は、一人で学生たちと一緒に製作を始めます。カムイ型ハイブリッドロケットは個体のプラスチック、ポリエチレンと液体酸素を組み合わせて推進剤にする世界初の試みで、既存の設計図もなければ、誰も作り方を知りません。旋盤を回して部品を削り、試験を繰り返しました。 当初、社員は宇宙開発という縁遠い仕事に寄って来なかったそうです。

変化が現われたのは4ヵ月後。初の燃焼実験でロケットエンジンを点火したときから。目の前で轟音とともに美しい炎が噴出します。それは社員たちにとっても、宇宙開発が一気に近づいた瞬間だったようです。

「何か手伝うことはないですか」二人の社員が申し出てきました。その一人は、前職がラーメン店員で、一歩前に出た理由をこう話します。
「初めは本当にロケットを作れるのかと信じられませんでした。でも見ていると、さほど難しいことをやっていなくて、これなら自分でもできるかもしれないと思ったのです」

趣味はカヌーやヨット乗りで、それらの修理で複合材料のFRP(繊維強化プラスチック)を使う。ロケットの機体も軽量化のため、FRPで作ることになると、自分で手を上げ、主に機体作りを担当しました。

鉄製の型を削り、上にFRPを巻きます。1冊1万5000円のロケット工学の専門書を自費で買い、付箋を貼って勉強し、プログラム言語も覚え、苦手だった計算式のプログラムも自作。工夫を重ね、薄くて強い機体を作り上げていきました。

植松社長はいいます。

「機体担当もエンジン担当も失敗すれば、自分を責めます。そのときぼくは、お前何やっているんだよ、とは絶対に言わない努力をしました。すべきことは犯人捜しでも懲罰でもない。率先して何でかなと考え、“だったらこうしたら”といい続けました。すると、彼らも勝手にそれが出来るようになって、初めは爆発すると呆然と立ち尽くしていたのが、次第に爆発して部品がパラパラと降っている中で、あれは使える、これも使えると次の実験の段取りを始めるようになっていきました」

この実験から植松氏が学んだのは、「指示待ち族は指示するから生まれる」という自戒を込めた教訓でした。

「ゴールに到達する道は幾つもあります。分からなければ調べて分かればいい。分かればできる。その道まで指定すると思考能力を失っていきます。うちの会社では、こういうことをやりたいと話したらあとは任せる。勝手に考え始めます」

その後植松電機では、人工衛星の基盤設計を行ったり、無重力実験施設(微小重力実験塔)を作ったり、と宇宙開発に絡む様々な成果を出してきました。
「自分で考え、工夫し、不安を乗り越えて試し、よい結果が出れば“工夫中毒”になります」

現在は社員は本業宇宙開発の両方に携わります。部も課も役職もなく、特にチーム分けもしていない。それぞれに得意分野を自分の判断で担当する。最初の会議で案を出し合ってやることを決めたら期限だけ設定し、あとはそれぞれが動く。時間がなくなれば助け合うので、切羽詰ったときが一番スムーズに進むと言います。

植松氏自身は仕事を社員に任せ、子どもたちに教材用ロケット作りを体験学習させ、創造性を育む活動に力を入れています。植松氏は言います。

「よくあるのはこんな光景です。大人が失敗した子どもに、なぜ勝手なことをするの言われたとおりしないから失敗するんでしょうと。本人は失敗のリカバリーもしてもらえなければ、自分で考えることも責められる。やがて『どうせ無理』と自分から進んで考えることを放棄する指示待ち族が生まれます。人間は本来、知りたがり屋やりたがり屋で、その気持ちを掴み取らないやり方を考えなければならないのではないでしょうか」

「大人」を企業、「子ども」を社員に置き換えると、多くの日本企業の現状が浮かび上がるのです。
・・・・・要約終わり・・・・・

社員が変わった要因は、決して「教育・指導」といった上から目線での上下関係で社員を押さえこんだわけではありません。社長自身が未知なる課題に自ら突っ込んでいき、そして可能性を掴み取ったからでした。その姿を社員は、同じモノづくりの担い手として羨望の眼差しで見ていたに違いありません。この副業?というには大きすぎる宇宙開発関係事業での追求は、本業であるマグネット開発にも波及し、他社の追随を許さない性能と品質を備えたものを提供することを実現し、安定した業績を続けているそうです。敢えて「未知に飛び込む」ことが社員の自律性も高め、会社の活力UPにつながるのです。

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